第11話 ひと時の安らぎ


 次の日の朝、迎えに来た夜哉よるやと共に紅緑こうろくは出て行った。二人が外に出てから数刻、部屋の掃除を終え、とはいっても使っている部屋のみなのだが、それを片付けて洗濯物を干し終わったミズキはうーんと背伸びをした。


 天気も良く、これならすぐに洗い物も乾くだろう。風も緩やかで心地が良い。さて、紅緑が帰ってくるまでゆっくりしてようかと屋敷に戻ろうとして立ち止まる。



「みっけたー!」



 ふと、子供の声が耳に入ったのだ。聞き覚えがあるその声音に竹林を覗き見れば、子鬼、来た当初に出会ったあの時の子達だった。様子を見るにまたタケノコを掘りに来たようだ。


 ミズキはそんなに離れてないしと子鬼たちの方へと近寄る。



「またタケノコ掘りにきたの?」

「あ! 紅緑様の奥様!」

「おくさま!」



 ミズキを見て元気よく挨拶をする子達に可愛いなぁと心が和む。男の子は壱那いちな女の子は二雪にゆきと名前を教えてくれた。二人はミズキにタケノコの掘り方はこうなんだよとやって見せる。


 食べ頃のタケノコというのは地面から先が出ているか、出ていないかという微妙なぐらいであること。タケノコの生えている根元側を掘り、その根元にホリを打ち込み持ち上げて掘り起こすんだと壱那が説明してくれた。



「朝掘ると美味しんだよ」

「そうなんだ」

「今日はちょっと遅くなっちゃった」

「二雪が寝坊したせいだ!」



 壱那がそう言えば、二雪は悪くないもんと頬を膨らませる。寝坊したほうが悪いだろと叱るのだが、彼女はぶーっと口を尖らせるだけだ。


 なんと可愛らしい反応だなとミズキが眺めていれば、壱那がそうだそうだと思い出したように声を上げる。



「長様が言ってたけど、次の縁の日に結婚の宴をするんだって」

「縁の日?」

「縁起が良い日だよ」



 妖かしの世界には縁の日というものがあり、その日に結婚の宴をするらしい。一度、過ぎてしまうと次のその日まで間が結構空くそうでそれまで待つのだという。


 そういえば、自分たちはそんなものやらなかったなと気づく。ミズキが「それは絶対にやらなくてはいけないことなの?」と問うと、壱那は「村ではやるけど絶対じゃないよ」と返された。



「村では長様だから盛大にやるんだ。でも、普通のところはやらないよ」



 村人はやらないらしく、偉い妖かしぐらいなのだという。紅緑様はそういうの面倒くさいらしいって聞いたことあると壱那は言った。



「長様がしないのかって話しているのを聞いた鬼がいたって」

「こうろくさまはめんどうだって言ってたよって」



 そういう宴には知り合いや村人中が集まる。呑めや歌えやの騒ぎになるらしく、参加者側ならいいが主役にはなりたくないと言っていたと。


 紅緑様なら言いそうだなとミズキは納得する。普段から面倒なのは嫌だと言っているのを聞いているのでそう感じたのだ。



「そういえば、二人だけでタケノコ掘りって危なくない?」

「この竹林は紅緑様の領地だから大丈夫だよ」



 妖かしにも種類がいて、言葉が通じない獣のようなものもいる。物ノ怪がそうなのだが、それらは自身よりも強い存在の領地には基本的に入らない。妖神あやしがみである紅緑様の力は強いので彼の領地内であれば、危険なモノは寄ってこないと壱那は話す。


 竹林から出なければ安全なら、少しぐらい散策してもいいのでは。ミズキはそう思ったけれど、彼はそれも渋る気がしたのでその考えは諦めた。



「紅緑様は長様とご友人だから、タケノコ掘るの許してくれているんだよ」


「なるほど。だからこうやって掘りにきているんだね」

「うん! でも、ちゃんと挨拶しなきゃいけないの」



 掘らせてもらっているのだから、顔を合わせたらちゃんと挨拶をしなさいと両親に言われていた。けれど、あの時は紅緑様が怒っていたので怖くてと二雪は思い出したのか目を潤ませる。



「あれは、私が悪かったから! 二人は悪くないよ」

「そうかなぁ……」

「紅緑様はもう怒ってないから大丈夫!」



 そう言うと二人は顔を見合わせていてまだ不安というのがあるらしい。「次は挨拶をしようね」と笑めば、元気よく「うん」と頷いた。


 ぎゅるりと腹が鳴る。それは二雪の腹からで彼女は少し恥ずかしげに押さえていた。昼をだいぶ過ぎているので小腹が空くのも無理はない。


 そこで夜哉から貰った大福のことを思い出した。まだ手をつけていなかったので丁度いい。



「二人とも私とお茶しない?」

「え?」

「今、紅緑様がいなくて話し相手がいないからどう?」



 ミズキの誘いに二人はうーんと悩ませる。遠慮だろうかそれとも紅緑が怖いのか、そのどちらかか。少し考えて「わかった」と壱那が声を上げた。



「じゃあ、こっちおいで」



 二人の手を掴み竹林を登っていく。二人はわくわくしたような、どきどきしたふうな、そんな表情を見せていた。


          *


 囲炉裏の前に二人は腰を下ろし、きょろきょろと室内を見渡している。その広さに驚いているのか二雪はひろーいとはしゃいでいた。


 大福をお皿に盛ってお茶と一緒に二人に出す。それを見て二人が大福だと目を輝かせながら声を弾ませる。



「夜哉様が手土産に持ってきてくれたの。よかったら食べて」


「ありがとうございます!」

「ございます!」



 お礼を言いながら手に取り頬張る様子に甘味が好きなのだろうというのがわかる。頬を綻ばせる二雪の無邪気な顔に自然と笑みが溢れた。


 ミズキも大福を一口、食べる。ほんのりと甘い餡はしつこくなく、滑らかで。なんだ、この美味しものはと目を見開く。今まで食べたことのなかった味に衝撃を受けた。



「これ、朝顔の村の名物だね」

「名物?」

「うん。朝顔の村は甘味が名物なんだよ」



 朝顔の村では甘味が名物らしく、いろんなものがあるらしい。それを聞いて興味が湧いたミズキは頼めば連れて行ってくれるだろうかと考えが過ぎる。


 嫌そうな顔はされるだろうけど、夜哉とは知り合いらしいので彼の守護する場所であるなら許してくれそうな気はした。赤鬼の村に行く時もそうだったからだ。


 そんなことを考えていれば、二雪が「紅緑様はお仕事かな」と聞いてくる。「魑魅魍魎が」と答えれば、「村にも来た」と返された。



「畑を荒らしたんだよ!」

「長様と村の鬼が追い払ってた」

「最近、多いって言ってたね」

「多い。だから、気をつけなきゃ」

「奥様はここに居れば大丈夫だよ」



 人間は一人で出歩くの今は危ないと二人は言う。子鬼がいうのだからそうなのだろう。外に行くつもりはないけれど、気をつけようとミズキは頷いた。

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