第10話 怪しい集落の話
井戸から水を汲み上げて水瓶へと移すを繰り返して、次に食器を洗い流す。昼餉を終えたミズキは片付けをしていた。
「紅緑はいるかい」
来たと土間から玄関に回り、引き戸を開けた。言っていた通り、朝顔池の水神が訪ねてきた。
「紅緑はいないのかい?」
「朝出かけて……。あ、でも昼には戻ってくると言ってました!」
「そうか。なら少し待たせてもらってもいいかな?」
待つぐらいならいいだろうとミズキは頷く。客間がいいだろうかと案内しようとして、「囲炉裏でいいよ」と言われた。
囲炉裏の側に夜哉が座ったのでお茶でも出そうと湯を沸かす。渡された手土産を開けておっと声が出た。それは甘味、大福だった。村では甘味は贅沢なものだったのでミズキの目は輝く。
「これ……」
「うん? 君が全部、食べていいよ」
ぱっと思わず顔を明るくさせる。それがあまりにはっきりとしていたものだから、夜哉は思わず笑ってしまった。
「君は顔に出やすいね」
「えっ」
うんと夜哉は頷く。そう言われるとそうなのだろうか、ミズキは頬に手を当てる。
「あぁ、気にしないでも大丈夫だよ」
「そうですか?」
「うん、それぐらいなら大丈夫。そういえば、君はいつから紅緑の妻になったんだい?」
いつからと言われてもまだそう日が経っていない。「少し前です」と答えれば、彼に「まだ嫁いだばかりか」と返された。
「人間は大変だろうに」
「そ、そうですね。でも生活の仕方はあまり変わらないので」
外に一人で出るのは危険だが、この屋敷で暮らすのは人間の世界で生活するのとあまり変わらなかった。食事の支度をして、掃除をして、洗濯をする。それだけだ。
「君は紅緑に何かされたかい?」
「えっと?」
質問の意図が分からずミズキは首を傾げる。夜哉は「彼、人間の扱いが雑だから」と答えた。貰った人間が逃げても放置するものだからと言われて、なるほどと頷いて今までのことを振り返る。
何かされたかと言われても、酷い仕打ちなどは受けていない。暴力はされていないし、暴言も吐かれたこともない。だた、側から離れず抱きついてくるぐらいだ。
全くといいほどそれ以外は何もなかった。必要なものは揃えてくれるので、不自由さは今のところない。
「特にないですね」
「そうか、なるほど……」
ふむと考えるように顎に手をやっているのを見ていれば、夜哉は「すまないね」と笑みをみせた。なんと似合う笑みだろうか。紅緑もそうだが、どうしてこう顔の良い男女というのは笑みが似合うのか。
そんなことを思いながら夜哉に返事を返していると背後からぞっと寒気がした。これは前にも感じたことがある。
彼が帰ってきたのだと振り返り、姿を確認して一瞬引く。鋭い眼光を向けながら腕を組んで立っていた。
「おかえりなさい、紅緑様」
そう声をかけながらミズキは紅緑の元へと駆け寄る。
「夜哉様が来ていますよ」
「そのようだねぇ……」
紅緑はミズキを抱き寄せながら夜哉へと視線を移す。睨む眼は獲物を狩るようで、人間ならば恐怖で逃げるだろう。
そんな目を向けられても夜哉は怯むこともなく、困ったように眉を下げるだけだ。「お前に用があったんだよ」と溜息混じり言いながら近寄る。
すいっと紅緑はミズキを背に隠したので、「お前は用心深いな」と夜哉は呟く。
「はぁー。何を言ってもお前はそうだろうからもう言わないが」
「さっさと用件を言ってくれ」
「そう嫌そうな顔をするな。ここ最近の魑魅魍魎のことだよ」
夜哉はお前も知っているだろうと話す。
ここ最近、村や近くの集落で魑魅魍魎が悪さをしている。あれらは小さく個々の力は弱いものの、集団になると厄介だ。作物を荒らしたり、弱い妖かしに危害を加えたり、家畜を襲ったりする。
魑魅魍魎というのは自然と湧くものではあるのだが、それにしたって被害を受ける回数が多くおかしい。
「僕の村にも増えてな。近くの集落からも助けれくれと頼まれた。お前もそうだろう?」
「えぇ。この近くの鬼人の集落二つほどから頻繁に。普段はそう多くないのだがねぇ」
魑魅魍魎退治だけを頼まれるわけではない。町や他の妖かしとの交渉の立ち合いや、作物の育ちが悪いという相談。害をなす獣や物怪の処理などもあるというのに、ここ最近は魑魅魍魎の対処が多かった。
「これのせいでミズキと一緒にいる時間が減ってねぇ」
「それでお前は苛立っていたのか」
会うたびに不機嫌そうだったから何かあったのかと思っていたがと夜哉は苦笑する。紅緑は機嫌も悪くなるだろうと不満げで、そんな彼に夜哉は少し調べてみたんだと話す。
「どうやら怪しい動きをしている集落が一つあるみたいだ」
この屋敷の裏側に位置し、朝顔の村から少し離れている場所に一つ集落がある。鬼人たちが住むそこで怪しい動きがあったらしい。
「老師が居着いて何かをしていると」
「老師、ねぇ……」
紅緑の眉間に皺が寄る。思い当たる節があるのかないのか、それだけでは分からないのだが、少なくとも嫌な顔をしているのだけはミズキにもわかった。
二人が何を話してるのかはいまいちよくわかっていない。ただ、魑魅魍魎被害というのの原因にその集落と老師が関わっているのではないか、ということは何となく理解した。
二人の様子を窺いながらミズキは黙って話を聞く。
夜哉は「解決するなら早い方がいいだろう」と提案する。このまま放置して面倒なことになる前に対処するのがいい。彼の意見に紅緑も賛成のようで、そうですねと頷いていた。
「今はミズキもいるから面倒事は避けたいさね」
「こちらもお前と違って村を守護しているから、村の妖かしに被害は出てほしくはない」
「大変だろう、おまえ」
「僕だって村を守護する身になるとは思ってなかったさ」
朝顔池と呼ばれる池があった。そこで静かに暮らしていただけだというのにその近くに妖かしが住み始め、守ってくださらないかと頼み込まれた。数も少ないので気まぐれにそれを了承したけれど、まさか村にまで栄えるとは思ってもいなかった。夜哉はそう言って昔の自分の甘い考えに苦笑していた。
「ワタシみたいにしておけばよかったというのに」
「お前は単に面倒くさいだけだろう。あぁ、話が逸れた。そういうことだから、明日その集落を調べに行くからな」
「明日ですか」
「迎えにいく」
逃がさないといったふうに笑みをみせて言う夜哉に紅緑は嫌そうに、本当に嫌そうに顔を顰めていた。
早い方がいいと念押されては断ることもできない。紅緑は「わかりましたよ」と溜息を吐きながら頷く。
「では、明日。ミズキちゃんもお元気で」
夜哉は紅緑の背に隠れているミズキの方を向き笑みながら手を振って帰っていった。
その背を見送って見上げると目を細めながら考えている様子の紅緑の表情に目が止まる。少しばかりの苛立ちと面倒そうな、そんな顔だ。
「紅緑様?」
「うん? あぁ、心配しなくていい。面倒なことではあるけれど、すぐに終わるさ」
紅緑はミズキを抱きしめながら、安心するといいと囁く。
「まぁ、面倒であるけどね」
それでも面倒だとは思っているらしく、また暫くミズキとの時間が減るよと項垂れていた。
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