第12話 その頃、妖神たちは


 少し時を遡り。鬱蒼と茂る木々の中、獣が通るような細い道を歩きながら紅緑こうろくはげんなりとしていた。


 集落へと続く道だというのに手入れがされていない。草はぼうぼうと生えているし、木々の枝が道にはみ出している。こんなところに集落などあるのかと疑いたくなるほどには荒れた道だった。草木を掻き分けるように進みながら何度、舌打ちしたかわからない。


 苛立っているのを察してか、夜哉よるやが「もう少しだから」と声をかける。それでも紅緑は表情を変えることはない。


 そうやって進むとやっと拓けて、藁葺き屋根がぽつぽつとある小さな集落が見えた。掘立て小屋のような家も何軒かあったが、他の鬼人の集落とあまり変わった様子はない。


 田んぼに畑、家畜を飼育しているだろう小屋、怪しいモノは見当たらなかった。けれど、一つだけ気になった。外に出ていた鬼人が二人を見るや走って逃げていくのだ。



「避けられているねぇ……」

「そうだな。視界に入れた瞬間から逃げられる」



 話を聞こうにも皆が皆、急いで家に逃げ込むのだ。これでは聞き込みもままならない。やましい事があるのか、恐れているのか。どちらかは分からないにしろ会話は不可能だろう。



「会話が無理となると、周囲を見て回るのが一番かねぇ」

「それしかあるまい。手分けするか?」

「それもいいけれど、逆に怪しまれそうだ」



 ちらりと見遣れば、家の戸口から二人を観察する目が一つ、二つ。警戒されているのはそれだけで見て取れる。手分けなどしたらさらに警戒度は増す可能性があった。



「動きが見れそうではあるな」

「どうだろうねぇ……。そこまで馬鹿でもないだろうさ」


「今回は共に行動するか?」

「それがいい」



 そう決めて二人は集落の周辺を見て回ることにした。田んぼは青々とした稲の葉が一面に広がっている。畑も野菜が実っており、家畜もすくすくと育っている様子だ。


 古びた家がちらほらとある寂しい集落ではあるものの、食料に困っているふうには見えないその様子に紅緑は目を細めた。



「荒らされた形跡がないねぇ」



 そう、ここ最近多い魑魅魍魎に襲われた形跡というのがなかった。暫くそんな危害を加えられていないといったふうに落ち着いている。夜哉も不審に思ったのか、気配を探るように瞼を閉じて集中していた。



「襲われた残り香はないな」

「ただ、気配は感じる」



 ざわざわと蠢くような悪臭の気配がどこかにある、集落内ではないと二人は気づいていた。ならば何処か。


 集落の裏手にある山、そこが怪しかった。来た道からは気配を感じていなかったので、そこぐらいしか見当がつかなかったというのもある。



「彼処は隠しやすそうだねぇ」

「行ってみるか?」

「行くしかないだろう」



 そこしか調べる場所がないのだからと紅緑は小さく息を吐いて集落の中を通っていく。避けて通ることもできるというに、そうするということはわざとだ。


 自分たちが今まさにあの山へと入りますよと教えるためにそうしている。反応を見るためにはこれが一番だろう。夜哉も集落の動きというのが気になったのでその行動を止めはしなかった。


 何個もの目が戸口から見えているけれど、誰一人として外に出ていくものはいない。ただ、動向を窺っているだけだ。紅緑はそんな視線を観察しつつ、山へと入っていく。ざわりと何かが動いた気がして、二人は振り返った。


 一人の鬼人がこっそりと外に出て駆けていく。他とは少し作りの違う藁葺き屋根の家へと入っていった。



「動きましたねぇ」

「あそこが老師のいる場所か」


「でしょうねぇ。さぁて、どうなるか。ひとまずは山を調べましょう」



 紅緑は視線を山へと移してゆっくりとした足取りで入っていった。


 道というのはなく、背の高い木々が生い茂っている。ごろごろと大小様々な石が転がっていて足場が悪い。野兎がひょこりと顔を覗かせて走っていく。


 暫く進むと気配がどんっと強まった。警戒するように、隠れるように蠢いているのでこの山に集まっているのは確実だ。


 これはよく溜め込んだものだなと紅緑は感心した。ある程度の妖かしならば魑魅魍魎を操ることはできる。ただ、完璧には難しい。山に隠すほどのものを集めるとなるとかなり時間をかけただろう。


 そんな様子に夜哉は感心している場合ではないだろうと突っ込む。



「大体の居場所は把握したが、この数を放置はできないぞ」

「魑魅魍魎などを使ってどうするつもりだろうねぇ」



 大したものではないのだ。強いて活用するならば、集落を陥れるか別の妖かしの餌にでもするか。それぐらいだ。



「餌になるぐらいには、か……」

「お前の考えは恐ろしいな」



 餌と聞き、物騒なことを考えているというの察したのか、夜哉が渋い顔になる。「そう考えるのも一つでしょう」と紅緑は言った。



「この集落が何を考えているかはわからないけれど、良からぬ事に間違いはないよ」


「そういう勘は鋭いからな、紅緑は」



 彼の良からぬ事に関してだけは鋭いのを夜哉は知っている。疑う様子もなく、腰に掛けた刀を鞘から抜いた。



「ならば、少し間引こうか」

「そうだねぇ」



 瞬間、水飛沫が飛ぶ。夜哉が刀を振るたびに水が宙を舞い何かを切り裂いていく。黒い禍々しい蜘蛛のような虫の形をした何かがさらさらと消えていった。


 紅緑は左腕を液体のような黒い触手に変えて獲物を捕らえる。複数の触手が不揃いな形をした魑魅魍魎を掴んでは引き千切っていた。


 ざわざわと騒ぐ声が響く。魑魅魍魎たちが逃げ惑うようにあちこちへと散らばる。その様子を隠れて見ていたものがいた。あぁ、大変だと小さく呟き走っていく、二人はそれに気づいていた。

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