第24話 ほろ苦い打ち上げ

「えー、短い日にちで色々なことがありましたが、カノンの歌で幹部の戦争を止めた記念として、乾杯っ!」


「「乾杯っ!!」」


 俺の合図を機に、こつんと3人のグラスがぶつかる。


「ごくごくごく…………プハァーっ!! うまいっ!!! 一仕事終えた後の酒は最高ね!」


 エルは一気に飲み切り、「おかわりー!」と空のグラスを掲げる。


「おいおい、タダ酒だからって飲み過ぎるなよ」


「なに言ってるのよー。タダだからこそたくさん飲むんじゃん。ほら、じゃんじゃんバリバリ持ってきて!」


「タダほど高いモノはないんだぞ。わかってるのかな……。もうちょい遠慮しながら飲めよ」


 遠慮しながら飲んでいると、


「いいんじゃよ、遠慮しなくても。君達は町の危機を救った人達じゃからのぅ」


 町長が俺達のテーブルへやってきた。


 俺達は町の冒険者と共にチャタレーで慰労会を行っていた。代金は全て町長のポケットマネーから出るようで、冒険者たちは意気揚々としていた。


「むしろ、そんなちびちび飲まれると逆に困る。もっと気持ちよく飲んでもらいたいものじゃな」


「じゃあ、遠慮なく……」


 半分ほど飲んだ。町長がそこまで言うなら、俺も飲みまくろう。


「あ、でもカノンちゃんには飲ませちゃダメじゃぞ。半年待ってからじゃの」


「大丈夫です。アイドルの不祥事は痛いですからね」


「……この間……お風呂一緒に入りましたけど……」


 カノンがボソッと言った。頬が真っ赤になっている。


「ん? なんじゃ? なんか聞こえたような」


「あーいやいや、なんでもないです!」


 大声で否定したあと、カノンを睨む。お前、マジふざけんな。余計な情報は与えなくていいんだよ。


「ひっ……」


 カノンが怯え、顔が青白くなった。


「ま、今日は3人で話したいこともあるだろう。本当はワシも含めて彼らはカノンちゃんやエルさんと話したいけど、いま近づいたら確実に暴徒化するからね」


「あはは……」


 苦笑いする俺とカノン。


 冒険者は普段は優しいが、酒に酔うと手に負えられないというのはあるあるらしい。


 そのことも視野に入れて、町長は俺達3人だけのテーブルを用意した。


 冒険者達にもそう伝えてある。


 ありがたい。


 この人が町長をやっていれば、この町は安泰だろう。


「とにかく、今日はワシの奢りじゃ。遠慮せず飲んで食べてくれ」


「「はい、ありがとうございます!」」「あんがとー」


 町長は元居たテーブルへと戻っていった。


 料理は全てお任せで、厨房からどんどん出てくる。


 俺とエルはがつがつと食べた。酒場チャタレーの飯は本当に美味しい。酒とよく合う。


 こんなに美味いのに、カノンの箸が全然進んでいない。


 そもそも、普段ならカノンはこの席には座らず、店の手伝いを申し出る。


 しかしカノンは厨房から一番離れた席に座った。


 気持ちは分かる。が、ここは飲みの場だ。少し気にかけてやるか。


「さて、カノンもここでたくさん食べておいた方がいいぞ。こうやって夕飯を食べることができるのも、今日限りかもしれないからな」


「えっ? どういうことですか?」


 首を傾げるカノンに、俺は一度口元を拭いてから話す。


「俺達は人類代表の使者となるため、この国のトップに俺達の存在を認めさせる。そのために首都を目指す」


「えっ、ええええええ!?」


 カノンがめちゃくちゃ驚いた。エルは「ふーん」と耳をこちらに傾けつつ、食事を口に運ぶ。


「ど、どうしてですか?」


「そもそも俺達の目標はなんだかわかるか?」


「え? えっとートップアイドルを目指すこと……ですかね? トップアイドルがなんなのかは、いまいちわからないですけど……」


「それもそうだが、俺たちの最終的な目標は、魔帝側を含めこの世の全ての生き物全てに笑顔を届けることだ」


「ずいぶんとピースフルな目標ね。かっこいー」


 肉を食いながらエルが茶々を入れてきた。


「茶化すなよ。俺はマジで言ってんだから」


「かっけぇ」


 イケボで言ってきた。


 なんだこのクソ女神。酒飲んでいい気になりやがって。


 元はといえば、お前が魔帝をなんとかして欲しいって言うからこっちは必死に考えてやってるってのに。


「でも、そんなことできるんでしょうか?」


「カノンの不安はもっともだ。むしろ失敗する可能性が高い。だが!」


「うるさいわね。お酒の飲み過ぎよ」


 エルの小言をシカトし、俺はグラスを置いて熱っぽく語る。


「今日のカノンのライブでの反応を見て確信した。人類と魔帝は分かり合える。種族やバッググラウンドは違えど、良いと思えるものは共有できる。歌は通じるんだ!」


「つまり―――和平条約を結べる、ということこですか?」


「そうだ!」


「そんな単純に行かないと思うけどなー」


「ああ、単純じゃない。色々な問題がある。歌が通じるか、メンバーはどうするか? 不安なことはたくさんある。でも、これは誰かがやらなきゃならないんだ。でなきゃ、勝てない戦争に突入することになる」


「そうですね……」


 カノンは重苦しく頷く。表情は苦い。


 自分の故郷を魔帝軍に焼かれているんだもんな。


 奴らの強大さは身に染みているはずだ。


「戦争は避けないといけない。だから、俺達は人類の代表者となるんだ。そのためには為政者や権力者に認められなければならない。俺達に外交権限を任せてもらわないといけない。そのために首都に行くんだ」


 俺は机の上に町長から貰った地図をバサッと広げる。


「ここはベルトルート王国というんだったよな」


「そうですね。一応、5つある人類の国のうち、一番の大国と言われています」


「このベルトルート王国の首都メゾグランデに向かう。そこでアイドル事務所を立ち上げ、カノンと並び立てるアイドルグループを作る!」


 カノンはおお、と驚くリアクションをした。


 エルはサンシャインサワーを飲み、恍惚とした表情を浮かべていた。


 俺の話は一切聞いていない。マジで一回どついたろうか。


「アイドル……じむしょ?」


 カノンが首を傾げる。小動物みたいで可愛いな。


「いわば、アイドルを雇っている会社って感じだな」


「かいしゃ?」


「難しいな。ようは~~……うーん……ギルドみたいなもんか?」


「あ~!」


 カノンは手を叩いた。よかった。通じたようだ。異世界といえば会社ではなくギルドだよな。


 まぁ、実際ギルドってあるのか分かんないし、あったとしてもどんな制度か知らないけどね。


 こういうファンタジー世界にはギルドって制度があるだろうと思って言ってみてよかった。なんとなく事務所のやることが通じたはずだ。


「この地図によると、ここレピアからすごい距離があるようですけど……。どうやって行くんですか? 馬車でも1週間ほどかかる場所ですし、1日で着く飛竜に乗るには巨額の金が必要ですよ」


 困惑顔で伝えるカノンに対し、俺は誇らしく言う。


「実はな、俺達は行ったことのない場所にも瞬間移動できるんだ」


「瞬間移動って……ワープ魔法ってことですか!?」


 カノンが驚愕の叫びをあげる。


「ワープ魔法ができるんですか!?」


「ああ、出来る」


 厳密には、俺じゃなくてセブンス・レガリアの力だけど。


 というか、セブンス・レガリアが出来るのだから、下位互換のセブンス・ウェポンにも出来ると思っているだけなんだけど。


「出来るって、なんでそれを商売にしないんですか!?」


「商売?」


「商売ですよっ! 世の中にはワープ魔法を欲しがる国やギルドがたくさんあるんですよ。場合によっては、億万長者になれますよ!!」


「まままマジでっ!?」


 何となくワープ魔法を使えるって思っていたけど、この世界のほとんどの人はワープ魔法を使えないんだな。


 そういえば、魔帝もそのようなことを言ってた気がする。


 そう思うと、セブンス・レガリアってどれだけ凄い武器なんだろう。


 事務所を立ち上げる前にワープ魔法で荒稼ぎしておくか。


 芸能事務所を立ち上げるには事務所や設備、人件費など様々な金がかかるだろうしな。


 ワープして金を貰うって、いわゆるタクシーの乗客と会話しなくていい版だろ?


 めっちゃ楽じゃねぇか。


 やばい、笑いが止まらねぇー。


「無理ね」


「は?」


「無理だって言ってんの」


 エルの冷たく言い放たれた一言に、高揚した俺の気持ちを凍らせた。


「セブンス・レガリアは今壊れてしまったからワープ出来ないわ」


「だ、だけどセブン―――」


「セブンス・ウェポンはワープ魔法を唱えられないわ。レガリアとウェポンは根本的に性能が違うからね。レガリアは神の力で、ウェポンは強化する機能がある強い武器って感じよ」


 とてもわかりやすい説明だ。


 レガリアはウェポンの単なる上位互換じゃないんだな。勉強になった。


「じゃあ……首都に行くためには……」


「地道に歩くか、馬車に乗るかの二択でしょうね」


「嘘だろ……」


 究極の二択だ。


 馬車は金がかかる。


 今の俺達に金がないし、今後の出費を考えて節約しなければならない。


 だからといって1週間歩き続けるのもキツイ。


 1週間歩き続けるって、相当な忍耐力か歩くことが好きな人しかいない。


 そして、俺含めて3人は歩くのは好きではないだろう。


 思考に思考を重ね、1つのシンプルな答えにたどり着いた。


「……走るか」


 エルがノーモンションで俺の頬を叩いた。

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