第25話 今日は帰らない

 酒が回ってきたところで、ゴリラみたいなガタイした冒険者が俺達の席に絡んできた。


 もちろん絡む相手はエル。


 チャタレーでカノンを始めとする看板娘へのナンパは御法度となっている。


 理由は常連客にボコボコにされるから。


「姉ちゃん。グラマラスだね~、俺と一緒に飲まないか?」


「消えなさい、ゴミクズが。私は身の程を知らない人間が軽蔑しているわ」


 ひどくない?


 言葉の端々に人間蔑視が垣間見えるし。


「意外と俺ら合うかもしれないぜ? 試してみないか?」


 こいつメンタル強いな。ピンピンしてやがる。


 あんまりしつこくしない方がいいと思うぞ。邪魔だと思った瞬間、電撃をぶち込んでくるからな。


「ほう、面白いことを言うわね。人間」


「人間?」


「なら、一気飲みで勝負ね」


「一気飲み?」


「どっちが多く飲めるかってやつよ。やる?」


 小悪魔的な表情で冒険者を挑発する。


 ダメ推しに、自分の胸をたゆたゆと持ち上げて揉み始める。


「もしアナタが勝ったら挟んであ・げ・る」


「上等じゃねぇぇぇぇぇかよぉぉぉぉぉ!!! やってやるぜぇぇぇぇ!!!!」


 うわっ、エルのやつ完全に酔ってやがる。


「あ、あのエルさん、やめた方が……」


「あらカノン? 私が負けると思ってるの?」


「いや、そうは思ってないですけど……でも、万が一ってこともありますし……」


「神に万が一は存在しないわ。あるのは、次元違いの格のみよ」


 ドヤ顔しているけど、こいつ魔帝に出し抜かれているからなぁ。ちょっと信用が無いんだよなぁ。


「へいマスター、ジョッキ2つ!」


 カノンはドタドタと冒険者たちが集まるテーブルへ行く。


「ちょっとミナミくん! 止めなくていいんですか?」


「いいよ。放っておこう。たまには痛い目には遭った方が良い」


「そんな冷たいことを言わなくても……」


「やばくなったら止めればいいさ。とりあえず今はアイツの行動を見てようぜ」


 カノンは心配そうにエルを見る。


 店員からジョッキをもらうと、エルと冒険者は向かい合った。エルめ、完全に嫌な先輩の笑みを浮かべてやがる。


「もし私が勝ったら、貴様は一生二度とナンパできないよう、呪いを授けてやる」


「へ、いいぜ。そんな呪いがあるならな」


 いや、やめといた方がいいぞ。そいつ、



 誰が一番飲めるか、でコールしながら、女神と勝負していく。


 いや本当、神とは思えない下賤さだな。


 しかもサンシャインサワーより10度もアルコール度数が高いレピア酒を中ジョッキで一気飲みしている。


「ぷは~っ! 私は飲み切ったわ。さぁ人間、どうだ?」


「う、お、俺も飲み切ったぜ。うっぷ」


「じゃあ2杯目、行こうか」


 冒険者の顔が引きつる。そりゃそうだ。あの量は飲めないだろう。


 頬の色が一切変わらず、2杯目も飲み切るエル。一方で、最初は勢いよくジョッキを傾けたが、どんどんペースダウンし、やがてぶはっと酒を口から吐き出した。


「うわ汚ぇー」


「はい私の勝ち~」

 

「やるねぇ嬢ちゃん!」


 酒で顔が赤くなった冒険者がエルに近づく。


「顔も美人だし、おまけにいいケツしてん―――」


 ビリビリビリビリーッ!!


 冒険者が感電し、バタンと倒れた。一瞬で場の空気が凍る。


「言っとくけどわたし~、体中に電流を流しているから。下賤な生物に触れさせないようね。ま、最初だからこんくらいの電流にしてやったけど、次触ったら全身焦げるからね」


 穏やかじゃないんですけど……。


 おいおい、勘弁してくれよ。ドラゴニクス戦では死亡者0人だったのに、打ち上げで死亡者が出たら笑えんぞ。


「さぁ、次に勝負する奴はいねぇか!?」


「じゃあ、次は俺だ。勝ったらこの場で上着脱いでもらおうか」


「勝てるもんならね」


 試合が成立し、ジョッキが運ばれてきた。そして結果はもちろん、


「ウィィィー!! 大ショーリぃ!」


 酒で倒れた人間の背中を右足で踏んだエルが、右腕を大きく掲げる。


 うわぁ……最悪だ。地獄の飲み会になってるよ。


「はっはっは! 人間どもめ、駆逐してやったぞ!」


 その宣言通り、一気飲み対決で驚異の20人切りを行った。さすが、腐っても神。肝臓もそうだが、何よりあんだけ酒を溜める胃が凄い。なんつー胃だ。まぁ飲み過ぎてお腹がぷっくりしているけど。


 半数の冒険者たちが飲み潰れてきたところで、打ち上げは終了になった。


 俺はべろんべろんになったエルと同時に店を出る。


「いえーい、大勝利~~~」


 店を出るなり、エルは右腕を掲げた。


「うわぁ~っとと……」


 右腕を大きく上に掲げたせいで、身体のバランスが取れず、倒れてきた。


 何とか腰を抱き、地面に激突するのを避けた。電流は………流れないようだ。一安心。


「おいおい、大丈夫かよ」


「ダイジョーブダイジョーブ」


「おら、肩貸せ」


「うぃー。私はぁ~……ワープで帰れるから~……」


 杖を召喚する。


「それ、わぁーぷぅー!」


 杖を掲げて魔法を唱える。


 ………………しかし、何も起こらなかった。


 杖を掲げたまま、エルはバタンと倒れた。


 なんつー酷い絵面だ。神なんだからさ、もう少し綺麗な飲み方してくれよ。


 こりゃあ、明日が大変だな。


 仕方ない。おぶっていくか。まぁ、今日は色々助けてもらったしな。


「俺、エルをおぶって帰るわ。カノンも疲れただろう?」


「ええ、まぁ、はい、疲れました」


 カノンは苦笑した。打ち上げも酔った人がたくさんいるなかでよく耐えたよ。


「そうだよな。明日出発だから、今日は実家に泊まっていくだろ? 見送りはここらへんで―――」


「実家には、泊まらないです」


「いや、さすがに今日は泊まった方がいいぞ。多分、エルこいつのやつ吐くしさ」


 普通の人間なら急性アルコール中毒×3ぐらいの量を飲んでいた。死なないのは神だからか。だが、上からアルコールが出てくるとも限らない。疲れている日に介抱なんていダルすぎる。


「いや、大丈夫です。むしろ私にも介抱させてください。仲間じゃないですか」


「仲間だから俺に任せろって言ってるんだ。さっきも言ったが、俺達は明日、この町を出発する。ワープ魔法が使えない以上、ダグラスさん……オマエのお父さんにも簡単に会えないんだぞ? 今日ぐらいは泊まった方がぜったい―――」


「泊まりません」


 ぴしゃっと言った。木が揺れる音が、俺とカノンの間を通っていく。


「え、カノン……?」


 急に怒った彼女の機嫌をうかがうように名前を呼ぶと、カノンは暗い顔して俯いた。


 すげー恐い声音だったけど。もしかして俺、地雷踏んだ?


 数秒ほど沈黙したあと、カノンが小さな声で呟く。


「……ばいいんですか?」


「え?」


「ミナミさんも聞いてましたよね。ライブの時の話」


「そりゃあ、聞いてはいたけど……」


「私、あの時、おと………ダグラス……さんにあんな酷いこと言ったんです。手を差し伸べてもらった恩も忘れて、パニックになって、とても酷いことを言いました。いまさら、どんな顔して会えばいいんですか」


 吐き捨てるように言った。


「カノン……」


「家には……帰れないですよ。今日の慰労会でも、話せなかったですし」


 話せなかった、か。


 やばいな、これ。完全に地雷踏んじまった。


 ライブ中に酷いことを言っていたのは知っている。でもそんなのは頭が混乱していたから言ってしまったことで、本心ではないと思っていた。一言謝れば済む話だと軽く捉えていたが、どうやらカノンは相当重く受け止めちゃっているようだ。


 そういえばダグラスさんも、カノンと距離取ってたなぁ。作戦の成功で浮かれすぎていて気付かなかった。


 くそ、今回は完全に俺の失態だ。


 ろくに上の立場になったことはなく、人とのコミュニケーションもあんまり取らなかった弊害がここに出てしまった。反省だ。


 なんとかカノンにはダグラスさんと和解してほしい。この町レピアは―――酒場チャタレーは、去るべき場所ではなく戻ってくる場所でなくちゃならない。


 そしてカノンは、ダグラスさんのことを引きずっていてほしくない。


 絶対に和解させたい。和解させるには、カノンとダグラスさんが話し合わないと駄目だ。


「なぁ、謝りに行こう。不安だったら俺も着いていくからさ。このまま仲違いしたままじゃやっぱりダメだと思うんだ。」


「やめてください……お願いします……」


 悲痛なカノンの顔を見て、説得は止めた。多分、本人が相当悩んでいるんだろう。重く受け止めすぎだろ、と思うのは自分が親との関係がドライだからだろうか。


 最後に。本当に最後に訊く。


「なあ、本当にいいのか?」


「はい」


 カノンの意思は固い。これ以上ここで話し合っても無駄だろう。


「そうか、わかった。じゃあ、左肩を頼む。こいつ、意外と重くてさ」


「はい」


 カノンにエルの左肩を渡し、俺達は歩き出した。


 アジトに着く間、聞こえたのは吐息と砂を踏む足音、そして涼しい夜風に吹かれてて擦れる葉擦れの音だけだった。


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