第23話 雪解け

 カノンの演奏が終わってから2時間後、俺とカノンの立会のもと、レピア町長とドラゴニクスとの間で休戦協定が結ばれた。


 期間は1年、レピア含むレピア町長の管轄下に置かれた地域とドラゴニクスが治めている地域のみに適用されるという限定的なものだったが、対等な条件での休戦協定であり、これは人類側と魔帝側との間で結ばれた初めての休戦協定だった。


 レピア側もドラゴニクス側も抱えているものがあり、完全に和解したわけではない。


 そんなのは調印式で両軍対面した時の空気でわかったし、長い間戦争や断交状態が続いていることから、聞かなくても色々あったのはわかる。


 それでも休戦協定の調印式はスムーズに進んでいる。


 それが自分のことのように嬉しかった。


 多分、住んでいる間にこの町が好きになったからかもしれない。


 俺の地元より田舎で、治安も悪かったけど、人とのつながりはレピアの方が感じられた。


 休戦協定の書類に調印し終わったところで、ドラゴニクスがカノンを見る。


「貴様がトップアイドル、カノンか?」


「トップアイドル……かどうかわからないですけど、はい。私がカノンです」


 ぺこりとお辞儀した。


「貴様の歌……誠によかった。今まで聴いた歌の中で一番よかった」


「あ、ありがとう……ございます」


 カノンは笑顔でお辞儀した。


 笑顔は少々ぎこちなかった。


 けど、歌を褒められたことは多分嬉しかったと思う。


「これからもっと精進して、ドラゴニクスさんやご友人さんに成長したねって思ってもらえるようにします」


「ほう、それは楽しみだ」


「はい、よろしくお願いします」


 カノンは再度お辞儀した。


 魔帝軍に町を滅ぼされたこともあるカノンにとって、調印式の立会人を務めることはめちゃくちゃ恐かったと思うが、恐れをぐっと堪えて立ち会ってくれた。


 しかも憎しみの顔を浮かべず、終始丁寧な対応していた。


 カノンはやっぱりすごい。


 トップアイドルたる心の器を持っている。


「今度、我が領地にも来てくれないか? 我が民にも貴様の歌を聴かせてあげたい」


「もっ、もちろんですっ! よろしくお願いしますっ!」


 ははは、とドラゴニクスが高笑いした。


「そんなにかしこまらなくてよいぞ。私と貴様はアイドルとファンの関係なのだからな。砕けた口調で構わんぞ」


「いっ、いえいえいえいえいえ!」


 手をブンブン振る。


 カノン、それは謙遜通り越してへりくだり過ぎだ。


 トップアイドルたる心の器は持っていても、威厳はまだまだ磨かなくちゃな。


「でも、じゃあ、もし私がドラゴニクスさんの領地に行ったら、ドラゴニクスさんのおすすめの場所を紹介してくれませんか?」


 カノンの発言にドラゴニクスが虚を突かれて目を見開いたあと、先程よりも大きな声で笑った。


「私にそんなことを言った人間は貴様が初めてだ」


「ご、ごめんなさい! え、えっとそのー……失礼でしたか?」


「いや、失礼ではない。むしろ嬉しいのだ。そちらが歩み寄ってくれるのがな。ぜひ紹介しよう。我が領地、自慢の料理も合わせてな」


 ドラゴニクスはお兄さんのように微笑んだ。


「あ、ありがとうございます! ぜひお願いします!」


 カノンの三度のお辞儀を見た後、ドラゴニクスが力強い目で俺を見てきた。


 戦闘モードではないとはいえ、眼力ありすぎ。恐い。


「貴様とはいずれ、決着をつけよう。一介の武人として、貴様とは本気で戦いたい」


「人類と魔帝軍が和平を結んだらな」


「あるいは、和平交渉が完全に破断になった時、かな」


 ドラゴニクスはクールな笑みを浮かべた。


 嫌な事言うなよ。笑えねーって。


「両者とも調印が終わったようですので、最後に握手を」


 副市長が若干声を震わせた。


 汗が額からめちゃくちゃ噴き出ている。


 こういう式に慣れていないんだろうな。


 両者が立ち、互いに向き合う。


「この休戦協定が、終戦協定の始まりとなることをワシは確信しているぞ。マスター・ドラゴニクス」


「そうなるよう、お互いに歩み寄っていこう。ラモン町長」

 

 町長とドラゴニクスが握手を交わす。


 俺とカノンはその握手をしっかり見届けた。

 

 こうして、調印式は何事もなく終わることができた。


 もちろん全員が全員、納得して結んだ協定ではない。


 調印式わだかまりはある。


 それでも、この協定が結ばれたことに意味があると、俺は考えている。


 こうしてドラゴニクスとの争いは、グッドエンドで幕を閉じた。

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