第45話 空飛ぶ魔王と半裸に剥かれる俺

……ミルファちゃんが、人類が忌む魔王の器……!?


思考が一瞬、真っ白に塗り潰される。

なんだそれ……と思うと同時、腑に落ちることがたくさんあった。


ミルファは、魔法を忌避している様子だった。

ミルファは、額の紋章を人々から隠していた。

ミルファは、俺の前でしか魔法を使わなかった。


考えてみれば、魔法を使う時に短剣を使っていたのも神器に見せかけるためだったのかもしれない。


「クックック……鈍いなぁ。鈍すぎるぞ。この世界の常識が無いとはいえ、勉強不足が過ぎる」


「……それについては、今さら返す言葉も見つからない」


俺は悔やむ。

たぶん、この異世界にきたその日、俺が泥酔していたその日……ミルファは俺に全てを打ち明けてくれたに違いないのだ。

俺はそれを綺麗さっぱり忘れてしまっていた。

忘れるどころか、忘れたことをそのままにすることを良しとした。

今が幸せならそれでいい、と。

目を背けていたのだ。


本当に悪いことをしてしまったと思っている。

だから、


「ちゃんと謝らないとな……!」


俺は空から降る新月の真夜中みたいに真っ黒な泥を振り払い、立ち上がる。


「魔王、ミルファちゃんにその体を返せよ……!」


「断る、と言ったら?」


「戻してやる。絶対にだ」


俺は前に進む。

魔王へと向かって。


「"溺れろフォール"」


再び限定的な夜の空から、黒いモノが俺に圧し掛かってくる。

重たいそれを弾き飛ばし、足元に溜まるそれらをかき分けるように前へ前へと進んだ。


「……まったく。この馬鹿力が」


俺の手がようやくミルファの──魔王の体へと届きそうになった途端。

その姿が消える。

いや、俺の背後に高速で移動していた。


「雷よ──我が神言に従い貫き通せ」


大樹を無理やり縦に引き裂くような極大の稲妻の音と共に、俺の背中に衝撃が走る。


「──ッ!」


服には当然穴が空く。

どうやら相当な威力の突きを叩き込まれたらしかった。


「クハハッ、どれだけ頑丈なのだ、お前はっ!」


連続で雷の音が響く。

俺は殴られまくっている。

だがダメージなどは無い。


「ふんっ!」


振り返ってミルファの体を抱きしめるように捕まえようとする。

が、高速移動で逃れられる。


「火よ──我が神言に従い彼の敵を燃やし尽くせ」


高温の炎の柱が俺を中心に立った。

さすがにそれはたまったものではない。

だって服が燃えて全裸になってしまう。

俺は大剣を振り回して生まれた風で炎を急ぎかき消した。


「風よ──我が神言に従い鎌を成せ」


ザクザクザクと。

俺の服が刻まれていく。

勘弁してほしい。

異世界に来てからというものの俺の服の損耗が激し過ぎる。


「ククク、参ったな。殺し方が分からん。女神め、厄介なヤツを寄越してくれたものだ」


あらゆる魔法をもってして俺を半裸以上に剥いてくれた魔王は機嫌良さそうに笑ってみせた。

さながら俺はサンドバッグ。

弄んで楽しんでくれているらしい。


「で、気が済んだか? だったらサッサとその体をミルファちゃんに返せよ」


「断る。あと、お前についてはもういい。風よ──」


魔王はそう言うとフワリ。

宙へと足を浮かせた。


「私の目的はお前じゃない。女神のヤツが庇護するこの世界だ。お前を殺さずともこの世界を掻き回すことはできる」


「何をする気だ……?」


「この世界を堕とす。まずはこの一帯を魔族の跋扈する夜の世界に変えてやろうか」


「そんなことさせるわけ、」


「どれほど強くとも、どれほど頑丈であろうとも、ただ見ているだけしかできないよ、お前はな──"溺れろフォール"」


夜の空から泥のような闇が落ちてくる。

俺はミルファの体を捕まえるため、跳び上がったところだった。

闇に捕らわれた俺の体は、引き戻されるように地面へと叩き落とされる。

それに対してミルファの体はどんどんと上へ上へと昇っていく。


「結局お前はただの人間だ。空は飛べまい」


「クソ……待てっ! 待てよッ!!!」


「この器の娘ミルファのことは忘れることだ。元よりこの正常な世界では生きにくい娘だった。お前と幸せになる未来なんてどこにもなかったんだよ」


「なっ……」


「お前なら私が堕とした後の世界でもきっと生き抜けることだろう。その弱肉強食の世で新たな楽しみでも見つけることだ」


魔王を中心に、辺りの空一面に夜が広がっていく。

この世界を覆うように大きく。


「勝手なこと、言ってんじゃねーよ……!」


空高く、豆粒ほどの大きさになってしまった魔王の姿を見て……俺はまだ諦めきれない。

でも、どうすればいい?

俺に何ができる?

空も飛べないこの俺に。


……せめて、俺にも翼があれば……あっ。


「シャロンッ!!!」


俺は地面に転がっていたシャロンのことを思い出した。

すっかり忘れていたが、コイツはただのぐうたらの豚じゃない。

邪竜だ。


「シャロン、シャロンっ!」


「う、うぅ……痛い」


シャロンはひどいケガだった。

誰かに殴られでもしたのだろう。

いたるところに青あざがある。


「死にそうか?」


「……死にそうには、ないのだわ」


「そうか。よかった。残念ながらお前の心配をしている余裕がなくてな、今から竜に戻って飛べるか?」


俺は夜の空を指差した。

シャロンはそれを理解した上で大きなため息を吐いた。


「竜使いが粗すぎるのだわ……でも、ミルファの許可がないと竜の姿には戻れないわよ?」


「あ……そっか」


「まあ、この姿でも魔力操作で少しの間くらいなら飛べるけど」


「本当かっ!? 助かる!」


「……」


ジッと。

シャロンは俺を見て手のひらを差し出してきた。

……コイツ、この期に及んで。


「……ホラよ」


俺はその手に金貨1枚を載せてやる。

シャロンの目が見開かれ、輝いた。


「……トばすのだわっ!!!」


シャロンは俺の手を掴み、勢いよく跳び上がる。

そして上昇気流に乗って滑空するように空を翔け上がった。

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