第44話 魔王復活

無骨な大剣による殴打の嵐の中、ベルーガはほくそ笑んでいた。

突然現れた正体不明の、その恐ろしく強い男に勝つ策があったわけではない。


……オレの役割は足止めか。結局リャムラットのヤツの言った通りになったな。


ベルーガには、もうその男に勝とうなんて意志はなかった。

優先すべきは魔王の復活。

魔人の中でも好戦派で個人主義だったはずの自分がまさか、本能的に魔王の復活を優先することになろうとは。

しかもそれを嫌だとすら思っていない。


……やはりオレも生粋の魔人ということか。


ベルーガは一瞬でも長く大剣持ちの男の注意を引けるように嵐を耐え凌ごうと体を丸めようとする。しかし、それすらも満足に許さない大剣による連撃の圧力プレッシャー

それに先に悲鳴を上げたのは──地面。

唐突にベルーガの足場は崩れ、陥没した。


「クッ!」


体勢を崩したベルーガの体に、容赦ない連撃の雨が降り注ぐ。

もはやガードのために腕を上げることすら叶わない。


「……ッ」


薄れゆく意識の中で横目に見る。

リャムラットが神水を魔王の器に流し込み切るサマを。


……これでいい。オレたちは魔王様の忠実なる下僕ゆえ。


尊重すべきは魔人としての個ではなく全。

魔人は魔王をこの世界に再び呼び起こすためにある存在。


……それを全うできるのであれば、オレは……。




* * *




……

…………

………………約5秒。


50の殴打の後、軽い地割れが起こる。

巨漢の魔族の体を中心に、半径数メートルのクレーターができていた。

体中の肌をアザで変色させた巨漢はもう動かない。


……追い討ちはもう必要無いだろう。


これでもうジャマもない。

俺は大剣を肩に担いで、再び光線を放ってくる魔人へと向かう。


「さあ、今度こそミルファちゃんを返してもらうぞ」


「……!」


最後のその魔人は見当違いの方向へと光線を放った。

俺はそれを最初無視しようと思ったが……しかし。

その光線の先に居たのは、地面に転がっている見覚えのある赤髪の少女──シャロン。


「チッ!」


俺はとっさにその光線の直線上へと駆け、大剣で弾き飛ばす。


……こいつら、シャロンにまで手を出してやがったのか!


「許さねぇッ!!!」


一気に魔人へと迫り、俺はその首を刎ねた。


「……」


不気味にも、魔人は表情ひとつ変えない。

いや、むしろ微笑みさえしていた。


「お前の存在は、イレギュラー、だった……しかし、我々の悲願は、叶った」


「……?」


最後の魔人は頭部を失って、その体は横倒しになる。

俺はその体に支えられていたミルファを抱える。

荒れた地面から離れ、平らな場所まで運んだ。


「ミルファちゃん……!」


グッタリとするミルファの胸、そこに右耳を当てる。

ドクン、ドクンと。

心臓は正常に動いている。

手のひらを口元に当て、呼吸も問題ないことを確認した。

問題なのは、意識が戻らないことだけ。


「くそっ……アイツ、ミルファちゃんに何を飲ませやがった……?」


ノータイムで殺してしまったのは悪手だったか?

もしそれが毒だったとしたら、俺にはどうしようもないのだ。

ただ、後悔ばかりもしていられない。


俺は先ほどの魔人の元へと駆け寄った。

頭部を失った体の側にあったのは空の壜。

それを拾い上げた。

どこかで見た形状だ。

俺は魔人の懐も探った。

もしかしたら、もう1つ同じものがあるかもしれないから。


「……あった」


魔人の懐から出てきたのは同じ壜。

トプン、と。中身は液体で満たされていた。

それは以前冒険者組合の執務室で見せてもらったのと同じ。


「神水……っ?」


白濁色ではあるものの透明度の高いソレ。

日本酒に似ていると思った神水、そのものだった。




「──フゥ……」




後ろから息を吐く音が聞こえる。

ミルファの呼吸音だと俺はすぐに察することができ、勢いよく振り返った。

やはりそこに立っていたのはミルファ……。


いや、ミルファの体を持つ、ナニカ。

俺には分かった。

それはミルファであり、ミルファではない何者かであることを。


普段から色艶のよい褐色の肌……その一面に、額にあったのと同じヘビの紋章が尾を伸ばすように広がっていた。


「誰だ、お前は……」


「誰だ、と? 私はお前の愛しき婚約者フィアンセ様だろう?」


ミルファ(?)は手に持っていた短剣を投げ棄てると、その手を俺に向けた。


「闇よ──我が神言の元にとばりを降ろせ」


太陽が、消える。

一瞬で、俺たちの居る場所だけが夜となった。


「"溺れろフォール"」


ズブリ。

体中に泥のような闇がまとわりつき、俺は地面に膝を着いてしまう。


「……おい、ミルファちゃんをどうしたっ?」


「だから私がそのミルファだと言っている」


「ふざけるなっ! お前はミルファちゃんじゃないだろう……誰だッ! ミルファちゃんの体で何をしてるッ!?」


「……ククク。まあ、さすがの愛ゆえに、ということか? 実に下らん」


ミルファ(?)は自身の胸に手を当て、ほくそ笑む。


「この器の中身だった自我モノなら今、押し潰しているところだよ」


「っ!? だからっ、お前はいったい何なんだッ!?」


「お前は本当に何も覚えていないんだなぁ」


ミルファ(?)は滑稽なものでも見る眼差しを俺に向ける。


「私が魔王だ。そしてお前の婚約者はな、人類が忌み嫌う魔王の器なんだよ」

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