第41話 神水の正体

──魔族のリャムラットはかつて疑問に思った。


神器とはいったい何か?

神水とは?

なぜそれを飲むと武器が……それも我々魔人に傷をつけるほどの武器が出現する?


「女神がオレたちを狩るために生み出したんだろ?」


豪腕のベルーガの問いに、リャムラットは首を横に振る。


「少なくとも、これは、女神に由来するものでは……ない」


「じゃあ神水ってのは何だ? 女神が生み出したもんじゃないとしたら、いったいどういう理屈で人間どもに武器が宿るっていうんだ。魔法も使えない人間ふぜいがよ」


「そう、それだよ、ベルーガ」


リャムラットは指を弾いて言う。


「簡単な、ことだった……魔法を使えない人類が、我々に対抗するためには、同じモノを持つ、必要がある……つまり、神水とは、それを得るために、飲むものだ」


「同じモノ?」


「つまり、我々の体を、血液同然にめぐっている……魔力だよ」


トプン。

壜の中の神水を揺らしながら、リャムラットは話す。


「この液体の正体……それは、魔力で満たされたアルコール、だ」


「魔力で満たされた、アルコールだぁ……?」


「ああ。人間の中にも、魔力の器を持つ者たちが、いる。神水は、飲んだ者たちの半分が、死ぬ。その者たちは器の、無かった者たち、だろう……生き残った者たちは、魔力を得る、ことになる……その魔力が発露した結果……それが、神器になっている、と考えられる……」


リャムラットはふぅと息を吐く。

長く喋るのに疲れたように。


「つまり神器ってのは魔力の塊で、だからオレたち魔人にも対抗ができるというわけか? しかしなんで魔法を使わない?」


「人類には、我々のように、魔法体系がない……」


「魔力を宿らせる術はあっても魔法を使える術が無い? おかしな話だぜ」


「どういう理屈で、そうなっているのか。神水がどのように、作られているのか……それは、分からない……が、大陸の女神を崇める、大教会が……何かを、隠しているのは、確かだ」


「キナ臭ぇな」


「どうでもいい、話だ。魔王様が、復活するのであれば」


キュポンと。

リャムラットが神水の壜の栓を抜く。


「これが覚醒の、呼び水となる」


リャムラットはその壜をミルファの口に押し付け、神水を少しずつ流し込み始めた。




* * *




「はぁっ、はぁっ……ジョウさぁーんッ! ジョウさぁぁぁーーーんッ!!!」


そう叫びながら、ニーナは緑薫舎に向かって走る。

人通りは全く無い。

ほとんどの人は町の反対側へと逃げてしまっている。


……早く、早くジョウさんを呼ばないと……!


ニーナは逃げてきた。

ミルファを置いて。

あそこでニーナにできることはそれだけだった。

無力さを噛み締めながら、しかし。


「ミーさん、待っててくださいっス……ぜったい、ジョウさんを連れて戻るっスから……!」


自分の役割は分かっていた。

ニーナがすべきこと、それはミルファの側を離れないことじゃない。

ミルファがどんなに危険な状況に陥ったとしてもなお、ミルファのことを絶対に、間違いなく、必ず助けてくれるヒーローを呼んでくることだ。


「君ッ、確か外から来た商人の……!」


通りを走っていると、向かいから今しがた出動してきたらしい冒険者たちが駆けよってくる。しかし状況を説明しているヒマなどない。


「ジョウさんを……ジョウさんを捜してくださいっス!」


「えぇっ? ジョウって……あの邪竜を討伐してくれた……」


「そうっスッ! あの人じゃなきゃダメなんス!」


肩で息をしながら、それでもニーナは呼吸よりも言葉を優先する。


「ミルファさんが……あなたの婚約者フィアンセが危ないって、そう伝えてくださいっス!」


「フィアンセ……? 何がなんだか分からんが、分かった! 彼は確か緑薫舎に宿を取っていたな? カッパーランクの冒険者たちに走らせよう」


「ありがとう、ございますっス……!」


その冒険者は振り返り、後続の冒険者たちに向かって叫ぶ。


「おぉい! カッパーの数人! 緑薫舎に行ってジョウさんを──」


しかし。

言いかけるその冒険者の胸を、紫電が貫いた。


「──っ!?」


バリィッバリィッ! と。

木の根のように細かく広がって空中を奔った紫電が、集まった冒険者たちの体をひとりとして漏らさず貫いていく。


「そんな……これ、」


見覚えのある電撃。

冒険者たちは倒れ、ピクリともしない。


「見ぃーつけたっ」


ニーナの後ろ。男の声が響く。

悠々として歩いてくる2人の男女。

紫電を纏った右腕をこちらに掲げる男、ビルビー。

その後ろをつまらなそうについてくる女、ワルシュラ。


「……!」


見間違えるハズもない。

それは先ほどまでミルファと対峙していた魔族たちだ。

その魔族たちがここに居るということは、つまり、


「そんな……ミーさんは……」


「ん? ああ、あの器? 生きてるよ。でもさ」


ビルビーはため息をこぼす。


「自我が強くって困っちゃうんだよねぇ。でさ、僕は考えたわけ。何をだと思う?」


「……っ?」


「君、あの器の大切な"トモダチ"とかっていうヤツなんだろ? だからさ、あいつの目の前でお前のことをイジメ抜いてやったら……あいつ、自我を放り棄ててくれるんじゃないかなぁって」


ニーナの背筋がゾクリと粟立った。

あまりにも自然で純粋なその悪意に。


……この男、本気だ。


「──ッ、ジョウさぁぁぁーーーんッ!」


「? なに? なにを叫んでるの?」


「ジョウさぁぁぁぁぁーーーんッッッ!!!」


「人の名前? ははっ、協力者ならもうベルーガが捕らえてきたし無駄だよ」


「ミーさんを、ミーさんを助けてっ、ジョウさぁぁぁーーーんッ!!!」


「……聞いてる? 聞いてないよね?」


「ジョ──ぐぁっ!?」


ニーナの首元をビルビーが掴み、持ち上げた。


「人間ってのは本当に愚かだね。他者の話も満足に聞けないなんて」


「ぐ……がぁ」


「もうここでバラしちゃおうか。あの器、この人間の首を目の前に転がすだけでちゃんと絶望してくれるかなぁ……まあ、やってみれば分かるか」


ビルビーの手に力が込められる。

ニーナの首を握り潰そうとして。

首の左右で高まる圧力に、ニーナも覚悟を決め、思わず目を瞑った……


その時のことだった。


「おい。俺の友人に何してる」


グシャリ。

肉の潰れる音。飛び散る液体。

しかし、ニーナに痛みはなかった。

直後に首を掴み持ち上げられていた感覚が消え、宙に投げ出されるが……

一瞬の浮遊感のあと、ニーナの腰を支える感触があった。




「──ぐっ、オォォォォォォッ!?!?!?」




悲鳴。それは男の声だった。

恐る恐る目を開けると、ニーナの目の前でうずくまっていたのはビルビー。

ニーナを掴んでいたはずのその腕の、無くなった手首から先を押さえて痛みに悶えている。

そしてニーナの体を支えて立っていたのは、ジョウ。


「ごめん、ニーナ。遅かったよな、本当にごめん。俺、宿でずっとミルファちゃんと話すことについて考え込んでて……」


ジョウは約束の時間に遅刻した言い訳みたいなことを口にして肩を落としていた。

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