第40話 陥落

「──はぁっ、はぁっ……!」


「しぶといなぁ、器ふぜいが」


チッ、と。

あちこちが帯電して火花を弾けさせるその通りで、青年風の魔族が舌打ちした。

かれこれ3分以上、ミルファはその魔族の攻撃を捌ききっていた。

通りにいた町の人々はほとんどが避難を終えていた。

戦いの中心で巻き込まれてしまったニーナを除いて、だが。


「ぐ……ぅ!」


一瞬の割れるような頭痛がミルファを襲った。

何度目か分からない。

しかし、それが来る間隔がどんどんと早くなっている。


「ミーさんッ!!!」


倒れそうになるミルファを、後ろからニーナが支えた。


「すみません、すみませんっス……私が後ろに居るばっかりに……!」


「いいえ、謝らないで……私が守りたいと思ったから、そうしてるだけだもの」


ミルファは頭痛を押し殺して顔を上げる。

青白い顔だった。

しかし、その目はいっさい死んではいない。

それがなおのこと──青年風の魔族を苛立たせた。


「もうさぁ、器に用はないんだけどッ!?」


バチバチバチ、と。

その魔族の腕に雷が宿る。

が、


「やめて、おけ」


もうひとりの男の魔族が静かにそれを制止した。


「はぁっ!? どういうつもりだよリャムラット!」


「魔力の、無駄だ……非効率、極まりない……」


「んだと? じゃあお前はなんだ? 何か効率的な策があるとでもっ?」


食って掛かる若い魔族に、リャムラットと呼ばれた魔族は淡々と答えた。


「器が、嫌がるところ……そこを、攻める」


リャムラットが女の魔族へと目配せをする。

女は無言で首肯すると、次の瞬間手の先を地面へと突き刺した。


「"震えろティンバー"」


ズガンッ! と。

地面が縦に揺れた。

それも1度じゃない、何度も何度もだ。


「なっ、なんなんスかッ!?」


「ニーナ、私の側で伏せてッ!!! ──風よッ!!!」


ミルファが短剣を振るうと風が吹き荒れる。

頭上から落ちてきた建物のガレキ、それが弾き飛ばされる。


……え?


建物の……ガレキ?


「──ッ!!!」


ミルファの視界、その一帯の建物にヒビが入り崩れかけていた。

今にも倒壊しそうである。

そしてその建物の割れた窓の内側からは……多くの住民の驚き慌てた顔が覗いていた。


「──土よっ、風よッ! 我が御言に呼応し給えッ!!!」


ミルファの魔法が振るわれると土の柱が立ち、風圧が崩れかけの壁を押さえ、建物の倒壊を防いだ。

だが、


「あ──あぁぁぁァァァッ!!!」


強烈な頭痛。

ミルファの膝が崩れ落ちる。

その額の紋章は激しく明滅を繰り返していた。


「もうひと押し、だな」


揺れは続く。

その毎秒、ミルファの精神は削り取られていく。


「ミーさんっ! ミーさんッ!!! もう無理っス……逃げてください! このままじゃミーさんが死んじゃいますよッ!!!」


「……逃げないッ! それが私のできる、正義だから……!!!」


ミルファは奥歯を砕かんばかりに噛み締め力を込めながら、声を絞り出す。


「最後の力で、一瞬スキを作る。その間にニーナ、あなたは行って……!」


「えっ……」


ニーナの答えは待たない。

ミルファは短剣を逆十字に切った。


「闇よ──我が御言に従いとばりを降ろせ」


突如として太陽が消える。

それはミルファの正面数十メートルに訪れた夜だった。

魔族たちに息を飲むヒマさえ与えない。


「──ッ!?」


空から圧倒的な重圧……いや、泥のように降り注ぐ闇が魔族たちにのしかかった。

同時、揺れが止まる。

地面を震わせていた女の魔族の体は、上から降り注ぐその泥に押し潰されて体の自由を奪われていた。


「なんっ……だ、これは……!」


リャムラットら男の魔族たちもまたそのナニカに溺れ、もがいている。

ただそれは、ほんの数秒だけのことだった。


「……っ」


ミルファの体が正面に倒れた。

受け身も取らず。

それと同時に"夜"は消え、黒いナニカも消滅した。


「……魔王様の、力か」


リャムラットは立ち上がり辺りを見渡し、気が付く。

ミルファの後ろに居たはずのニーナがいない。


「小娘1匹を、逃がしたか……だが、その代償は、大きかったな」


リャムラットはミルファに近づき、その体を見下ろす。

ミルファは完全にその意識を消失していた。

その額の紋章は未だ、強く光続けている。


「魔力の使い過ぎ……いい具合に、自我が消耗、しているな」


順調に進む状況にリャムラットが頷いていると、


「何だったんだ、さっきの揺れはよ……」


通りの向こうから長身の男が歩いてくる。

その身に纏う服はボロボロで、顔にもアザを作っていた。

片手には何かを引きずっている。


「戻ったか、ベルーガ」


「ああ。楽しかったぜ」


ベルーガが手にしていたものを投げ捨てるようにリャムラットの前に転がした。

それは赤髪が特徴的な少女……シャロンだった。

アチコチに青あざを作り、服は傷だらけで泥にまみれている。


「器の、協力者……強かった、か?」


「俺の姿を見れば分かるだろ? なかなかにしてやられたさ。久々に良い戦いだった……結局、俺の方が強かったがな」


ベルーガは満足そうに鼻息を漏らした。


「ところでよ、さっきネズミみたいな女のガキが走り去っていったが? アレはなんだったんだ?」


「この器の……大切なナニカ、らしい」


「どうでもよかったから見逃しちまったが、よかったのか?」


「我々の力を、間近で見られている……邪魔な存在だ」


「……俺は面倒なのはゴメンだぜ。今は戦闘後で少し疲れてるしな」


「……」


リャムラットは後ろを振り返った。


「ビルビー、ワルシュラ……先ほど逃げたあの小娘を、殺してきてくれ」


「僕たちがかよ……まあいいけどさ」


ビルビーと呼ばれた若い魔族の男はため息を吐きはしたものの、すぐに走り出す。

その後を追ってワルシュラもまた駆け出した。


「それで? その器はいつ魔王様になるんだ?」


「……もう、今すぐに、でも」


ベルーガの問いに答えたリャムラットが懐から取り出したのは、1本のびん。透明で、しかしわずかに白く濁ったそれは──【神水しんすい】だった。




* * *




緑薫舎の宿でひとり、俺はミルファへとどう話を切り出そうか考えていた。

これから話題に上るのはきっとミルファちゃんの"俺と出会う前まで"にかなり踏み込んだものになる。


「あー……どうしよう、俺。マジでちゃんとできるかな……」


頭を抱える。

腹を括ったつもりだったのに。

口を開けば溜息か弱音が出てしまう。

そんな時、


「……ん? なんだ?」


外が少しうるさい気がする。

人が騒いで、走っている……?


……なんだか、嫌な感じがするな。


直感だった。

俺はここでミルファを待つべきなんだろうが。

しかし、


「ちょっとだけ、出てみるか」


俺は小走りで宿を出ることにした。

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