第39話 豪腕のベルーガ

「──ッ!!!」


ミルファに向かった真っすぐと迫りくる紫電。

ミルファはとっさにニーナの手を引き、それから短剣を抜いた。


「土よ──我が御言に呼応し給えッ!」


ミルファたちの前に巨大な土壁が現れる。

直後、稲妻の落ちる大音量。

その壁はミルファたちを守るという役割を果たし、煙を上げながらこなごなに砕け散った。


「なっ……なんスか、今のッ!?」


当然、ニーナは疑問の声を上げる。

しかしそれに答える余裕は今のミルファになかった。


「余裕だねぇ。他の人間も守るとは」


「……!」


「魔王様の力を利用できる範囲が広がったのかな? いや、それとも……」


その魔族が再びその手から稲妻を奔らせる。

今度はさらに広範囲へと。

その稲妻の行く先にはニーナだけではない。

突然のことに腰を抜かす町の人々もいた。


「──っ!!! 土よッ!!!」


ミルファが短剣を振るう。

体を震わせる地響き。

それと共に、稲妻の行く先々に土の柱が立つ。

その柱によって魔族の攻撃は全て防がれた。

しかし、


「──はぁっ……ぐっ!?」


ミルファがその場に膝を着いた。

激しい頭痛のする頭を押さえて。


「あははっ、やっぱりそうか。負担は変わらず、か。器ちゃん、君も他人と仲良しこよしをする人間色に染まっちゃったんだねぇ」


魔族は頬はで裂けんばかりにニヤリと口を歪ませる。


「でもそれなら都合が良かったなぁ。決ーめたっ。君のこと、ここでイジメ抜いちゃおーっと」




* * *




……爆発音? いや、雷が落ちた音だ。


シャロンの鋭い聴覚は明確にそれを聴き取っていた。

空を見上げれば晴天。雲ひとつ無い。


「……」


いったい何が起きているのかは分からない。

でも、シャロンはその音が聞こえた方へと向かうことにした。

なんとなくだ。


「~♪」


シャロンはミルファを探している。

嬉々として。

ジョウから高額の報酬を貰うためだ。


人間の速度を超越しないように、シャロンは意識して通りを走る。

人間らしからぬ行動を取ってはミルファに叱られるから。

面倒だったが、それにも慣れてきた。

そうして、路地に入る曲がり角に差し掛かったときだった。


ゴウッ!!! と。


それは唐突に起こった。

初め、シャロンは突風に襲われたのかと思った。

でも違った。それには確かな質量があった。


「──っ!?」


路地に入る曲がり角、そこから突然振るわれたのは謎の腕。

そして今まさにシャロンの顔面に叩きつけられているそれは、大きな拳。


──バキョォッ!!! と。


決して顔面から出してはいけない、そんな轟音が響く。

地面に水平に10メートル、シャロンの体が吹き飛ばされる。

何度も通りの地面を跳ねて転がって、屋台の2つを巻き添えになぎ倒して……

その勢いはようやく止まった。


「……」


ムクリ。

先ほどまで屋台だったそのガレキの中からシャロンは体を起こす。


「いったい何なのだわ……?」


「おいおい、今ので死んでないのか? さすがだな」


シャロンの元に歩み寄ってくる男がいた。

その男は頭に2本の角を生やしていた。

粘土に切れ込みを入れたようなその目は、煌々とした殺意の光に満ちている。


「……誰?」


シャロンは首を傾げた。

知り合いではない……はずだ。


「オレは豪腕のベルーガ。お前は器の協力者で間違いないな?」


「協力者?」


「オレたちの間でのお前の個体名みたいなもんさ。特定するまでもなかったね。正義の味方なんて呼ばれて活躍してる人間なんざお前以外に見当たらなかったからな」


「???」


シャロンは再び首を傾げた。

話の骨子がまるで理解できない。

正義の味方を殺しにきたのだろうか、コイツは。


まあでも……どうでもいいか。


「あなた魔族ね。じゃあ縛りの対象外なのだわ」


「ハァ? 何を言って、」


魔族の男が言葉を言い終わる前。

すでにシャロンは男へと肉迫していた。

そして、腕を振りかぶっている。


「人間じゃないお前のことは"襲って"もいい」


空気さえ引き裂く速度で、シャロンの拳が男の顔面へと突き刺さる。

常人なら頭部が破裂し、頑丈な魔物であったとしても首の粉砕骨折は免れない。

そんな充分な威力の込められた一撃だった。


しかし、


「ハハッ……! やるじゃねーの」


シャロンのその拳を受けてなお、男は笑っていた。

拳を受けたその場から1歩たりとも引かずに。


「だがやはり、俺の方が強い。純粋な"力"がな」


男の極太の右腕が、今度は大きく上から振るわれた。

ミシリ。

その一撃はシャロンを押し潰すような音を立ててその体を地面に叩き伏せた。

そして体勢を整える間もなく、サッカーボールのように蹴り飛ばされる。


「脳裏に刻め、オレの強さを。魔族の中で俺に勝る剛力はいない」


「……変な名前」


シャロンは再び起き上がる。

が、


「……っ」


フラリと体勢を崩しそうになる。

熱いものが鼻から垂れる。

血だった。


……面倒なのだわ。人の姿のまま戦うっていうのは……。


「はぁ」


縛りがなければなぁ。

シャロンは大きなため息を吐いた。

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