第32話 魔族たち

アドニスの町から南の谷、交易路の向こうの砂漠地帯。真夜中の砂原の中心で2人の男と1人の女が焚火を囲んで座っていた。


「──いやぁ、ホントに居なくなってるね。邪竜」


ザッと。どこからともなく、その場にもう1人、子供の用に無垢な顔をした男が現れて言った。


「ビルビー、おかえり。どうだった」


「誰かと戦ってた形跡があったよ。アレ、もしかして【器】の仕業かなぁ?」


「そりゃないだろう」


頭部から長い2本の角を生やした、巨体の男は首を横に振る。


「器は魔王様の力を十全に振るえるワケではない。魔王様の魔力を大きく練り上げることが自我の喪失へと繋がることは器自身がよく知っていることだろう。わざわざ死地へ向かう理由がない」


「そっかぁ……残念」


ビルビーと呼ばれた男はしょんぼりと肩を落とす。


「……そうとも言えないかも、よ」


女の1人が口を開いた。


「おかしいじゃない。だってあの器の女の後を追えなくなったとたん、あの邪竜がられるなんて」


「ワルシュラ、殺されたとは限らないだろう」


「そうかもだけど、少なくとも互角以上に渡り合っていたからこその戦闘痕が残ったわけでしょ。あと今は邪竜の生死の話をしてるんじゃない。タイミングの話を私はしているの。あなたはどう思う、リャムラット」


リャムラットは視線を焚火の1点にずっと向けたまま、微動だにしていなかった。


「さっきからずっと何を考えているのよ。私たちにも教えなさいよ」


「……邪竜の件に、器は、高い確率で関わって、いる」


「「「……!」」」


リャムラット以外の3人が目を見合わせた。


「根拠は?」


「魔法の力なくして、空飛ぶ竜は、倒せない」


「でも器は魔王様の力の一端しか振るえないわよ。その状態でも倒せるものかしら?」


「……協力者が、居るな」


リャムラットが億劫そうに口を開いた。


「器1人の行動では……説明が、つかない。だが、仮に邪竜を退けるほどの……協力者がいれば、可能。我々が器を取り逃したことにも、説明が、つく」


「邪竜を退けるほどの協力者ぁ? 無理のある前提だ」


2本角の巨漢が入れる茶々に対して、ワルシュラが「シッ」と指を口に当てた。渋々といった様子で巨漢が黙る。


「順を追って、話そう……。3週間前のあの日、まず器は、我々を撒くため……東の山へと入ったのだろう。あそこは同胞ジラードの支配地域……普通に考えれば、自殺行為……しかしそれ故に、我々はあの山を捜索範囲から、見落とした」


「なるほど? それで? じゃあなんで器はその自殺行為の行動を経て、未だ生きているっていうの?」


「そこで出会った、あるいは、落ち合った……協力者と。そしてジラードを屠った」


「あのジラードがもう死んでいるっていうのっ!? 武闘派の中でも最強格の1人よっ?」


「フン、今じゃ俺の方が強いがな」


「アンタは黙ってて、ベルーガ」


ワルシュラにぞんざいに扱われ、口を挟んだ2本角の巨漢、ベルーガはつまらなさそうに鼻を鳴らした。


「ははぁ。しかしジラードさんが殺されてるのだとすれば、敵は何者なんだろう?」


「……人間だ」


ビルビーの問いに、リャムラットは即答した。


「それなら、全てに説明が、つく。邪竜の棲みかだった谷、そこを越えた先に、人間の町がある。器はきっと、そこにいる」


「なんで断言できるんだい?」


「人間は、相互に助け合う、そういう生物だ。協力者は、器を同じ人間だと思ったから、ジラードから助けた。そして、人間の町に身を寄せているから、近くに巣食った邪竜も、倒した……」


「……荒唐無稽な憶測だけど、いちおう筋は通ってるね。分かったよ、物証は僕が集めて来よう」


ビルビーは再び焚火に背を向けた。


「ちなみにだけど、リャムラットさんが言った通りジラードさんが死んでた場合……町に器が居る可能性ってどれくらい?」


「……90%、すでに町を出ている可能性が、10%」


「つまり少なくともこの近辺には絶対にいるってことね。了解。じゃあ僕が帰ってくるまでの間に、そのめちゃくちゃ強い可能性大の協力者から器を奪う案を考えておいてよ」


ビルビーはそう言い残して姿を消した。


「オイ、リャムラット。策を練るならその協力者とやらにはオレを当てろ」


「リャムラット、私は物騒なのはイヤだわ。楽して勝てるようにしてほしい」


ベルーガとワルシュラが口々に言うことに対し、リャムラットは特に何の反応も返さず、ただじっと焚火を見つめていた。

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