第24話 準備期間ともろもろの精算

邪竜の討伐依頼を受注してから数日間は何事もなく過ぎた。


……何事も、というとちょっと語弊はあるかな。なにせ、俺は特に何もせずに町の様子をブラブラしてうかがっていたくらいだったのだが、いつの間にか小金持ちくらいにはなっていたのだ。


まずは町長、彼は再び冒険者組合から戻った俺たちの元に現れたかと思うと、約束通り金貨10枚を渡してくれた。それのみならず、


『お聞きしました。なんでも、南の交易路の解放にまで臨んでいただけるとか! そうとあれば、アドニス町長としてはただお見送りするわけにはいきません!』


と言って町で保管されていたらしい立派な防具一式に、必要なものがあれば買ってくださいと追加で金貨を5枚も置いていった(驚くことにそれは私財かららしい)。


そして続いてはニーナだ。


『こちらお約束したモノっス』


どうやら商会長のオブトンとの商談は無事に終わったらしい、緑薫舎に重そうな硬貨袋をジャラジャラと言わせて持って戻ってきたと思ったら、ニーナはそこから金貨を3枚に銀貨を50枚取り出して俺の目の前に並べる。


『商談の結果の利益の3割の額っス。どうぞお納めくださいっス!』


ニーナはなんでも、崖下からワゴンと積み荷を引き揚げた時にした【取り引き】を覚えていたらしい。俺はすっかり忘れていたが。


それにしたって結構な大金で、正直それを受け取るのは躊躇した。だって元をたどればそれはニーナが運ぼうと仕入れてきた商品の対価なワケで、当然それを享受する権利はニーナに帰属する。しかし、


『商人たるもの、商談して決まった条件を反故ほごにするのは主義に反するっス。それがたとえ、ジョウさんの優しさから言っていただけるものだとしてもっス』


行商人としてのニーナのプライドは確固としたもので、それに対して食い下がるのはニーナに反って失礼なのだろう。俺はそれを受け取ることにした。


……まだある。


せっかく町長から準備のための金貨をもらったワケだし、討伐依頼のために必要そうなものを見て回ろう(ついでにミルファちゃんと町ブラデートしよう)と歩いているところ、


『あ、あのっ、ジョウ様でいらっしゃいますよねっ!? お聞きしました、あの邪竜の討伐に向かわれるのだとかっ。この町の問題に身を賭して挑んでいただけるとは……私たちこの町の冒険者一同として感謝の言葉もございません……!』


どうやら依頼の件はウワサになっているらしく、銅とか銀とかの腕輪をした見知らぬ冒険者たちにそのように痛く感銘された風に話しかけられたかと思うと、


『ご同行したくも我々の技量ではただ足手まといになるだけ……できることといえば、こんなはした金を集めることばかり。せめてこちらを何かのお役に立ていただければと思い馳せ参じた次第ですっ!!!』


そうしてどうやらカンパで集めたらしき硬貨の入った袋を俺の胸に押し付けてきたのだ。俺は固辞し続けたのだが、『いやいや』『なんのなんの』『どうかどうか』なんて言ってエンドレスでやり取りが続きそうだったのでいったん受け取ることになってしまった。


……というか、先日の大乱闘や組合内での騒ぎもあって、てっきり俺は冒険者たちから嫌われて(恐れられて)しまっているのではと思っていたんだけどな。こんな風に頼ってもらえるとは。いきなりのことに戸惑いはしたけれど、嬉しいものは嬉しい。


総額は金貨が2枚と銀貨が27枚。冒険者の平均年収は分からないが、彼らの熱意的にはきっと無理して捻出してくれたものなのだろう。どこかで彼らに還元できないかは考えておくことにしよう。


「──とまあ、そんなこんながあって金貨にして20枚も集まってしまったワケだけど……」


「何かに使う予定とかはあるの?」


町ブラデートの途中、そんなミルファからの問いに俺は首を振る。


「特に必要なものとかも思いつかないしなぁ……あっ、でもちょっと覗いてみたい店はあるかも」


というわけで俺は町ブラ途中で見つけた薬屋に入ってみることにした。万が一傷を負ってしまったとき、毒に当たってしまったときなどなど、ファンタジーの世界ではポーションやら毒消しとかは定番中の定番だろう。


「おお……結構高いな」


棚に並んでいる薬の数々を見て思わず感嘆の声がこぼれてしまう。ポーションは1つ20銀貨から50銀貨。成人1人の1カ月分の食費くらいの値段が相場らしい。毒消しはもう少し安いけど、しかし高いことに変わりはない。


「まあでもここは良心的な方ね。酷いところだともっとぼったくられたりするもの」


「マジで……?」


薬屋もピンキリということなのだろう。ということは、今お金がある内にここで買えるだけ買っておいた方がいいのでは? なんて俺が腕を組んで考えていると、唐突にミルファに腕をクイクイと軽く引っ張られて店外に連れ出された。


「あのね、ジョウ君。別にポーションとか買う必要はないと思うわ」


「え、なんで? ここは良心的な方なんじゃ……」


「まあそうなんだけど。でも私、素材さえあれば魔法でポーションくらいは精製できるの。旅の中ではそれで路銀を稼いでいたし」


「そうなのっ?」


「うん。だから素材だけ買って行きましょう? そうしたら宿で作るから」


というわけで俺たちは結局ほぼお金を使うこともなかった。町ブラの成果といえばミルファの知らない一面を知ることができたくらい……まあつまりは大成功ってことだな。真剣な面持ちでポーション精製をするミルファはかっこよく、そしてやはり可愛かった。


そうこうしてる間に東の山道の交易路に派遣されていた冒険者が帰還し無事に山の向こう側の町にたどり着いたことが報告され、邪竜討伐にあたっての万が一の町の避難計画も策定され、そして討伐に際して組合長に頼んでいた物資の準備も完了する。


いよいよ俺の冒険者としての初依頼、邪竜討伐任務に出かける日がやってきた。

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