第25話 邪竜との出会い
早朝、アドニスの町からの大きな声援を背中に受けて、俺とミルファは荷馬車で南の谷の交易路に繋がる道に出た。
「ずいぶんと集まってくれたなぁ」
「数日でウワサが町中に広まってたみたいね……もはや邪竜を倒す前提で」
町のほとんどの人が集まってるんじゃないかくらいの南門の様子を後ろに振り返りつつミルファは苦笑いした。
「これで討伐に失敗した、なんていうことになったらと思うとちょっと怖いわね」
「まあね。でも倒すと決めたからには何としてでも倒してみせるよ」
竜の情報については先日の冒険者組合であらかた聞いている。それらを鑑みれば……まあ十中八九は大丈夫なはずだ。荷馬車の後ろに布を被せられて積まれている荷物を見やる。先ほど中身は確認したが、組合長はこの数日で充分以上の量の準備をしてくれている。
「ジョウ君、前にも言ったけど無理は禁物だからね」
「分かってる。ミルファちゃんも危なくなったら真っ先に谷横の森に逃げるんだよ? 俺のことは放っておいても大概大丈夫だと思うから」
……なるべくならミルファちゃんを危険な場所に連れて行きたくないところだけど、今回はミルファちゃんの持つ魔法が万が一の備えになってくるから仕方ない。
いざとなったら依頼とかほっぽり出してでもミルファの安全を優先しようとそんなことを心に決めつつ、馬を休ませたりしつつで約半日。
ようやく邪竜が巣食ってしまったという南の谷が見えてきた。
「そろそろだな……」
俺もミルファも、なるべく警戒されないように進路だけを向いていた。ただし俺は常に右手を空けておいたし、ミルファもまた同様にローブの内側の短剣の柄へと手を添えていた。
……聞くところによれば、邪竜は荷馬車が来たら目の前に飛んできて進路を塞ぐとのことだった。そうして怯えて立ち去った行商人の残していった荷馬車を鷲掴みにして飛び去るのだとか。
南の谷の交易路へと差し掛かってくる。まだどこにも邪竜の姿はなく、あたりに違和感もない。これまでと同様に広い道が谷の底へと向かって広がっているだけだ。
ガタン。道が下り坂になり、荷馬車が揺れる。その時のことだった。
──グオンっ。
一瞬の浮遊感、そしてすぐに体にGが掛かる。気づけば荷馬車が浮き、俺たちを乗せたまま猛スピードで空を滑空していた。巨大なカギ爪に鷲掴みにされて。
「……っ!!!」
とっさに上を向けばそこには漆黒。いや、黒いウロコに覆われた巨体が視界一杯に広がっていた。全長、およそ10メートル。広げた両翼が地上に大きな影を作っている。
……これが、【邪竜】かっ!
「ミルファちゃんっ!」
「……大丈夫、無事っ!」
吹き飛ばされないように荷台にしがみついているミルファが応じる。
「さすがに後ろから攫われるなんて想定外だったけど……でも、【準備】は完了したわっ!」
「ありがとうっ! じゃあ、始めようか!」
頷くミルファを見るやいなや、俺は光の宿った右手を掲げ、振るう。
……呆気に取られるのはここまでだ!
俺の右手に出現した大剣が荷馬車のワゴンと馬を繋ぐハーネスを破壊する。邪竜が鷲掴みにしているのは積み荷のあるワゴンの方だったので、馬の自由落下が始まってしまう。
「ミルファちゃん、掴まって!」
「うんっ!!!」
俺はミルファちゃんを片手で担ぐと、ワゴンを蹴って勢いづけて飛び降りた。空中の馬の元へとたどり着くと、俺は馬のことも逆側の手で担いだ。
「風よ──我が御言に従い噴き出し給え!」
ミルファが腰から抜いた短剣を地面に向かって振りかざす。すると風がクッションのように俺たちの落下速度を緩めた。
「……よし、よかった」
無事、俺たちは無傷で着地する。馬も含めて。
空を見上げれば、大きな黒い竜が遠くでワゴンを持って飛んでいる。
「そろそろかな」
「ええ。そろそろのハズよ」
俺たちが見守ること数秒、それは起こる。ワゴンが光を瞬かせたかと思うと、大きな炎と煙と共に大爆発した。遅れて爆音が響き渡り、衝撃波に上空が震えた。
──俺たちが荷馬車で運んでいたのは大量の火薬が詰め込まれた木箱だった。ガッチリとワゴンに固定してもらい、一ケ所に火を点けることで全てが炸裂するように仕込んでもらうので数日を要したが……上手いこといってくれたようだ。
とはいえ、だ。
「やっぱり、竜相手に火薬程度じゃ効果は無いみたいね……!」
ミルファが悔しそうに言う。視線の先、爆発の後に残る煙の中心には未だ健在の邪竜が両翼を羽ばたかせていた。
「本来はもっと地上近くで爆発させる予定だったのに……どうしよう、ジョウ君?」
「ここまでできたんだ。続けよう」
さすがの邪竜も突然の大爆発には驚いたみたいで、その点では当初予定通り、しっかりと当惑してくれているようだ。その隙を逃すわけにはいかない。
「ミルファちゃん、頼んだ」
「……まあ、そうよね。ジョウ君のことだもの。分かった」
俺は一度手に持った大剣を消し、邪竜を見据えた。距離はまだそれほど離れてはいない。……よし、俺の脚力とミルファちゃんの魔法の力があればきっと行ける。
「風よ──我が御言に従い噴き上げ給え!」
俺の背中、そこにジェットエンジンが着いたかのように体が押し上げられる。それに合わせて俺は思いっきり地面を蹴った。
──俺の体は斜め上へと一直線、空中の邪竜に向かって空を翔ける。
煙の中、邪竜が迫りくる俺の動きに気付いたらしい。その首をコチラに向けた。そこでようやく邪竜の全容が俺にもわかった。なるほど、禍々しいその姿形は冒険者組合の人々が恐れるのも分かる。
額の上から生える大きな漆黒のねじれ角、巨岩を彷彿とさせるゴツゴツとした硬そうな肉体、そして何よりも地獄の業火でも映しているのかというほどに殺意で煮えたぎった瞳が、俺を喰い殺してやると訴えかけてきている。
……まあ、知ったこっちゃない。食われに来たつもりは毛頭ないわけなのでな。
「出てこい、大剣ッ!!!」
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