第23話 邪竜討伐依頼、受注!!!

──さて、組合長執務室でいろいろとすったもんだはあったものの、俺たちの今後の予定が諸々立った。


そうと決まればさっそく俺たちはアドニス冒険者組合の3階にある執務室を後にして、組合長のエビバに伴われて階段を降りる。ザワっと。1階に差し掛かるなり冒険者たちの息の飲む音が聞こえた。それは恐らく俺の左手首にされているプラチナの腕輪を見てのことだろう。


「マジか……!? いきなりプラチナっ!?」


「元々ゴールドだったんじゃねーの?」


「いやいや、行商人の荷引きって話だぜ。昨日も腕輪はしてなかった」


何だか1階にたむろする人数、さっきより増えてない? 俺が来たから他のやつらも呼んだのだろうか……ちょっとした有名人気分である。


「ほらっ、お前たちジャマだジャマだ!」


エビバがその人混みをかき分けて受付まで向かうので、俺とミルファはその後ろをついて行く──その短い道中で、2人の冒険者たちが宙を飛んだ。


「フギャッ」


受付側の天井へと叩きつけられて床に落ちたソイツらは猫の断末魔のような声を上げた。


俺はニッコリ、ソイツらに殺意の笑みを投げかけてやる。


「次、俺の婚約者に触れようとしたらブチノメスヨ?」


……その2人、人混みに乗じてミルファちゃんの体に触ろうとしてきやがったのだ。痴漢である。もちろん警戒していた俺は完全にその行いを未遂にさせたわけだが。それにしたって怒髪天だ。


「も、申し訳ない。ウチの組合の者が……バカばっかりで」


エビバが顔を青くする。いや、組合長は何も悪くないんですよ? 悪いのは痴漢してこようとしてきた馬鹿どもだけで。とにもかくにも、その様を見て人混みは一瞬で怯えたようにスゥーっと引いていった。


ちょんちょん、と。腕にミルファの肘が軽く2度当てられる。


『やりすぎ』


アイコンタクトの意味はそんなところだろう。


……でもスマンな。許せんもんは許せんのだ。正義の心うんぬん以前に、ひとりの婚約者としては絶対に。


そう内心で思いつつ口を尖らせてみる。だいたい伝わったらしい。ミルファは小さくため息を漏らしつつ、肩を俺の腕に寄せてきた。そして、


「安心して。ジョウ君以外の人になんか、絶対に触らせたりしないんだから」


俺にだけ聞こえる小さな声でそう言って微笑んでみせた。思わず、俺はその場に膝から崩れ落ちるところだった。


……ねえねえねえ、俺の婚約者さん、腰が抜けるくらい可愛すぎるんですけどっ!?




* * *




「新しい依頼の発注をしたい。頼めるか」


受付の裏側に回った組合長のエビバは、長年勤めているらしい受付嬢を呼んでそう指示を出した。メガネをかけた、クールで知的な印象の人だった。


その受付嬢は俺やミルファが同じ場にいることに戸惑いつつも、しかし直接こうしてエビバから依頼発注を頼まれること事態はそれほど珍しいことでもないらしく、特に難色を示すこともなく了承した。


「では、依頼の内容と受注可能な冒険者ランク設定についてはいかがいたしましょうか」


「ああ。内容は南の谷の【邪竜の討伐】。受注者は本日この組合で冒険者登録を行なったこちらのジョウ様だ」


「……」


受付嬢は固まった。目を開いたまま完全にフリーズすること5秒。


「はい? あの、もう一度仰っていただけますか? 私、何か聞き間違えを」


「聞き間違えてなんていないよ、ベテラ。私は君に、邪竜討伐の依頼発注をお願いすると言ったんだ」


ひゅっ──とベテラと呼ばれた受付嬢が鋭く息を飲んだ。


「えぇっ!? 邪竜をっ!? 討伐っ!?」


クールっぽい外面からは想像もつかなかった慌てぶりを見せて、受付嬢が瞠目する。


「なっ、何を仰っているんですっ? 【竜殺し】なんておとぎ話を現代に再現しようとでもっ!?」


「まあまあ、落ち着いてくれベテラ」


「これが落ち着いていられますかっ! 邪竜には【決して】手を出せないからこそ、東側の交易路の奪還のために法外な報酬を用意してまであのいけ好かないプラチナランクの冒険者たちをウチに招集したのでしょうっ? ……特別な客だから、私だってあの長髪ナルシスト野郎に『適齢期過ぎドライフラワーには興味ナイんだ、フフッ』とかムカつくこと言われてもニコニコ対応してやってたのにっ」


「ベ、ベテラ? 私怨がにじみ出ているぞ?」


「とにかくっ! その発注はあまりに無謀です! 組合長だってご存じのハズでしょう? ほんの軽はずみな気持ちで竜に手を出して滅ぼされた町の話をっ!」


ベテラは本気で怒ったように言った。


「この町のことを考えるなら、そんな発注は止めるべきです。たとえそちらの方がウワサの……東の山の魔人を討伐してくださった方だったとしても」


「ああ、ベテラの言わんとすることはよく分かっている。だが勝算はあるんだ。こちらのジョウ様たちならば」


「勝算って……そうは言ったって」


ベテラは思い悩むように俺たちへと目を向けた。常識外れの者を見るようにその視線は疑わしげだ。


「相手は【空の王】である竜なのですよ? その勝算がハズれて、空に逃げられたらもう為す術も……」


「大丈夫です。その時は俺たちも飛べるので」


俺はベテラの不安そうな言葉を遮って、自身の胸を叩いてそう言った。お任せあれ、だ。


「は、はぁ? 空を飛べる……?」


「ベテラ、まあそういう神器を持っていると解釈してくれて構わないそうだ。とにかく彼らに依頼の発注をしてやってくれ」


「ほ、本当にやるんですか……!?」


ベテラは戸惑いながらも、しかし組合長の意思は固いと諦めたのか渋々といった様子で依頼の作成に取り掛かってくれた。


「──では、依頼の発注と受注は私たちの方で行なっておきます。邪竜の討伐に必要な物資の準備、万が一の場合の対策に数日いただきますので、準備ができ次第ジョウ様たちをお呼びしに向かいます。宿は引き続き緑薫舎をご利用いただければと」


「あ、そうですか……ありがとうございます。よろしくお願いします」


俺は後のことをエビバにお任せし、ミルファと共にいったん宿へと帰ることにした。


……せっかくの厚意、無下にすることも憚られるんだよな。しばらくは緑薫舎での生活となりそう、ってことか。


俺とミルファ、2人きりの夜にはちょっとまだ遠いらしかった。




* * *




ジョウとミルファの去った後、冒険者組合の受付裏にて。ベテラは大きなため息を吐いていた。


「東の山の交易路が空いて万歳! と思ったら今度は逆上した竜が町へ襲来する可能性に備えて避難計画を策定することになるなんて……情緒が追いつきませんよ」


「スマンな。しかし、辛抱してほしい。この町の問題にテコ入れを行うなら今しかないんだ」


ボヤくベテラを諭すように組合長のエビバは言う。


「この町は2つの交易路に依存してしまっていた。それがゆえに、1つの交易路が塞がれようとも数年の間は必死になって対応策を模索しようとしなかった。それが大いにマズかった」


「それはまあ、確かに……」


「真に対策すべきはまだ余裕があるその時だったのだ。どちらの交易路も諦めるべきではなかった。その過ちを二度繰り返してはならん」


「そのお気持ちも分かります。が……」


エビバの言葉にベテラは頷きつつも、しかしやはり不安げにため息を吐いた。


「本当にどうにかなるものなのでしょうか……竜を討伐するなんて聞いたことがありません。災害を相手取るようなものですよ?」


「並みの、いや、冒険者の範疇に収まる者たちではそうかもしれんな。だが、少なくとも竜を退けたことのある冒険者なら俺は知っている」


「それってもしかして、組合長が昔に会った黒金ダイアランクの冒険者の方のことですか?」


「おぉっ? なんだ、その話をしたことがあったかな」


驚いたように目をパチクリとさせるエビバに、ベテラはひと際大きなため息を吐いた。


「もう何度目か分かりませんよ。組合長ったら思い出話をするといったら決まってその話ばかりなんですから」


「そ、そうだったか?」


「そうですよ。確か20年近く前、竜の襲来で絶対絶命のピンチの組合長たち冒険者の元にさっそうと駆けつけて撃退してくれたんだとかなんとか」


「む、むぅ……その通りだ。あれ、話していたんだっけなぁ……?」


「はぁ……男の人って何度も同じ話をするんだから、まったく。まあ、それはさておきですよ。その竜を退けられたなんていうのは史上4人しか誕生したことのないダイアランクの冒険者だからこその偉業でしょう? それと比較するには、あまりにも……」


「いいや、そんなことはない」


決まり悪げに頬掻いていたエビバはしかし、それについてははっきりと断言した。


「俺はまだ冒険者としての直感まで衰えたつもりはない。あのジョウという男からはそのダイアランクの冒険者と同じ、いやそれ以上の何かを感じたのさ」


「そうですかねぇ、私にはすごく普通の男の人に見えましたけど……」


「同じ冒険者なら分かるもんさ」


エビバはそう言って不敵に微笑んでいた。

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