第22話 いまさら冒険者登録してみた

俺の前に出されたその【神水しんすい】……酒好きとしての直感が俺に伝えていた。これは間違いなく酒、【日本酒】だろうと。それを組合長のエビバにも伝えてみた、のだが……。


「ニホンシュ? いや、その名称では聞いたことはありませんね……」


「知らないですか? 米から作るお酒なんですけど」


「コメ? コーンの間違いではなく? どの地方にある穀物でしょう……?」


どうやらこの地域に米を育てる文化は無いらしい。山も水もあるのだから、稲作は誰かしらがやっていそうなものだけど……いやでもそうでもないのか? 日本の米だって元をたどれば中国から渡来してきて広まっていったものなんじゃなかったか? 詳しくは忘れたが。


「すみません、話を脱線させちゃって。それで、女神洗礼に際して神水しんすいを飲んで……それからどうするんですか? 試練っていうのは?」


「いえ、飲むだけですよ」


「はい? 飲むだけ……?」


「ええ。これを飲んで【生き残ること】。致死率50%の選別の水、それがこの神水なのです」


仰天した。それじゃあまるで毒だ。劇物だ。ゾッとした気持ちでその水の入った壜を見つめる。


「この神水を飲んで生き残るためには固く強い覚悟や想い……信念などが必要ということが分かっています。それらが強い者ほど強い神器が授けられ、薄い者ほど神器を手にする資格が無いと判断されるのでしょう。そうして最終的にどんな神器にも適応できなかったものを待つのが死です」


「……これは、誰が作ってるんですか? 女神様が?」


「それは分かりません。大陸に古くから存在する大教会が製法を独占しており、冒険者組合の本部がそこと直接取引をしていると聞いてはいます」


出どころは分かったが原材料は結局不明ということか。どこからどうみても日本酒にしか見えないが……。


「それでいかがですか、ジョウ様。こちらを飲んだ記憶はございますか? 神器を使えるのであればどこかで神水を口にしているハズなのですが」


「ええと……たぶん、ありますね」


心当たりはある。ほんの3日前の出来事だ。異世界転移の直前、俺は女神を名乗る女性に酒を勧められてそれを飲んだのだ。確かあの時は、おぼろげながら体が燃えるように熱かった記憶がある。


思い返してみればそれがもしかしたら、女神洗礼というヤツだったのかもしれない。


「やはりそうでしたか! 謎が解けたのであればよかった」


エビバは喜ばし気に何度も頷いた。


「その他に何か気になること、知りたいことなどはございますか?」


「そうですね……今のところは、他には何も。ただちょっと別のことでご相談がありまして」


俺は継続してできる仕事についての相談を持ち掛けることにした。


俺にはいま稼ぎの柱とできるものがなにもない。唯一分かっているのは自分が頑丈すぎる肉体を持っているということだけ……であれば、冒険者稼業なんてピッタリじゃないか?


「なるほど、お金の問題で……しかし、魔人討伐にあたって金貨1200枚をお受け取りになられたハズでは? 10年は贅沢に遊んで暮らせる額だと思いますが」


「いや、それはさすがに全部は受け取らないことにしましたので」


「なんとっ! それはいったいまた、どうして」


実は昨晩の間にミルファに相談して決めていたことだった。1200枚という額がどれだけ法外な額だったのかはそれで分かったし、それだけの金銭を捻出するのにこの町や商会にどれだけの負担が掛かるかも分かった。


……せっかく救った町だ。これ以上苦しい思いをさせたいとは俺もミルファちゃんも考えられなかったしな。


「そもそも魔人の討伐は私たちが勝手にしたことで依頼を受けてもいなかったわけですからね。ただまあ、私たちの方も正直そんなに金銭に余裕があったわけじゃなかったので……町長たちのご厚意に甘えて10枚ほどいただくことにしました」


「た、たった10枚ですかっ!?」


いや、たったとは言うけれど、俺がミルファちゃんたちに聞いた話じゃ金貨1枚で1カ月くらいは余裕で暮らせるらしいよ? 日本の価値基準に照らし合わせたら1枚20万~25万円ほどってとこだろうか。


「……な、何と言葉を尽くせばよいか……深く感謝いたしますっ! 冒険者登録については私の方にお任せください。この恩義に報えるよう、ジョウ様のご活躍を全力で後押しいたします!」


「ありがとうございます、よろしくお願いします」


こちらとしてはあまり恩着せがましくするつもりはなかったんだけど、どうしてもそうなってしまう状況なのがちょっと心苦しかった。とはいえ、スムーズに冒険者登録を済ませてくれるのは大変にありがたい。


「本来、冒険者組合への加入後はカッパーランクが与えられるのですが、ジョウ様につきましてはすでにその実力は拝見済ですので……私の方でプラチナランク冒険者として登録させていただきます。その方がより報酬額の高い依頼が受けられますから」


「え、いいんですか?」


「ええ、もちろん。実績も魔人の討伐としておけば文句をつけてくるものはいないでしょう。お連れのミルファ様も登録はされますか?」


「いいえ、私は大丈夫です」


話を振られたミルファは小さく首を横に振る。


「私は私でちゃんと稼ぎのアテはあるの。だから安心してね」


そう言って、俺に向かってニコリと微笑んだ。あーカワイイ。お金の心配なんて絶対にさせたくない! めちゃくちゃ稼いでいい宿とって色んな美味しいものを食べさせてあげたい! 


「組合長、さっそくでなんですが私が受けられる中で1番報酬の良い仕事はなんなんでしょうかっ?」


そうと決まれば即行動。俺は今日からバリバリ働く気でいた。日本にいた頃は刑事としての使命感で何とか保ってきたモチベーションが、なんだろう、今となっては無限に湧き上がってくる。これがフィアンセ効果か……!


「1番報酬の高い依頼となると、そうですな……危険なものになるのですが」


「なんでも仰ってみてください!」


「……承知いたしました。依頼の内容は南の地方の町への手紙の受け渡しです」


手紙の受け渡し、と聞いて頭に"?"が浮かんだ。てっきり、冒険者としての仕事なのだから何かしらの強敵の討伐みたいなものがくると思っていたのだが。


「昨晩町長より説明差し上げた通り、この町は交易路は2つございます。その内の1つが南の谷の交易路となるのですが……数カ月前からその付近を通ることができなくなってしまっており、南の地方の町との連絡のいっさいが絶たれているのです」


エビバが昨日使用していたのと同じ地図を俺たちの前に広げて、南側の谷らしき地形部分を中心に、ぐるっと囲うようにして指でなぞった。


「このエリアに今は誰もやすやすと近づけはしません……南の谷に邪竜が棲み付き始めてからは!」


「邪竜って……竜っ!?」


ファンタジーなら大定番であるそのワードに思わず声が上ずってしまう。竜、それは男の子なら誰もが一度は憧れたことのある存在であることは間違いない(個人の感想です)。


「ええ、竜です。ヤツは交易路を張っていれば馬がやってくると考えているのでしょう。この数カ月、どれだけの荷馬車が餌食になったか分かりません」


エビバは腹の底から出すようなため息を吐いた。


「恐らく荷を引く馬を食料としているのでしょう。積み荷ごと荷馬車を奪ってそれっきり……今のところ人には目すら向けないようですが、それでも相手は竜ですから運が悪ければエサになります」


「ははあ」


……竜が積み荷ごと馬を持っていく、ねぇ。なんか少し違和感を覚えなくもない。食べるならその場で馬だけ食い荒らせばいいのでは? 竜は定番設定によれば宝石の類が好きだから、それを狙ってでもいるのだろうか。


「まあ、そうでなくてもヤツの姿は恐ろしく視界に入っただけで寿命が縮まるというウワサもあるので、この依頼の受け手がなかなか見つからない状況でして……。こちらの報酬が1往復で3.5金貨、アドニス冒険者組合の中では現状最高額の依頼となっております」


なるほど……ハイリターンの依頼なだけあって命懸けなのか。今の俺の足の速さを考えればかなり速く往復はできると思うが、その前に。


「あの、1つ質問してもいいですか?」


ちょっと気になることがあった。とはいえ、それは喉に魚の小骨がつっかえる程度のもので、飲み下してしまえばそれまでだったのだろうけど。


「ええ、なんでしょう? 交易路を経由しない南の地方へのルートについてでしょうか?」


「いや、そうじゃなくて……そもそもの部分でなんですが、その【邪竜を討伐する】っていう依頼が無いのはなんでなのかな、と」


ただ単純な疑問だったのだが、しかし、俺の何気ないその発現にエビバもミルファもみんな口をポカンと開けて凍り付いてしまった。

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