第21話 女神とは/神器とは/洗礼とは

朝ごはんを食べ終わると、俺とミルファはさっそく冒険者組合を訪ねに来た。


俺たちが泊まらせてもらった緑薫舎からそこまでは本当に近かった。『この通りをまっすぐに行ってみたら分かりますよ』と宿の人に言われた通り、木造の3階建て、周囲の建物に比べるとふた回りは大きい立派なその外観は人目を惹くものだった。


ちなみに今の俺たちは2人だけでニーナはいない。


「ニーナ、大丈夫かな……」


ミルファが心配そうにつぶやいた。ニーナは現在、商会長のオブトンと共に商会へ行ったところだ。


『──昨日は大変に申し訳ありませんでした』


オブトンがそう言ってニーナに深く頭を下げたのは、つい先ほどの朝食の場でのことだった。オブトンが町長と連れ立っていったい何をしに来たのだろうとは思っていたが、当たり前ではあるが別に俺に対して持ち前のツンデレを披露しにきたわけではなく、ニーナへと直接謝罪するのが目的だったらしい。


『理由があったとはいえ、行商人のあなたには大変な無礼をしたと思っている。許してくれとは言いません。ただし、もし私を商人としてまだ認めていただけるのであればあなたに持ち込んでいただいた商品は全て言い値で買い取らせていただきましょう』


昨日俺が町長たち3人が居る場で言ったことを受けてのことかもしれないが、誠意の感じられる謝罪をしたオブトンは、ニーナとの取り引きの再開を持ち出したのだ。


ニーナはそれに対し、『はいっス! もちろんお願いしますっスよ!』と即答、何もかもを水に流し切った爽快な笑顔で快諾した。


「まあニーナは頭の良さそうな子だし大丈夫。それに商会長も決して根っから悪い人ってワケじゃなかったみたいだから」


「うん……そうね。きっと大丈夫」


「俺たちは俺たちのために動こう。ほら、魔族たちを倒すっていう目的はそのままでも……いっしょにさ、幸せな"婚約生活"はしていきたいと思わない?」


「そっ、そうね……その通りだわ」


ミルファはキュッと拳を握った。


「行きましょう。とりあえず組合長のエビバさんに会えたらいいのかしら?」


「どうだろうね? というかそもそもアポ無しで会えるものなのか……?」


首を傾げつつ、とりあえず組合の中に入らなきゃ何も始まらない。俺は両開きのドアの片方を開ける。中には、まだ朝だというのに多くの冒険者風の男たちが居た。


……みんな朝早いんだな、よっぽど熱心なのか……ん?


よく見れば、中に居たその冒険者たちの顔はどこかで見た気がするものばかり。というか、全員右頬か左頬に青あざだったり湿布のようなものを貼り付けているではないか。


「ジョウ君、これってもしかして……」


「うん……そうみたい……」


……これ全員、昨日俺がビンタ(軽め)してノシたヤツらだーっ!


「「「……」」」


無言の静寂と視線ばかりが俺に突き刺さった。


……おいおい、針のムシロか? お礼参りか? 理由があったとはいえ、色んなヤツの顔面を景気よくバチーンっといったからなぁ、恨まれても文句は言えないか。


なんて思っていたのだが、


「お、おい……見ろよ、あの人だ」


「ヤベェな、やっぱ雰囲気あるわ」


「なんでもプラチナランクを一撃、ってウワサだぜ」


ざわざわと。冒険者たちは遠巻きにして俺を見て、互いに耳打ちし合うだけ。特に絡まれたりすることはなかった。


「どうやら、ジョウ君を見にきただけみたいね。ジョウ君すごいから」


ミルファはそう言うと、ローブの内側から手を抜いた。絶対短剣の柄を掴んでいたに違いない。物騒な……そんなもの抜かなくても俺が守るのに。


「おやっ! これはこれは、ジョウ様ご一行ではありませんか!」


俺が冒険者組合の受付窓口と思しき場所に着くより先に、聞き覚えのある野太い声が響いた。


「いやはや、実は先ほど町長らといっしょに緑薫舎にうかがおうと思っていたのですが、あいにく先に片づけなければならない仕事があり申し訳ない」


2階から降りてきたのはこのアドニス冒険者組合の組合長であるエビバ。白髪頭ではあるが、その肉体の頑強さは町長らと比べ物にならず、着ている上品なシャツがパツンパツンになっている。


「いえ、お構いなく。充分に手厚くもてなしていただいてまして、これ以上お手数かけてしまうとかえってこちらが恐縮しちゃいます」


「うははは、そうでしたか。そんな失礼を働かずに済んでよかったと喜ぶべきでしょうか。ところで、もしかして私めに何かご用でいらっしゃいますかな?」


俺は特に隠すつもりもなかったので、素直に来訪の理由を明かした。冒険者について、そして女神洗礼と神器について知りたいと。


「……なるほど。昨日、ノトリトとの話を横から聞いていて気にはなってはいたのですが……ふむ、珍妙な」


「お忙しいと思うので、直接じゃなくてもいいので誰かにご説明いただければと」


「いえ。私が対応しますとも」


エビバはすぐに「3階でお話いたしましょう」と俺たちをエビバのものらしき執務室へと招きいれてくれた。


中は豪華というわけではないが、格調高い洗練された雰囲気のある部屋だった。いかにもデキる人が中で仕事をしていそうなそんな場所だ。ソファを勧められたので腰をかけさせてもらう。


「さて、どこから話しましょうか……」


執務室へとお茶が運ばれてきた後、エビバは切り出した。


「まず大前提の女神について、ですかな。女神様についてはどこまで?」


「すみませんが、ほとんど何も。女神様が神様であるということと、それと神器を呼び出すための儀式のようなもので必要であるということ……」


……そして、どうやら俺をこの世界へと転移させ、そしてミルファちゃんと巡り合わせた存在であるらしいということ。


それは何となくだが伏せておいた方がいい気がする。そう思って、俺は異世界転移のことは口にしなかった。


「……ふむ大陸は広いですからな。砂漠や大運河の向こう側に、信仰の異なる地域があったとしてもおかしくはないでしょう」


組合長は驚くような表情はしたものの、しかし詮索はしてこず、自分を納得するようにそう口にして言葉を続ける。


「この辺りの国の者たちは皆、女神様を信仰しております。この世は女神様の管理下にあり、女神様によって世界の調和が保たれていると考えているのです」


「じゃあ女神様があなたたちの唯一神なんですか?」


「厳密には違いますが……その通りです。女神様は唯一、我々に味方して邪悪なる【魔王の手先】たちと戦う術を与えてくれる存在なのですから」


その言葉に、ピクリと。隣に座るミルファが反応した気がする。チラリと横を見る。ミルファは何でもないと言う風に小さく首を横に振り、それからフードの前部分を引っ張った。


「女神様が与えてくれる戦う術についてですが……ジョウ様にはお見せした方が早いでしょうね」


エビバが右手を横に掲げるとそこが白く輝いた。かと思えば幅広の黒いノコギリ状の剣がその手には握られていた。


「そう、つまり【神器】です。女神様を信仰する私たちに女神様が授けてくれるのがこの神の武器なのです。実は私もかつてはゴールドランクの冒険者でしたのでね、こうして自らの神器を持っているわけです」


「……つまり、ゴールドランクの冒険者になれば神器が得られるようになるってことですか?」


「いいえ、違います。ゴールドランクになって得られるのは自らが神器を持つに相応しい存在かどうか、それを確かめる試練を受ける資格です。私たちはその試練を【女神洗礼】と呼んでいます」


「女神洗礼……それについてもお聞きしたいです。それはいったい何をする試練なんですか?」


「まずは【物】をお見せいたしましょう」


組合長がソファを立ち、そして自身のデスクの引き出しから何かを取り出し……そして、チャプン。それを俺の前に置いた。


飾りのない透明なビンに入った、その薄白く濁った液体を。


「女神洗礼においてはコレを飲むのです。我々はこの液体のことを【神水しんすい】と呼んでおります」


俺にはそれが、まるで【酒】にしか見えなかった。

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