第19話 アッチッチな夜

ミルファが風呂から上がり、俺もお湯をいただくことになった。


……しかし本当に広い風呂だな。いっしょに4、5人くらいなら入れそうな大きさはある。


源泉の色なのか、琥珀色のお湯は少しトロみがあるようで柔らかに俺の体を包み込むようだった……ああ、お風呂文化、最高……。


風呂から上がった後はもう何をすることもない、電気も無い中で夜更かしする意味も無く、俺たちは誰からともなく寝室へと向かった。そこにあったのはキングサイズのベッドが2つ。


「じゃ、おやすみ」


「うん、おやすみ」


俺はミルファが上がったベッドとは別の方へと上がる。ここは当然、俺とミルファ&ニーナでベッドを分けて寝るべきだろう。


が、


「すとぉーーーっぷっス!!!」


ニーナは何を思ったか、ピョンと跳んだかと思えば俺のベッドへと着地した。


「なぁーにをやってるっスか、ここはジョウさんの寝場所じゃないっスよ!」


「はぁ?」


「押し出し! 押し出し!」


「ちょっ……痛い痛い!」


ニーナがツッパリで俺を土俵際(ベッドの端)まで追い詰めて落としてくる。


「ホントに何なんだ?」


「いや、何なんだはこっちのセリフっスよ」


ニーナは両手で俺とミルファを指さした。


「ジョウさんとミーさんは未来のご夫婦なんだから……いっしょに寝るべきっス!」


「「えぇっ!?」」


俺とミルファの声が重なった。


「いや、いやいやいや……そりゃ婚約関係ではあるけどさ、さすがに他の人が居るところでっていうのは照れるし……ねえ?」


「そ、そうよ! だいいちそういうことは人目のあるところでするものでは……た、たとえ! ただいっしょに寝るだけであってもって話ねっ? 『そういうこと』っていうのにそれ以上の他意は無いからねっ!?」


俺とミルファの反論に、ニーナは深くため息を吐く。


「まったくもってじれったいっスね。いいからサクッとヤっちゃえばいいんスよ」


「「何をっ!?」」


どストレートな発言に思わず叫ぶと、これまたミルファと声が重なる。当然だ。他人に見られて落ち着いてできるハズもなし。ヤるにしろ何にしろ、イチャイチャなことなら2人きりでしたいだろ!


ミルファちゃんだってきっとそう思ってる……。


ぱちり。ミルファの方をうかがっていると、その目と俺の目があった。


「あ……ぅ」


途端にミルファの顔が真っ赤っかに。


「あ、あのね、ジョウ君。勘違いしないでほしいんだけど……」


「お、うん……」


「私はもちろん、ジョウ君といっしょに寝るのが嫌なわけじゃないの。むしろ寝たいというか──あっこの場合の寝たいはアレね官能的なそういう意味合いの寝たいではなくて本当にただの睡眠、そう睡眠的な意味での眠りにつきたいの寝たいであってそれ以上の他意は──」


「お、落ち着いて。分かる分かる、大丈夫!」


「そ、そう……? それならよかった……」


ミルファはホッとしたように息を吐く。誤魔化し方も非常に魅力的なフィアンセである。


「そうよね、やっぱりそういうのは2人きりの時でないと……恥ずかしいし……」


ん? 2人きりの時でないと? 2人きりの時ならいいの?


「それに、そんな姿……ジョウ君以外に見せられないし……」


え、いいの? 問題なし? 俺になら見せられちゃうのっ?


「……ね?」


その細い小首を俺に向けて傾げるミルファ。


ズッキュゥゥゥンッ、とキた。俺の胸に。何かが。


……オイオイオイ、やっばいですね、やっばいですよ、これは。極大のカワイイがここにはあるぞ?


もちろん、もちろんね? 俺はこの空が青く山が高いがごとく当然のようにミルファちゃんがカワイイことを知ってはいたし、出会ってからの2日間でどれだけの回数思ったか分からないほどだけど? 


……ミルファちゃん、めっっっちゃ可愛い。略してめっカワ。


抱きしめたい。今すぐこのカワイイ生物をギューッとしてやりたい。だけど、きっとこの状況じゃミルファは嫌がるだろう。実際のこれまでの反応を見る限り恥ずかしがり屋だろうし、こんなニーナに悟られるような状況でイチャイチャするのは……。


チラっと。ニーナの方を振り返る。そしてこの時、俺はたぶん以心伝心というやつを経験した。


「……ぐ、ぐー、ぐー」


ニーナがわざとらしいイビキを上げ始めた。しかし、すでに布団を頭から被っており、側から見たらタヌキ寝入りかどうかは分からない。


「……い、いやー、なんかニーナさん、寝ちゃったみたいだなー」


「え、うそ?」


「こまったなー、これは。ニーナさんが先に、このベッドで寝てしまっているのであれば、俺はもう、このベッドを使うことができないなー」


「……ジョウ君? 言葉遣いが何かおかしいわよ?」


我ながら棒読みになっていることは分かっている。しかし、ニーナの演技を不意にするわけにはいかない。ニーナは俺のためにあんなクサい寝たふりをしてくれてるんだから。


「まあ別にニーナが寝てしまったなら、私がそっちに行けばいいだけで──」


「おっとっとちょっと待ったそれはあまりに得策とは言えないなだってニーナさんが起きちゃうかもしれないし」


言葉の区切り無しに俺はミルファを止める。


「……イビキもかいてるのに、そんなに浅い眠りかしら」


「ぐーぐー、うーん、騒がしいっス、起きちゃうかもしれないっスぅ、ぐーぐー」


「……」


ミルファは寝言(絶対寝てない)で返事を返したニーナをマジマジと見て、それから俺を見る。ジーっと。


……これ絶対に疑ってるって。ていうか確実にバレてる、狸寝入り。さすがにあからさま過ぎたよ、ニーナ!


俺がなんて言い訳しようかと考えていると、


「すごいわね……寝言で返事したわよ、ニーナ」


感心したようにミルファが言う。


……え? バレないの? マジで?


「起きちゃいそうなら、じゃあ、どうしようかしら……」


ミルファが困ったように……しかし、少し照れたようにして俺の方をうかがってくる。チラチラと。


……これって、もしかして。


「じゃあ、俺とミルファちゃんでいっしょに寝るしかない、よな?」


俺がそう言うと、ミルファは耳を真っ赤にして、しかしコクンと1つ頷いた。


「そ、そうねっ。しょうがないな、ニーナったら」


「そ、そうだなぁ。でもまあ、仕方ないし!」


俺たちはそう言って、いそいそと同じベッドにへと入る。誰も入っていなかったベッドのシーツは冷たい。しかし、


「布団、かけるね」


2人で同じ掛け布団を被る。2人分の体温がすぐにベッドの上を温もりで満たした。とても暖かい。


「なんだか、不思議な気分」


ミルファは言った。


「昨日までは2人で野営をしていたのに」


「そうだな。ゆっくり休める場所を見つけられてよかった」


「うん。ぜんぶ、ジョウ君のおかげ。本当にありがとう」


よくお礼を言われる日だな、と思った。俺は別に大したことはして……いるのだろうけれど、その動機は非常にチープで、俺自身は俺の気が向くまま自分勝手に動いてしまっただけだというのに。


「そんなことないと思ってる? 思ってるでしょ? でもね、ジョウ君のおかげで確かに救われた人がいっぱいいるよ」


「そうかな」


「うん。私もずっとそう」


ミルファはそう言って、布団の中の俺の手を探り当てた。キュッと握る。


「泊る宿が見つかったことじゃないのよ。あのね、今日もね、ジョウ君のおかげで少し救われた……変われた気がするの、私。ちょっとかもしれないけど、人に優しくすることができた気がする」


「ミルファちゃんはいつだって優しいよ」


「そんなことないの。私は、ジョウ君ならきっとそうするって思ったことをしてるだけ。でもそうしたいって思う自分を通じてね、きっとそうするだろうジョウ君のことを考えると……やっぱり好きだなぁって思うの。それでね、」


ミルファは照れて上目がちになりながらも、俺のことを見つめ続ける。


「本当に、ジョウ君といっしょに居られて嬉しいなって。心の底から思うんだ」


「……ミルファちゃん!」


ガバッ、と。俺はミルファに覆いかぶさった。


「ひゃ──っ!?」


ミルファのか細い声が小さく部屋に響く。


俺はその体をぎゅっと抱きしめていた。とても細く、信じられないくらい柔らかく、そしてびっくりするほど熱い。


「ジョっ、ジョウ君……!?」


「ごめん、でも可愛すぎて……!」


抱きしめたまま、俺はその白い首筋に顔を埋めた。


「あっ、そんな急に、突然……! あ、声、出ちゃうからぁ……!」


深呼吸をする。信じられないくらい甘い匂いが鼻孔をくすぐった。


「すっ、吸わないで……あっ、ダメっ……ニーナ、起きちゃう……っ!」


「ぐーぐー。体も脳も疲れ切って深い眠りの底からとうてい這い上がれそうにないっスなぁ。これなら隣からたとえどんなにすごいお楽しみの声が聞こえてこようとも! 絶対に起きることはないっスねぇ! ムニャムニャ……」


「あれゼッタイ起きてるからぁっ! あんっ」


そうして熱い夜がやってくる。




──もちろん、最後まで致しはしない。だってニーナの真横だもの。




それでも俺たちは首筋や手の甲に口づけし合ったり、互いに抱きしめ合ったりしてその夜を過ごした。それだけですごく幸せだった。


ただしもちろん、欲求不満が無いかといえばウソになる。でもフィアンセとの初めての夜はやっぱり2人だけの思い出にしたいからな。


……だからこそ明日は絶対に自分で宿を取ろう。ミルファと2人だけで愛し合える宿を。そのためにはしっかり働いて稼がなくては。


俺に正義感以外の、それも下心にまみれた仕事欲が出たのはこれが初めてかもしれなかった。

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