第8話 過去①

ウチの風呂は全国の温泉巡り、サウナを趣味とする親父のこだわりでかなり広く、浴槽が二つもある。

うち一つは檜風呂だ。

ちなみにサウナは一階の別の部屋にある。

だから、友達を泊めると高確率で通っていい?と言われる。


「気持ちぃーね、しょーくん」

「あや姉、明日は俺がそっちな」

「オッケー」


口まで浸かり、目を瞑るあや姉が入っているのが檜風呂。

俺が入っているのはホテルでよく見るジャグジー付きの浴槽だ。

俺と夏葉は檜風呂よりこっち派だったりする。

柚葉はどっちに入ったんだろうか。


「こうやって一緒に入ってるとさ、昔思い出すよね」

「あの頃は七瀬があや姉、夏葉が俺だったな」


夏葉はいまでこそ、クソ生意気だが昔は俺のことをにぃにと言って慕ってくれていた。

まぁ、今は反抗期なんだろう。


「そうそう、浴槽二つあって、あんまり見られないから恥ずかしくなかったってさ、ななちゃん」

「そういや、七瀬絶対俺と入らなかったな、小3くらいから」

「同い年だからねー」


別に何かあったわけじゃないし、今でも仲が悪いわけじゃないんだが同じベッドで寝るのすら嫌がるんだよな七瀬は。


「あや姉、左足もう大丈夫?」

「冬のリハビリでかなり良くなったよ。

でも、まだ全然戻らないね

着地がいまでも怖い。

もっかいやったらもう終わりだから」


あや姉は去年の夏、スパイクを決め、着地しようとした瞬間、バランスを崩し元々古傷があった左足を故障し、手術までしている。

手術前はU18のオポジットを1年生から担っていただけにチームにとっても、日本代表にとっても痛すぎるアクシデントだった。


「この一年を休養って選択肢はある?」

「代表の監督みたいなこと言うね。

ないよ、全然」


分かっていたけど、聞いてしまう。

俺はあや姉のバレーが大好きだし、古傷は俺のせいだから。


「そっか」

「しょーくん、まだ気にしてるの?」

「まぁね」


あの時、ふざけて、勢いよく漕いだブランコから飛ばなければ、あや姉にぶつかって、怪我させることもなかったんだ。


「私はしょーくんが怪我しなくてよかったと思ってるけどね。

だって、5ヶ月で治ったし、毎日心配してくれたし」

「いつもそういうね」


俺は見えないように下を向き、拳に力を入れ、顔を歪ませる。

あや姉、もうやめてくれよ。

手術しなかったら歩けなくなるって言われたから手術したんだろ。

手術したから5ヶ月のリハビリで済んだんだろ。

俺はもう何も知らない子供じゃないんだよ。


「土曜日って暇?」

「練習。

だけど、日曜先発だから午前だけ」

「そっか、ならさ、見に来てよ、土曜日実戦復帰するから」


俺はバレーの試合を見るだけであの場面がフラッシュバックして、目を逸らしたくなるのにあや姉は大丈夫だろうか。

もし、少しでもダメだと思うなら先延ばしにして、欲しい。

まだ先は長いんだから。


「大丈夫なの?」

「しょーくんが見ててくれれば大丈夫。

だから、お願い。

お姉ちゃんに力を頂戴」


あや姉の目は鋭くも優しかった。

こういう時、どういえば正解なんだろう。


「あや姉」

「うん?」


頭をフル回転させても言葉が出てこない。


「土曜日はあや姉、日曜は俺がヒーローになる。

だから、あや姉も日曜日、応援してください」

「はい、任されました」


これは正解だろうか。

不正解だったらどうしよう。

不安に駆られる俺にあや姉は満面の笑みを向けてくれた。

なんであや姉はこんなにも強いんだろう、昔から。


「もちっと入ってる」

「わかった」


あや姉は立ち上がり、脱衣所へ。


「しょーくん。

互いに欠けた穴を埋められるような、兄弟でいようね、ずっと」

「う...ん」


脱衣所の扉越しに呟かれた言葉が涙腺を刺激した瞬間、俺は堪えられなかった。

ーー俺のせいで、ごめん、ホントにごめん、あや姉


────────────────────


「ホントは怖い、怖いよ...

誰か変わってよ...」


しょーくんにはあぁ言ったけど左足は全然元通りじゃない。

医者に何度見せても問題ないのになんでだろう。

私は左足に手を当てながら止まらない涙を右手で拭う。


「あや姉、翔といまでも入ってる理由。

知ってるよ、不安なんでしょ?

あや姉がホントにバレーを出来なくなった時、翔が責任感じちゃうんじゃないかって」


そう、これが本当の理由。

私は2人きりの場所でずっと言ってあげたい。

私の怪我はしょーくんのせいじゃないって。

私が助けに行ったせいだよって。


「そうだよ、ホント賢いね。

ななちゃんは。

でも、それは私から言うまで、絶対内緒にしてね」

「言えないよ、翔は優しいから。

だから、あや姉、無事に帰ってきて

絶対無理はしないこと」

「うん」


ななちゃんの目は少し潤んでいた。

ななちゃんもとっても優しい子だ。

私には勿体ないくらい。


「バレてるか」


階段を上がり、自室を目指す道中で私は呟く。

こんなに試合が来て欲しくないのは初めてだ。

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