三章 きめろ!ミケくん!

三章 きめろ!ミケくん!


1


 ミケはふわぁと小さなあくびをしながら、身支度をする。どれだけ眠くても今日は署の方に行かなければならない。これはある種の使命であると自分に言い聞かせる。そして、この事件を解決するための義務なのだと。

 朝ご飯は、景気付けに高価なキャットフードにして、腹を満たした。腹が減っては戦はできぬというやつだ。一方で、美味しい物を食べて気を紛らわせたくなるほど、緊張していた。

 ここまで緊張して署に行く理由は他でもない、ニャンだ。

 だが、ニャンと腹を割って話しても何か進展があるとは限らない。だがやるしか無い。この思いがミケに早起きをさせた。

 歯を磨きながらテレビを付けると、相変わらず猿内アナ死去の報道が流れている。

「葛井さん、猿内さんの性格についてお話ししてもらいたいんですが」

 司会が、売れっ子の若手漫才師に尋ねる。漫才師は俺っすか、と戯けた後に真剣な様子で喋る。

「二、三回テレビの方でご一緒させてもらったことがあるんですけど。とてもいい方でした。親切で、優しいですけど、ちゃんとハキハキしていて。頼りになる先輩みたいな目で見てました。向上心もあって、好奇心も旺盛な方に見えましたね。一緒に飲む約束もしてたんですが...。正直、警察には早く捕まえて欲しいですね。猿内さんを殺した憎ったらしい者が悠々と生存しているのが許せないですし、不安です」

 心は篭った口調だったが、どこか淡々としている。芝居がかったように見えてしまう。

「お世話になった猿内さんへの感謝そして慰霊の意を込めて、今回我々QTVは、この事件の調査を独自に行うことにしました」

 司会の男性が言い、スタジオのゲストが拍手する。それと同時に、画面に「猿内アナに捧ぐ! QTV独自事件調査!!!」というテロップが躍り出てくる。

「警察の捜査をお手伝いするという目的も込めて、今回は独自に調査を行います。ではまず、こちらをご覧ください。現在わかっている情報をまとめました」

 司会の合図で、ホワイトボードが、黒づくめのスタッフに押されてスタジオに現れる。そのホワイトボードには、警察の会議室のホワイトボードを模したように色々と書き込まれ、写真が何枚か貼られている。

 ただ、そのホワイトボードに書かれている内容は当然、警察の捜査で既に明らかになっているものばかりだ。しかし、ゲストたちは、おおっと声を上げ、よく調べましたねぇなどと威勢よく言う。ミケは見ていられなくなりテレビを消した。

 猿内アナ殺害の真相を突き止められないでいる警察に憤るゲストや、勝手に真相究明に努めようとするテレビ局の様子は、ミケにとって腹立たしくて仕方がなかった。一方で、自分たちがもたもたしている間に、テレビ局の方が真実を突き止めるのではないかと焦りもあった。そんなことありえないと思いつつも、否定はできない自分がいる。テレビ局に先に事件を解決されては、世間にも面目が立たない。ただ、何も動かなければ、何も変わらない。果報は寝て待て、などと甘えたことを言っているわけにもいかない。

 ミケは身支度を終え、家を出た。


 電車の中でブチに出会った。ブチはパリッとしたスーツに身を包んでいるが、全く似合わず、どこか滑稽でよく目立つ。髪はボサボサで、今朝彼が剃ったのであろう髭も剃り方が乱雑すぎるが故に、だらしなさを引き立たせている。

「おはようございます、ミケさん」

「ああ、おはよう」

 ミケは欠伸を噛み殺しながら挨拶を返す。

「眠そうですね」

「眠いとも」

 ミケは溜息をつく。

「どうせ昨日も電話終わった後、すぐ寝たんじゃないですか」

「そんな訳ないじゃないか。徹夜で事件のことを考えていたよ」

 ミケはふわふわとした嘘を吐く。

「えじゃあ何かわかったんですか」

「何も。テレビでは猿内キャスターの死が、まだ報じられてるね」

「そりゃあ、アナウンサーの殺害ですよ、しかも無惨に。メディアが飛びつくのも当然です」

 ブチが普通の声量でそんなことを言うので、ミケは静かにするよう注意した。電車内でこんな会話をすれば周囲から変な目で見られる。

「メディアより先にどうにかしなければならない」

「どうにかすると言っても、何の証拠もないでしょう。そもそも、テレビ局をあえて利用するというのもこうなってくると手段の一つになってくるかもしれません。テレビ局の拡散力影響力は大きいので。例えば、QTVやらに...」

「そこなんだが。なあ、ブチ」

 ミケはブチの言葉を遮って言った。

「どうしました?」

「僕がもし、内緒にしたい秘密をお前だけに語るとしたら、絶対に内緒にできるか」

 唐突に意味不明なことを聞かれてブチは当然困惑している。ミケはそれでも彼に答えを急がせた。

「内緒にしてくれるか」

 少し声が大きくなり、周囲が怪訝な目でミケとブチの方を見てくる。

「内緒にしますよ、当然」

 ブチは笑ってそう言った。ミケは飄々とした様子が不安になり、更に念を押す。

「本当に?」

「本当に」

「なら後で、署で大事なことを話すから、頼む。僕を手伝ってくれ」

「いいですよ」

 ブチは頷いた。ただ彼の頷きはとても適当な物で、ミケには不安で仕方がなかった。


 ミケは警察署に着くと、警察署の空いている取り調べ室にブチと共に入った。

「で、何です?」

「端的に言えば、浦田さんのことだ。ここ最近の浦田さんに、お前も幾らか違和感があるだろ?」

 ミケは、浦田ニャンのことを覚悟を決めて切り出した。

「浦田さんがどうしたんですか」

 彼はあまりピンときていないようだ。

「実はここ数日、浦田さんの様子がおかしい」

「うーん。言われてみれば、確かにそうですね」

 ブチはペンをカチカチいじりながら頷く。

 ミケは、まず、この事件に関して、ニャンの行動を把握している限りで教えた。それは、ブチにも知恵を借りたかったからに他ならない。

 ブチは、ヒントが天井に写っているかのように、目線は常に天井の一点を見つめながら、時折頷きながらミケの話を聞いた。ミケはニャンの行動をあらまし話し終えると、ニャンへの怪しさの核心部分をブチへと伝える。

「そして、事件に関わりのありそうな毛玉も、科捜研に回すと言っておきながら、回さずに処分していた」

「確かに、それは気になりますね。処分したとなると、確実に何かやましいところがあるということでしょう」

「そして、そのことを追求するため、昨日、浦田さんの家に行ったんだ。ところが追求したら彼は怒り狂って、僕の首を絞めて来た」

 ブチは多少なりとも狼狽えは見せたが、しかし、彼の動揺はミケの予想していたほどではなかったので

「あんまり驚かないな」

 と言うと、ブチは平然と

「事件の証拠品を処理した時点で、もうクロ寄りですよ」

 と答える。その様子を見て、ミケは頷いた。

「浦田さんが来ているなら問い詰めるつもりだ。だけど、来ていなかった場合どうしようかという話なんだが」

 続きを教える。

「幾つかパターンを考えているから、どれがベストか教えて欲しい、ということですね」

「当然そういうこと...だが。まず、一つ考えているのは、浦田さんの家にもう一度行くということ。ここにいないなら、次にいる可能性が高いのは家」

「家以外は考えられないですか」

「あり得るけれども。推測しようがないし...。お前はどう思う?」

 ミケは返答に困り、ブチに質問をそっくりそのまま返す。

「どうって言われても」

「もし、浦田さんが自宅でも、警察署でもない場所にいるとすれば。それはどこにいる?」

 ミケには、この質問が自問自答でもあった。ミケは足を組み、顎に手を当てる。 しかし、すぐにブチが答えを出した。

「三匹を殺した覆面の殺し屋Xの家、とか」

 ブチは気取った言い方をした。ミケは何かが上手く解釈できたような気がしたが、その解釈できた理由が分からず、同じ姿勢のまま悩む。

「浦田さんは事件に関与している。しかし、意図的に、ではなく過失的に関与しているのではないでしょうか」

「過失?」

 ミケは首を傾げつつも、ブチの方を見つめる。ブチの目は見たことないレベルにきらきらと光っている。

「つまり、浦田さんは何かの誤りで事件が起こるきっかけを作ってしまった。しかし、そのおかげで逆に浦田さんは殺し屋の正体を知った。だから、浦田さんは今、殺し屋を自分の手で殺すために、その家に行っているのではないですか。彼の正義感を考えるとこの可能性が結構腑に落ちるんです」

「でも、なぜ、浦田さんは僕らにそのことを教えてくれない?」

「プライドと家族のためでしょう。二つの命を死なせることに絡んでしまった、この事実を浦田さんのプライドが許すはずがないです。隠蔽しようとするでしょう。更に、その事実が発覚すれば、浦田さんはクビにされるかもしれない。しかし、猫は警察をする、このルールのせいで浦田さんは再就職に苦労するはずです。しかし、浦田さんには養うべき家族がいる。職を失うわけにはいかない。その思いが故です」

「ああ」

 ブチが自分から推理を組み立てるのを初めて見た感動より、ミケには、尊敬する浦田ニャンという一匹の刑事が故意に事件に関与していたのではないという可能性が一気に現実的になったことへの喜びと、ニャンという男の生き方への敬意の方が体に染み入った。家族思いの良き刑事であってくれて、ミケは純粋に嬉しかった。

「で、結局、今浦田さんがいるのは誰の家だ?」

「それは...」

「一件目の事件の容疑者から推理していく、ということか」

「いや、そういうわけでは。一件目の事件は起こるべくして起こった事件。浦田さんが過失的に関与した可能性は低いです」

 ブチの覚醒モードは終わってしまったようで、いつも通りの誤った選択肢を削っていくブチに戻ってしまった。いや、それでも、ミケにとってはとてもありがたいことなのだが。

 やはり、ミケ同様ブチは猫だ。猫とは気分屋な生き物なのだ。


2


「一件目でないなら、浦田さんが関与しているのは二件目か」

 ミケは勢いよく立ち上がる。

「だと思います」

「二件目は情報提供者二名が殺害された事件かぁ」

 勢いよく立ち上がったが、結局そこから先は分からずミケは頭を抱える。

「そうなんですよねぇ。二件目って言ったって二件目も色々ありましたからね。いや、むしろ二件目の方が印象的な事件だった」

 ブチはぶつぶつ言いながら悩んでいる。悩んではいる様子だが、実際のところは頭の半分ぐらいは別のことを考えているのだろう。その様子を見ても、やはり気分屋な猫に警察は務まらないと改めてミケは思う。

「浦田さんとの関連...浦田さんの行動...警察の行動...あ、ああああああ、あ!」

 突如、ミケは歓声を上げ、会議室の中でぴょんぴょんと飛び回る。

「わかったんですか!」

「情報提供者が来るという話は警察関係者しか知らないはずだ。だが、容疑者に警察関係者はいない! つまり、その点で浦田さんは絡んでいるんだ」

「ということは...?」

「浦田さんが単独で事情聴取に行った際に、その情報を漏らしてしまったとしか考えられない。浦田さんが誰かに単独で事情聴取を行った時がもしあれば。すぐに確認してくれ」

「ちょっと調べてみますね」

 ミケはぼんやり誰なのか推測はできていた。

 ブチは、事情聴取に関することは、事情聴取の内容も日時も細かく明確に、資料としてまとめている。全ては彼が暇であるせいなのだが。

 ブチは紙束をペラペラめくり、そして、ある一枚で指の動きを止めた。

「これだ」

 ミケは覗き込む。

「ああ、やっぱり」

 そこの資料に記されていた名前。ミケも一度会った男だ。そして、彼の家には二度行っている。一度は事情聴取、二度目はニャンの追跡で。

「瓜内トンの家に急ぐぞ」

 ミケは叫んだ。

 あの、小太りの、普通の見た目の彼が。気さくに話しかけてきた彼が。この残虐な事件の。


3


「あの」

 ブチは時速百六十キロ近いスピードでパトカーを爆走させながら、助手席のミケに尋ねる。今にも車から振り落とされてしまいそうなスピードだ。風を切る音が大きすぎて、サイレンがうまく聞こえない。

「とりあえず運転に集中を...」

 ミケは震えながらそう言ったが、ブチは平然と話しかけてくる。

「もし、瓜内トンを捕まえたとして。彼が殺したという証拠も見つかったとして。殺害方法はわかっていませんよね」

「殺害方法? 蛙池ヒキさんは、気絶させて首を切断された。志々田さんと猿内さんは、首をナイフで刺され...」

「そっちじゃなくて。密室の謎と、同時殺害の謎ですよ。いや、まあ正確には密室の謎というより、高所からの無傷脱出の謎、ですけど」

 速度を表示するメーターを確認してミケはゾッとした。ついにスピードが百七十キロに乗ろうとしている。怯えながらミケは、確かに、と小さく返す。

『五十メートル先、右折です』

 ナビの音声が聞こえるが、正直、早すぎてナビはあてにならない。

「うぎゃ」

 右折する際に、勢いよく頭を打ち、ミケは悲鳴を上げる。

「もう少しスピード上げましょうかね」

「絶対事故るし...普通に体がもたないから...」

「あっそう」

 ブチはなぜか残念そうにする。車のモニターには、到着まであと十五分と記載されている。あんな遠くまで高速道路使わずに数十分で到着とは...。

「で、さっきの質問、どう思います?」

 ミケにはもうブチという猫がどういう猫なのかわからなくなってきた。

「さっきの質問って?」

「殺害方法はわかっているんですか」

「いや...確かに、瓜内はそのことを主張するかもな」

「殺害方法がわからなかったら彼は釈放ですか」

「なる可能性も十分にある。アリバイは...」

「浦田さんが伝えた偽のアリバイならありますね」

 そう、ニャンは瓜内を庇うために、瓜内にアリバイがあると嘘のことをミケに伝えた。

 ミケは不意にある可能性に思い至り唾を飲んだ。

「しかし、こんなに殺害方法のわからない事件を引き起こした男を釈放すれば、また事件を起こされかねない。逃すわけにはいかない。もしかして、浦田さんが僕らに黙って、瓜内を殺しに行ったのはそのため...」

「かもしれないですね。僕たちは、もし、浦田さんを止めることができたとしても、止めるべきなんでしょうか」

「お前はどちらがいいと思う? 良くない選択肢を見つけるのがお前の得意分野だろ?」

「僕はどっちも良くない選択肢だと思います。だから、ミケさんが決めてください」

「ぼ、僕には決められないよ」

 ミケは弱音をこぼす。しかし、それは許されない、とでも言うようにブチは黙ってしまう。車のスピードが車のスピードなので、黙ってもらった方が安全ではあるのだが、黙られると自分の選択がより重くなってしまうような気がして嫌だったので

「決めるけれど。良い選択肢を探す方法はないのかな」

 と尋ねた。彼は片手でハンドルを握り、もう片手で自分の顎をつついている。

「すべて見なかったことにするという手はあります」

 ブチはニヤッと笑った。

「すべて見なかったことにするとは?」

 ミケはそのまま聞き返す。

「つまり、ミケさんが、このマイナスな選択しかない状況でどちらかを選択するのが嫌ならば、もう全て知らなかったことにすればいい。つまり、浦田さんに委ねればいい。知ってしまったから選ばないといけないのであって、知らないでいれば選ばないで済んだんですから」

「それは」

 できない、それはできない、知ってしまった以上、知らないふりはできない。知らないふりをしようとしても心がもたない。

「できないのならば、選ぶしかないですね」  

 ブチはそう笑いながらハンドルを右に切る。気が付けば、周囲の景色は一気に田舎に変わっている。もうすぐだ。

「ここの田んぼを越えたら、すぐ見えてくるんですよね」

「多分」

 選択の時が迫っている。

「あと、もし、既に浦田さんが瓜内を殺していたら、どうしますか」

 彼は更にミケの頭の中を掻き乱してくる。

 ミケは何もかも考えるのをやめたくなり、車窓から見える景色を眺めた。雲一つない空。そして、聞こえてくる蝉の声と立ち並ぶ太い木々。ミケの視界の隅の方に雲が見えた。あれは結構大きな雲だ。積乱雲、入道雲、と言うのだったか。動物の心と同じく空も雲ひとつないことなどない、ということが分かったミケは、何だか気持ちが晴れたような気がして、今後に向き合う決心をした。まだまだ入道雲は大きくなっているのは無視して。


4


「あの家ですね」

 見覚えある車庫、一軒家、あれは瓜内の家で間違いない。

「適当な場所に止めて、早く中に入るぞ」

「あれ、浦田さんの車ですよね」

 本当だ、浦田さんの車がある。つまり、ここまでのミケとブチの推理は正しかったのだ。ミケは粘り気のある唾液を飲み込む。

 ミケは念のためオーバーコートを羽織った。隠れるべき展開が来るかもしれないからだ。隠れる際、オーバーコートは地味で目立ちにくく、全身を覆いやすいので便利だ。

 ブチはニャンの車の横に乱雑に車を止めた。ききぃと嫌な音が鳴る。車が止まるとすぐ、二匹は拳銃を身構えて、家の中に入った。

 家の扉は開いていた。玄関には、確かにニャンのボロボロの革靴があった。ボロボロの革靴は彼のここまでの刑事としての長い時間の軌跡のように見えた。

「これは浦田さんの」

「そうだ」

 ミケは頷いた。

「浦田さん。瓜内さん。いますか!」

 ミケは大声で呼びかける。

「もし浦田さんが瓜内さんを殺していたとしたら。その時は、どこで殺されていると思いますか」

「多分リビングだ」

 一度来たことがあるおかげで、リビングまでの道はミケはわかっていた。拳銃を構えることを忘れず、二匹はリビングへと向かう。

 ミケはまだ決心ができていない、だが、急がなければ選択すらできないかもしれない。

「ここを開けたらリビングですね」

 ブチがひそひそ話しかけてくるが、ミケの耳には入ってこない。

 リビングに通じる木製のドアはぼかしの入ったガラス枠がついていた。ぼかしが入っているので中の様子ははっきり見えなかったが、誰かが動いているのは見えた。耳の形や、輪郭から、それはニャンだと判断できた。

「開けよう」

 ミケはドアノブに手を伸ばす。そして、素早く捻り、ドアを開けた。勢いよくドアが壁に当たり、ドンという大きな音がする。

「浦田さん...」

 ミケは眼下に広がった光景に深くため息を吐いた。遅かった。手遅れだった。リビングルームで、目を見開いて驚くニャンの足元に瓜内トンは倒れていた。


5


「動くな、警察だ」

 ブチは元気にそう言って乗り出して行く。普段は書類整理などばかりで、なかなか危険な現場に行くことのできない彼は興奮しているようだ。その様子を見たミケは自分は落ち着かなければと言い聞かせる。

「お前ら」

 ニャンは低い声で呟いた。その声には、自分の敗北を悟ったかのような虚しさが含まれていた。

「浦田さん、あなたは悪くないです。失敗しただけで、失敗は誰にでもあります」

 ミケはそう言ったが、ニャンは突然激昂した。

「失敗しただけ? 二つも命を落としたのに? 二つの命を失わせたのだ。俺の罪は十分に重たい! いや、半分はこの男のせいだ。この得体の知れない、凶悪な物を胸に秘めたこの男のせいだ。だが、もう半分は俺だ。俺はこの男の胸に秘めた物に気が付かず、この男を次なる犯行へと動かしてしまった。志々田と猿内、両被害者とも殺したのは俺のような物だ。軽々しく、彼らが情報提供者だと口にしてしまった俺は愚かだった。俺はボケていたのだろうか。あの時は完全に何も考えられていなかった。だから、ここで責任を取るんだ。止めるな」

「止めるなったって瓜内さんはもう死んでいる」

「こいつは失神しているだけだ。今から俺が、自殺に見せかけてこいつを殺す。それで全て終わる。全て解決するんだ」

「でも、そうすれば浦田さんが自分の手を汚すことになる」

「だから? どちらにせよ、この男は処刑される。処刑されれば、誰かがこいつに手を下す。そうなると、誰かが手を汚すんだ。なら、既に汚れている俺がやった方がいいだろう」

 ミケはすぐに言い返そうとしたが、口篭ってしまった。ニャンの言うことがもっともに思えてきたからだ。結局、処刑される男なら、殺してやればいい。結局、絞首刑なのだから、今殺してやればいい。ニャンを止めることは本当に正しいのか、車の中でもブチと話した、このことが結局ミケには正解の出せない問いなのだ。

「ですが、自殺に見せかけて殺しても、警察が自殺ではなく他殺だと気付く可能性もあります」

 ミケが何も言えないのを見て、ブチが口を開く。

「警察が自殺事件を捜査する際に注目するような箇所は全て自殺に見えるようにするつもりだ」

「しかし、失神させた際の殴打した痕から自殺でないと気付くかもしれない」

「そうだなぁ、元々は睡眠薬でやるつもりが殴打という形になってしまったのは痛手だった。だが、例えば、直近に誰かと言い争っていたという嘘の情報を紛れ込ませればどうなる? そいつに叩かれたのでは、と警察は考える。そうなれば、警察はそいつを必死で追うはず。だが、追っても追ってもそいつは見つからない、何故なら実在しないのだから。そうなると、警察は諦めて、自殺だと処理する」

「そう都合よく行くとは思えないです。嘘の情報を信じてくれるとも限らないでしょう」

「いや、信じさせればいい話だろう」

 あぁ、と二匹は同時に声を漏らした。

「俺がこの事件の捜査指揮を取っている、警視だ。俺が捜査方針を自分の都合良いようにすればいい話だろう」

「ですが、もし僕たちが今あなたが話したことを全て他の刑事に打ち明けたら?」

「避けられがちの両刑事の言うことと、ベテラン警視の言うこと。どちらを聞くだろうか」

 ブチも黙ってしまった。ニャンの計画は完璧なのだ。更に、瓜内を殺すことはむしろ正義なのだ。瓜内の行ったこの犯行の手法がわからないから、瓜内を捕まえたとしても、証拠不十分で釈放になる可能性が高い以上、この極悪犯罪者を誰かが殺すしかないのだ。

「分かったなら帰ってくれ、二匹とも。俺は別に頭がおかしくなって、瓜内を殺そうとしているのではないんだ。殺さないといけないんだ、殺さなければこいつは一生生き延びてしまうかもしれない。そして、こいつを殺す義務があるのは俺だ。だから」

 ニャンは感情に訴えるように言った。ミケにはもうニャンを止める気はなかった。爆速で走って来ただけ無駄にはなったが、それでも、ここでニャンを殺すのは違う。

「わかりました」

 ミケはそう言い、後ろを向いた。

「でも」

 ブチはまだ残りたい様子だった。まだ、何か良い方法があると信じているようだったが、しかしそんなものはない。ここで去って、殺されるべき者が自殺に見せかけて殺されるのが最善策なのだ。ニャンなら殺しを行ってもそこまで気に病むことはないだろう。 

「では」

 ミケは丁寧に礼をして、この処刑場を後にしようとした。ブチもそれに続き、ニャンはミケたちの判断に感謝を述べるように頭を下げて、瓜内の方へ向き直った。その時、突然、瓜内が起き上がった。

「うわあ」

 ブチは驚いて尻餅をつく。

 ニャンは取り押さえようと、トンに飛びかかったが、トンはそれを払い除けた。ニャンは払い除けられた勢いのまま、家具に頭をぶつけて、痛みのあまり声を上げる。

「お前ら警察は本当に頭が悪いなぁ。情報を漏らしてしまう刑事やら、長々と会話する刑事たちやら。学がない」

 トンは唇をにっと開いて笑う。

「お前、なぜ」

「そんなちょっとした一撃で気絶させることができると思ってたのか。ああ、国民はこんな者達に国の治安を任せているとは。一国民である俺も悲しくなる」

「動くな」

 ミケは銃口をトンに向けた。こうなったら、自分がこいつを殺さなければ、そんな考えも漠然と頭の中にあった。

 ブチも起き上がって、拳銃を構える。

 ニャンは起き上がらず、驚いて唖然としているようだった。

「動くな。お前を署まで連行する」

「ありゃ、刑事さん。あんた、さっきまでしていた会話を忘れたのかい。署に連行しても何も変わらないというんだ。俺がどうやって事件を起こしたかわかったものは誰もいないんだろう? あなたわかってるのかい? あなたは?」

 トンは馬鹿にしながら、愚かな刑事たちに目を合わせていく。

「わかってないんだろう。俺は釈放される。それだけ」

 ミケは怒りと惨めさで包まれていく自分の気持ちに耐えるため、トンを睨みつけた。

「ならこの場で殺す」

「うーん、それは困る。殺されちゃ、俺だってどうしようもないからなぁ」

 彼は何を企んでいるのか、ミケにはよく読めない。だが、まだ諦めてはいないように見えた。

「仕方ない、俺がここまでやってきた犯罪の方法を教えよう」

「教えても逃さないぞ」

「冥土の土産ってやつだ。ありがたく聞け。真相がわからないままだと嫌だろう。しかも、真相がわかれば俺を逮捕して罰を受けさせることができる。被害者も報われるだろうねぇ」

 やはりミケには彼の目的がわからない。

「お前、うまくこの場を交わそうとしてるんじゃないだろうな」

 ニャンがゆっくりと起き上がり、野太い声を出したが、彼は無視して、話し始める。

「まず、これは俺のミスで。幾つか証拠を落としてきてしまったんだよねぇ。うーん、失敗失敗。現場に証拠を。その証拠というのは何のことを指しているか、大体わかるだろう」

「あの毛玉...」

 ミケは呟く。結局あれは何だったのだろうか。

「そう! 賢い刑事さん、その通り! で、あの毛玉なんだけど。今この中にわかっている方いる?」

 返事はない。

「そうかぁ。なら教えてあげよう。実はこの毛玉、この部屋にも落ちています」

 トンはそう言うと、自分の足元を指差す。本当だ、確かに毛玉が落ちている。色も同じピンク色だ。

「で、この毛玉が」

 その瞬間、トンが走り出した。三匹の注意は毛玉に行っていたので、咄嗟に彼を撃つことはできない。

 これが彼の作戦なのだ。これを見て、どうしてニャンが事件のことについて漏らしてしまったのかも大体想像できた。今のようにうまく口車に乗せられてしまったのだ。

 ニャンは真っ先にその後を追った。

 ミケとブチも慌ててそれに続く。リビングルームを出て行ったということは、今どこにいるだろうか。いや、しかし、家の中に留まっているような危険な真似を彼がするだろうか。

「あ、車の鍵がない」

 ニャンが声を上げた。

「さっき盗られたのか、くそ」

 トンがニャンを押し払ったあの瞬間に奪ったのか。あのトンという男は本当に何者なのだろう。スリ師なのか、それとも異常な生物なのか。

「あのおっさん、浦田さんの車で逃げようとしている。早く、こっちも車に乗り込みましょう」

 ミケがトンの家を出た瞬間、目の前を猛スピードで車が通り過ぎて行った。あれに、トンは乗っているのだろう。

 三匹も急いで、車に乗り込む。ミケは助手席、ブチは運転席に座り、ニャンは後部座席に座った。

「じゃあ、猛スピードの更に上で行きますよ」

 ブチは楽しそうにエンジンをかける。

「では、出発」

 こうして二台の爆走車の追いかけっこが始まったのだ。


6


 まだこの爆速に慣れていないミケは吐きそうになるのを堪えていたが、ニャンは余裕そうだった。いや、逃走したトンを追うことに目がいって、この異常な状態に気が付いてないのだろう。

 ブチはお得意の爆走運転で、トンの車との距離を詰めていた。一方、トンは車に乗り慣れていないようで、ぎこちない運転が続き、スピードも出せていない。

「追いつくのも時間の問題だ」

 ニャンは言った。

「そうですかねぇ。追い詰めても、追い詰めてからが戦いですからね」

 ブチは飄々としながら、爆速の車を操作する。

 トンの車との距離はどんどん詰められていき、ついにトンの車と並走する位置まで追いついた。すると、意外にも呆気なくトンは諦めて、車を止めて、徒歩で逃げていく。トンはそのままビニールハウスに逃げ込む。

「ビニールハウスに逃げ込んだか。ちょっと面倒だな」

 ニャンはそう言いながら、拳銃を構えて、ビニールハウスの方へと進んでいく。

「あそこのビニールハウスの所有者は誰でしょうか」

「うーん、ただトンの家との距離的にもトンのものではないだろう。あいつのものじゃないなら、こっちは拳銃で暴れるわけにはいかない。ビニールハウスに損害を与えずにあいつを捕まえることができるならそれがベストだ。とりあえず、あいつをビニールハウスから追い出して、出てきたところを撃つしかない。俺が出てきたところを撃つ。お前らはあいつをうまくビニールハウスから追い出せ」

 ミケは自信はないものの、自分がどうにかしなければならないので頷いた。ブチは乗り気なようだ。腕をぶんぶん振って、うおおおおと声を上げている。

「じゃあ、健闘を祈る」

 ニャンはミケの肩に手を置いて言った。それが何だか今から死にに行くみたいで、ミケにとっては不愉快だったが、ニャンの厚意を無駄にはしたくないので、改めて強く頷いた。

 

 二匹は念のためポケットに拳銃を忍ばせて、ビニールハウスの中へ入った。羽織っていたオーバーコートはもう不要なので、腕に提げる。拳銃は、発砲はしないものの、脅しには使えるので持っておくだけ意味がある。

 ビニールハウスは、植物を育てていたようで、小さな植物園のような内装だった。草花が張り巡っている。背の高い草も数多くあるので、トンは今その裏に隠れているのだろう。

「トン、出て来い。おとなしく出てこないと撃つぞ」

 当然返事はない。ミケとブチは二匹並んで、慎重にゆっくりとビニールハウス内を進む。床を張り巡らした様々な雑草やツルが邪魔でミケの中にフラストレーションは溜まっていき、集中力が散っていく。

 ミケの前方で、茂みの葉がかすかに動いたような気がした。ミケは拳銃を向ける。

 そして、抜き足差し足でその茂みへと近づいていく。

「行くぞ」

 ミケがそう合図した。あいつの隙を突くチャンスだ。思い切って、茂みに飛び込もうとした時、発砲音が聞こえた。ミケは発砲していない。ニャンも発砲していないだろう。ではブチが焦って発砲したのか、とブチの方を見て、ミケはあっと声を上げた。

 ブチが撃たれている。脇腹から血が出ていた。真っ赤な血がじわじわとブチの白いスーツを濁していく。ブチはよろめき、そのまま倒れた。ミケは動揺したものの、自分の命を守るべく冷静に頭が動いた。

 ブチは脇腹を撃たれているから、この茂みから狙撃されたのではない。横から撃たれている。どうやら、さっき茂みが動いた際に、こっそりトンは場所を移動していたようだ。よく考えれば、茂みが動いたということはそこにいた者が移動したということだ。となると、ブチはまた移動しているから、今のブチの居場所は推測できない。周囲に警戒しながら、ブチに駆け寄る。

「大丈夫か」

 ミケが声をかけると、ブチは苦しそうに小さな口を必死で動かして

「死にたくない。死にたくない」

 と声を漏らした。ミケは応急処置を取ろうとしたが、そこにもう一発銃声がなる。玉はミケの右手を掠めた。右手に痛みが走る。掠った銃弾はそのままミケの脇の地面に突き刺さる。痛みはあったが命中せず擦り傷で済んだのがまだ救いだ。

 同じ方向から球が飛んできたところから、同じ茂みに彼はいると判断し、ミケは拳銃を向ける。

「大丈夫かぁー」

 発砲音に驚いたニャンの声が聞こえる。しかし、距離的にはビニールハウスの中からではなく、ビニールハウスの外から発されているようで、助けにはならない。

「もう逃げよう。助けてくれ」

 ブチは必死で訴える。ミケもこんな死地にひとりぼっちで立たされる気分は最悪だった。

「わかった」

 この状態で粘る理由もない。今粘ってもトンの思う壺で、トンを捕まえる事にはつながらないだろう。

 ミケは、ビニールハウスを脱出することにして、ブチを助け起こそうと、ブチにかがみよる。

「逃げよう」

 ミケはそう呼びかけたが、その時、無情にもブチにもう一発弾丸が撃ち込まれるpた。玉は彼の足にあたり、彼は呻き声をあげた。 足を撃たれた時点で、ブチはもう立ち上がれない。ブチは全身の痛みに芋虫のように体を畝らせる。

 彼は、助けて、とだけ繰り返し続ける。彼の命が尽きるのは時間の問題だということは、ミケにもわかった。ミケはとりあえず、トンが潜んでいるはずの茂みに向かって一発発砲した。

 悲鳴は聞こえて来なかったが、茂みが激しく揺れた。トンは逃げたのだろう。今のうちにブチを助けて、逃げなければ。

 ミケはブチを背中に背負うと、ビニールハウスの出口に向けて一目散に走り出した。できるだけトンに気付かれないように、身を屈めて走ったので、スピードは出なかった。

「もうすぐ助かる」

 ミケはブチに声をかけた。ブチは、ああ、と声を漏らす。

 ビニールハウスに歪に絡む草花に、足を絡め取られそうになりながら懸命にミケは前だけ見て走った。

 もうビニールハウスの出口は目の前。ミケは勝利を確信した。何とかボロボロになりながらも無事脱出できた。外に出れば、ニャンが助けてくれる。一旦ここは退散して、改めて警察官を撃った罪で逮捕状を出そう。もっと大掛かりで捕獲作戦を実行すれば、手こずることもないはずだ。やっとゆっくりできる。帰りはニャンの運転でゆっくり車で寝よう。楽しい妄想に頭は包まれる。助かる。

 しかし、これは危機的状況で、冷静な判断ができていないミケの思い違いだった。

 突然、ミケの背後に何者かが飛びかかった。ピンク色の顔を見て、トンだと判断する。ミケは必死で、手足を振り回して、トンを追い払おうとした。しかし、トンの狙いはミケでは無かった。ミケの背中にいる弱った刑事。まず、彼から始末してしまうのがこの男の狙いだった。

 ブチはミケの背中から強引に引き剥がされた。ブチは出血のせいで力が残っておらず、地面にそのまま倒される。トンは一旦ブチから離れると、地面に落ちていた斧を拾って、再びブチに向かう。

 ああああ、とブチは声にもならない悲鳴をあげた。ブチは逃げようと必死で踠いたが、なかなか動けない。昔は、猫が四足歩行で歩いていたそうだが、今は二足だ。いきなり四足で、しかも一本足を撃たれている状態で素早く動かすことはできない。

 ミケはブチを助けるべきか迷ったが、遂に自分の命を優先した。ビニールハウスの出口に向かって、走り出す。ブチは自分が見捨てられたことに気づいてか、ああああああ、とまた声をあげる。

 背後では、トンが斧をブチに振り下ろし、ブチは断末魔の叫びを上げた。もう一発、もう一発と、トンはブチを襲うが、もうブチの口から悲鳴は上がらなかった。なぜなら、一発目の斧がブチの首を直撃したからだ。トンはブチを殺し切ると、今にもビニールハウスから脱出しようとするミケに獲物を変えた。脱出されては、もう一匹の強そうな刑事と合流してしまうので、トンとしては早く始末したいのだ。

 トンは、ブチを殺す時に、拳銃ではなく斧を使っていた、つまり、トンの拳銃の弾はもう残っていない、とミケは推測したが、それでも不安になり、少しでも体に加わるダメージを軽減できるかもしれないので、体を覆うようにオーバーコートを羽織った。生き延びるためにはどんなこともする、そんな思いだ。

 ミケは走りながらポケットからスマートフォンを取り出した。そして、クロに「help」というメッセージを送る。

 このあと、無事ミケが脱出したとして、ここまで立ちの悪い相手ならば、ニャンと協力しても勝てない可能性も高い。増援は多いに越したことはない上に、クロのような強い女ならうまくトンを捕らえてくれるかもしれないという仄かな期待もあった。ミケはスマートフォンを放り出し、兎に角出口目指して足を動かす。

 そこで、不意にミケは妙な感覚に襲われた。何だか自分の行動が、ある運命に向けて無意識に準備されているように思えてきたのだ。今行動しているのも、全て運命にコントロールされていて、自分は最後どうなるかを確かに知っているような気がする。

 そう思い始めると、自分の行動がまるでスロー映像のようにゆっくりに感じられ、脳内で記憶のディスクが再生される。

「歳を取れば自ずと未来は見えてくる。まだ未来が見えていない年寄りは皆若いようなもんだ」

 これは科捜研で、ジャンが話してくれた、でもそれがなぜ今ここでミケの脳内で蘇ったのだろうか。いや、その理由は明確で。

「未来が見える、のいい例が死だ。死ぬ間際、走馬灯が見えるというが、死はわかるんだ。死ぬ時になればわかる」

 あの時のジャンの話の続き。これは。 

「私はまだ死んでないからわからん。だが、今まで死にかけている者を何匹も、何頭も見てきたが、皆、死を悟っていたように見えるんだ」

 ミケには段々意味がわかってきた。ミケは今から死ぬのだ。トンに殺されるのだ。この記憶が不意に蘇ったのは、それを伝えるためだからなのだ。しかし、そう思っても、ミケには諦めがつかない。遂にビニールハウスを脱出する。

 ここまで来たら、ニャンが助けてくれる。

「浦田さん!」

 ミケが勝利の歓声を上げるのとほぼ同時に、ミケに向かって一発の弾丸が放たれた。弾丸はミケめがけて一直線に伸びていく。ミケは避けることなどできず、その弾丸は脳天を直撃する。ミケは、とどめをトンに刺された悔しさで心を満たしたまま死んだ。ビニールハウスにいるはずのトンがどうして、ミケの正面を撃ち抜くことができるのかを考える時間もなかった。

 オーバーコートで身を隠しているため、誰だか判別できず、ミケをトンだと勘違いしてニャンが撃った弾丸によって殺されたのであると知らずに死ねたのはミケにとって唯一の幸福だろう。

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