2.5話 天秤の傾く先


 青い鳥と出会った朝のこと。

 朝食の席から自室に戻ってまずはじめに確認したのは、弟と妹が未来でどうなるのか。


 聞いた結果はひどいものだった。

 あの子たちと、それからネグロ。三人ともに幸せになれる未来は存在しないと言い切られて。



 だから次に尋ねることは自然と決まっていた。

 未来というものを変えられる可能性があるか。



 当然だ。

 もしこの青い鳥、バラッドの言葉が真実だとして、未来をそのまま詠むのと可能性を謳っているだけなのか。

 それは天と地の差がある。




「そのゲーム……だったか?空想の中の遊戯とこの世界は完全に一致した状態なのか?」


《現時点では一致率93%です。

 今後のリメイク次第で、一致率は大きく変化することが見込まれます》


「リメイクだと?それはなんだ?」


《リメイクとは、過去に発表された作品の展開や演出を変化させて新たに公開することを指します。

 現在女性向け乙女ゲーム『戦華の聖女〜忘れ名草と誓いの法術〜』はリメイクに向けた改編作業が行われております》


 長々しい文言は空想遊戯の表題だったか。



「つまりその改編作業の内容次第で、この世界の未来も変わると。そう認識して問題はないか?」


《肯定します。

 今回の大型リメイクは過去の重要事件についての変化やイベントの追加、それに伴うゲーム本編でのキャラクター設定についてもある程度の変化を見込んでいます》



 つまり、これから起こる事件を防いだり新たな出来事を増やすことで、変わる未来はあるということだろう。

 見えてきた展望をさらに固めるべく、問いかけをつづける。


「変化か……。逆に、その過程で変化した結果、この世界が成り立たなくなる恐れはあるのか?」


《はい。この世界の基盤であるゲームの前提条件が大きく揺らいだ際は、リメイクすら成り立たなくなり崩壊します》


 聞こえてきた言葉に固唾をのむ。

 ……今から自分がやろうとしているのは、想像以上に大ごとで、下手をしたらこの選択こそが世界を揺るがすかもしれない。


 グレイシウス皇国の民を危険に晒すことをしていいのか?葛藤はある。当然だ。

 家族だけでなく彼らも愛しき国民であり、それを個人の望みで傷つけることは許され難い愚考だと……わかっている。



 それでも、これはエゴだ。

 あの子たちが悩み苦しむ道を少しでも減らしたい。


 まったく苦難のない道はありえないだろう。それでもせめて、その未来に幸いの可能性が一つでも残るなら。



「……その前提条件とは?」


 世界を壊す手前までなら抗ってみせよう。

 たとえ誰に恨まれようと。決意をこめて青をみる。



 無機質な音は静かに告げた。



《前提条件。それはこの世界が成り立つ基盤。

 攻略対象たちの根幹を揺らし、よどめかし、救済の余地を主人公に与えるもの。




 それは、ヴァイス皇太子殿下の死亡です》




 ……いわれた言葉が、一瞬理解できなかった。



 受け入れ難い自分と、どこか安堵した自分がいる傍らで、あいも変わらず思考を冷静に回す脳の一部が舌を動かす。



「爆発事故ではなく、……聖女の召喚でもなく?」



 前者なら望むべきもの。

 あるいはそれを止めることで致命的な未来の破綻になるのかもしれないが、それでも叶うならばやりたいこと。


 後者を実現するならば召喚制度の廃止が必要か。

 艱難かんなん辛苦しんくはあるし不要ならば手は出さないが、それでも家族のためならやってみせようと意気込む気概はあった。



 けれども叩きつけられたのはそれらのような国全体の在り方を変える選択ではなく。




《はい。その二つを失くすというのは大きな変化であり、大々的なプロットの組み直しが必要となるでしょう。けれども代わりの事件や他の立場の主人公を設置することは可能です。》



 声が続く。肩に乗った青い鳥が、無機質な口調とは裏腹に柔らかな羽毛を擦り寄らせてきた。

 無意識に撫でてやれば、うっとりと目を細める。それがいやにちぐはぐだった。



「それなら……私が生きていても変わらないだろう。」

《いいえ。あなたはあなたの思う以上に多くの人を救いあげ、影響を与えている。主力攻略対象の全面的な差し替えは、ゲームの基盤を揺るがします》



「攻略対象……彼らのことか?」

《肯定します》



《ネグロ騎士団長やブラン皇帝陛下が別の立ち位置として、ifとして存在することは可能でしょう。

 けれどもあなたという存在が欠けない限りは、その魂や過去に瑕疵かしは生まれない。


 傷なき者を救うことは、いかに聖女といえど出来ません》



「…………彼らが物語の中で傷を癒すことそのものが、空想遊戯にとって必要だと」




《肯定します。物語にはスパイスが必要であり、ドラマが必要であり、聖人の如きキャラクターの生存では多かれ少なかれ得られないものです》


《皇太子ヴァイスの存在は物語にとって安寧しか生まず、その喪失はそれだけで多くの者に影響し、ドラマを生み出します》



《ゆえに、生存の道はありません》



《あなたの死こそが、当ゲームを完成に導き、多くの人々を幸せへと導くのです》





「…………。本当に、道はないのか?」


 あの子たちが生きて成長して、幸せになる道を見届ける選択肢は。



 青い鳥が、幸福とはかけ離れた答えを返す。


《あるいは、あなたという存在が今のキャラクターから脱却すれば道はあります》


「脱却?」



《はい。誰しもが尊敬し、心酔し、崇拝される。そんな存在でなくなりさえすれば、物語に波乱を与える側の存在になればいいのです。


 たとえば悪逆非道の皇太子として突如変貌し、他の攻略対象たちをも苦しめる存在となるならば、物語のifとしてファンディスク化されるかもしれません》


「ファンディスク」



 単語はよく分からないが、悪の道に踏み込むならば生き残る術があるかもしれないということか。




 ……悪逆非道の皇太子になりたいかと問われれば、迷わず否だ。

 それでもその選択肢を捨てきれなかったのは、ひとえに自分の弱さが原因だろう。


「(俺だって、死にたいわけではない)」





 それでも、無理だと思ってしまった。


 手段を選ばずに感情を殺して最適解だけで国を治めることは出来る。事実は異なれど、民から悪逆非道と誤認されるくらいの操作もできるだろう。


 あの子たちを死なないように、最終的に幸せを与えるための道を考えながら傷つけることも……できるだろう。



 それでも、結局これは自分のエゴだ。

 あの子たちに嫌われたくない。慕われる自分であることをやめたくない。



 あの子たちに嫌われて生き延びるくらいなら、潔くあの子たちを幸せにする道だけ整えて、それから。



「……ひとまずは、出来そうかどうか誰かに聞いてから考えるか。」



 嘆息と共に思考を切り替える。


 客観的な視点と感情面での影響の齟齬そご。両方から攻めるとなると身近な誰かに聞くべきだろう。


 後ほどネグロから盛大に却下されるまで棚に上げることとして、鳥の言葉の整合性の確認へと切り替えていった。

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