25話 明かされてしまったもの


 信じられない名前に息が止まる。

 もしかしたら心臓の鼓動すら止まっていたかも知れない。


 それほどに彼の口から出てきた言葉は衝撃的だった。


「まさか……そんな訳がない」

「それがあるんだよ。大体な、皇宮にある神殿にいる司祭なんてもの、身元の保証もされずになれる訳がない。オーンだったか?その男を教会に送り込んだのも、今回の件を画策したのも、お前の大好きな家族、大好きな母親ってことだ。」


「愚弄もいい加減にしろ」

「……ネグロ。」



 いつの間にか再び傍らに戻っていた男が、髪や使う魔法とは真逆の凍てつく声で切先をロダ叔父上へと向ける。


「皇太子殿下への度重なる不敬だけでなく、皇后さまへの濡れ衣。いい加減に……」

「いい。よすんだ、ネグロ」

「ですが……!」


 このまま放置すれば数秒足らずで剣を奮いそうだ。今は離れたほうがいい。彼だけでなく……私も、叔父上から。


「いいから。まだ我々にはやるべき処理も残っているだろう。いいな」

「……御意」


「ならば行くぞ。……ああ、叔父上。」


 入り口まで歩み寄ってから振り返る。


「この屋敷の財政状況と周辺の畜産業の状況、そして昨年の帳簿との計算をするといささか違和感がありました。後ほど税務官をお送りさせていただきますので、ご対処を。……では。」



 それとこれとは話が別だ。

 まだ笑みを浮かべられる自分自身に安堵を抱きながら、その言葉を最後にまた前を向いた。



 ◇




 先ほどまでの捕物が嘘のように、静寂を保った通路を歩く。


「ヴァイス様。先ほどの流言はあなたさまの御耳を穢すもの。一刻も早く忘れるべきかと…。」

「心配はない。……心配は、ないよ」

「ヴァイス様。」



 心からこちらを案じてくれているのだろう。ネグロが顔を覗き込む。それでもなお、自らに言い聞かせるように脳裏で呟いた。


「(心配は、ない。……あれが流言かどうかは、きっと誰よりもお前がわかっているだろう。バラッド)」



 空想遊戯の裏をしる青い鳥に、語りかける。

 ──いいや、違う。わかっている、分かっているんだ。




 奥で囁く理性を肯定するように、無機質な声は響き渡る。



《条件が満たされました、過去の黒幕についての情報ロックを解除します。


 ……はい。たしかにゲーム本編より十二年前に発生した召喚の儀での爆発事故の裏にはエウロペ=フォルトゥナ・マーサが関わっています》




 ひゅ、と息をのむ音がいやにちかく感じた。


 自分が出した音だと、どこかいやに冷静な自分が判断しているのすら遠かった。



 考えなかったわけでは、ない。

 皇国の歴史でだって、自らの子を皇帝に仕立てることで内実をにぎろうと謀るものは何人もいた。

 バラッドも未来の趨勢すうせいについては皇家、教会、民衆の三つに割れているといったが……皇家に対してネグロやブランが敵対する理由。



《状況証拠からエウロペ皇太后妃を怪しんだネグロ騎士団長は皇国騎士団長へと昇りつめた後、皇族のためでなく皇国民のための騎士であると宣言。人々の支持を集めます。

 それに対しエウロペ皇太后妃は様々な画策を行い、彼を悪魔のカイナの一員として濡れ衣を着せようとしますが、それらは頓挫。


 劣勢に押しこまれた状態からさらにブラン皇帝が法学権威派として独立した状態が本編の開始時点の状態となります》



 どうしてそんなことに。

 あの優しい母上がそんな振る舞いをするだなどと、信じられないとみっともない子どもの自分の精神性が叫ぶ。



 まるでそんなの、母上本人じゃないような……。





《はい。本編開始時点、正確には現時間軸より数ヶ月前にあなたの母は妖魔に憑依されています。

 魔王イゼルマの配下でもあるその妖魔はあなたの母君の精神を内から支配していった。そうして女神を信望するこの国の転覆を図り、事件を起こした。それがこのゲームの真相です。》




 ………………。






「ヴァ、ヴァイスさま!?!?」



 ずるずると体が崩れ落ちそうになって、咄嗟とっさに壁に手をつく。いつになく焦ったネグロの声だけが逆にいつも通りだった。



「…………心臓が止まると思ったぞ……。」


「大丈夫ですか!?ヴァイスさま!っ、よもや残党の呪い……今からあちらの者どもを皆殺しに。」

「違う、違うから……」



 このままでは彼の勘違いで多くの犠牲が出てしまいそうだ。

 それだけは何としても防がねば。その腕を強く握りしめた。




 ◇



 罪以上の罰を彼らが受けることを阻止した代わりに、せめて一刻も早い静養をと請われ、皇家の別荘へと向かう。

 本当はあのまま叔父上の屋敷の一室を借りてもよかったのだが、ネグロに断固反対されたもので。



 馬車に乗り運ばれる道中でネグロに話をすれば、剣と同じだけ鋭い瞳がますます細まった。



「なるほど。そうとあらば一度皇后さまの身辺警護および監視体制を見直すべきですね。」

「そうだな。……古代呪文にも対魔の効果があるものもあるはずだし、そこはクニン殿にも確認してみようか。母上の身体を妖魔がいいようにしているなどと、許し難い」



 バラッドの言葉を信じれば、そのはずだ。

 これまでの動き全てがかの青い鳥を信じた結果だと言われれば、それもそうだが。



「承知しました。……これで件の黒幕に対しての対処ができれば、ヴァイス皇太子殿下が身罷るなどといった不敬な話も立ち消えるでしょう。それこそが何より、喜ばしいことです」



 自分のことのように喜ぶネグロに……心臓にはりがささる心地だ。

 なにも言葉を返すことはなく、微笑みだけを浮かべた。



 さて、屋敷へとたどり着いた時に私たちはまず一つ瞠目することになった。



「これは……。」

「……マナの実、ですね。」



 マナの実。

 ゲーム中ではカキンの実と呼ばれていたはずの、先ほど叔父上の屋敷で見たのと全く同じ形のものがなぜか玄関を入ってすぐのところに鎮座していた。


 すぐそばで荒く呼吸をしている、侍従らしき男にネグロが声をかける。



「これは、お前が持ってきたものか?」


「っは、はい……ぜぇ……こちらはエーテル的にも、また歴史的な価値としても優れており、……はぁ……っ、偉大なるヴァイス皇太子殿下のご期待に添えるかと……っけほ……」


「……叔父上も動きが早いものだ」



 おそらくは先ほどの事件を受けての詫びのつもりか。滞在をネグロがさせることを拒んで、こちらに来ることも読んでいたようだ。

 皇国税に対して手心を得るための賄賂か代償とも考えられるが……私がこれで手を抜くとは叔父上も思ってはいないだろう。



「どうなさいますか?ヴァイスさま」


 貴族にとって、このタイミングで差し出されたものを受け取ればそれは許すことと同義だ。

 それを理解しているネグロがこちらを伺うようにみる。



 ……ふむ。どちらにしても税の件以外はこれ以上叔父上を詰問するつもりはない。一度ここまで打ち据えて釘も刺したのだから、叔父上も繰り返しはしないだろう。


「そうだな。それだけのエーテルがある物品だ、何某かには使えるだろう。いただこう。」


『ピィ!!』

「あ…、」



 青い鳥が羽ばたいた。

 それまでずっと肩に留まっていて、時折腕や傍の皿に飛び移るだけだった翼が旋回する。



 舞い降りた先は拳大の大きさの、マナの実の上。


 青い鳥はあろうことか、自らの体よりも一回り大きい実を一口で飲み込んだ。



「!?うっ、うわぁ!……!?

 さっきまでマナの実だったのが鳥に!?ち、違うんです。ヴァイス殿下を図ろうとしているわけじゃなくて……!」



「──ヴァイスさま。あれが……?」

「……そうだ。その様子だと、お前たちにも見えているようだな。あの青い鳥が。」




 つくづく今回のことは思い通りにならないな。盛大にため息を吐きたくなるのをこらえる。


 目の前にいる、自らの任を失敗したのかとひどく動揺する侍従の男。ひとまず彼がいる状態だとなにも話も口止めもできまい。

 穏当に追い返す。


 それがすめば、なおもこちらを心配するネグロが折れなかったこともあり寝室へと移動することになる。



「今女中をお呼びしましたので、支度が整うまでは御寛ぎください。……悪魔のカイナの件は解決し、青い鳥もこれで多くの方が視認できるようになりました。ヴァイス皇太子殿下のこの地での目論見はすべて果たされたといえましょう!」


「ああ。そうだね……」


 寝台に腰掛けたら、どっと疲れが出た。

 覇気のない笑みに対して、ネグロは意気揚々としている。


 普段からその表情の変化を見せていれば、より多くの者が親しめるだろうに。勿体ない男だ。



「更にはおぞましき事件の裏まで知ることができた。時間はかかろうとも、これで殿下の晴れやかなる未来は約束されたも同然です。お前もそうおもうだろう、鳥。」

「!!ネグ……」



 まずい。



 そう思ってその言葉を制止しようとするよりも先に、そのくちばしが開く。



《いいえ、ヴァイス殿下に晴れやかなる未来は訪れません》



「…………は??」



 部屋の気温が一気に冷え込んだ気がする。



 自分としては、顔を覆っていますぐシーツの上に倒れ込みたい気持ちで一杯だった。

 思考とは裏腹に手は青い小鳥、バラッドへと伸ばされる。



 ────ああ。知られてしまった。

 青い鳥が、言葉とは裏腹の愛くるしい瞳をまたたかせた。



《ヴァイス殿下は十三年後のゲーム開始までに間違いなく死亡します。仮に召喚の儀の爆発事故を食い止めようと、それは変わりません。



 彼の死こそが、物語の根幹たる主要な要素となるためです》

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