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 それから、どれくらいの時間が経ったでしょう。もうキューにはわかりませんでした。いつの間にか眠っていたようなのでした。


 ふと目を覚ますと、紺色の服を着たニンゲンたちがぞろぞろ、キューの周りに集まっては、何かむずかしいことを話しています。キューはニンゲンの言葉に耳を傾ける気力もありませんでした。ただひとつ聞き取れたのは、


「もうだめだな。助からねえ」


という男の人の声でした。


 キューは気づいていませんでしたが、キューの体は腐りかけていました。水族館の人々はその場でキューを死なせました。仲間たちは遠くからじっとそれを見守っていましたが、キューがどこかへ運ばれていくのが見えると、みんな涙を流しました。


 水族館の人々はキューが流れ着いた理由を調べるため、キューの肉をはぎました。血にまみれた白い骨が見えてきます。キューの頭やしっぽにはひびが入っていました。


「なぜこんなにけがをしているのだろう」


人々は不思議に思いました。その理由はニンゲンたちの誰も知りませんでした。知ることもありませんでした。



 キューの骨は今もその島の水族館にあります。頭やしっぽはありませんが、背中の骨はきれいなままだったので、そこだけ骨格標本として展示されているのです。名前はつけられていません。ただ「いつ、どこに流れてきたイルカか」ということがプレートに書かれているだけです。



 キューの仲間たちは、どこかへ行ってしまいました。


 ニンゲンたちは今日も海で泳ぎます。



 おしまい





 祖父の話はいつも後味の悪い終わり方だった。続きを聴きたいとせがんでも、「この話はここまで」と言って、語ってくれなかった。祖母や母にこの話をすると、「また暗い話をして! たまには明るい話でもしたら?」と祖父を責めていた。


 祖父が亡くなったのは、その一ヶ月後だった。その葬式ではじめて、祖父が水族館で働いていたことを知った。



(完)

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おとぎばなし ひのかげ @hinokage_writer

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