第3話 異変


 ある雨の日、那岐なきさんとシフトが二時間ほど被った。

 しかし、就業時間になっても彼が現れない。


「店長、那岐さんはお休みですか?」


「那岐……?ああ、雨でバスが遅れてるらしくてね、間もなく来ると思うよ」


 突然の雨で、入ってくるお客様もずぶ濡れだ。

 暫くすると、彼が入店して来た。

 やはり傘はさしていない。


「遅くなりました!」


 彼が、レジに立っている私に頭を下げてきた。


 あれ……?

 全く濡れていない。


 それに、入店して来たのにチャイムが鳴ってない?


 少し不思議に思ったが、雨で駆け込む客が多く、レジ打ちに追われそんな事はスッカリ忘れた。


 那岐さんが、エプロンをしてバックヤードから出て来る頃には客足が途絶えた。


 彼は、商品の品出しをすると言ってレジを離れた。


「ひーろせ!」


「あ、景子!来てくれたの?!」


 友達の景子に、那岐さんの話をしたら見に来たのだ。


「どれどれ?何処にいるの?」


「えーっとね……あ、今カップラーメンの棚で品出ししてる」


「了解!行って参る!」


 景子は、普通にお客さんを装って、彼を見に行った。

 そして、直ぐに戻って来た。


「ねぇ、居ないんですけど?」


 景子は、ちょっと頬を膨らませた。


「そんなはずないよ……あ、本棚に移動してる」


 景子は、言われた先へ何度も出向いた。

 しかし、こんな狭い店内で、景子は那岐さんの事を、一度も目にするコトが出来なかった……。


「広瀬、アンタ私の事からかってたの?マジでムカつくんですけど」


 景子は、マジ切れして帰ってしまった。


「品出し終わりました」


 那岐さんが、いつもの笑顔でレジに戻って来た。

 何も変わった様子は無い。


 お客様の会計が重なり、3~4人の列が出来た。

 私と那岐さんは、別々のレジに立ち対応した。


 しかし、客は私のところに並び、誰一人那岐さんのいるレジには並ばない。


 那岐さんも、「こちらへどうぞ」と声を掛けてはいるのだが……


 結局、全てのお客様を私が捌いた。


 なんか……変だな?


 そう思った時、入店チャイムが鳴った。

 ブランドバッグを持ち、指に大きなダイヤを光らせ、腕には高級猫を抱いた女性が入店して来た。


 その女性が、那岐さんとすれ違った。

 すると、猫が那岐さんに向かって毛を逆立てて威嚇した。

 那岐さんが猫に微笑みかけると、一転して脅え震え上がった。


「あら、どうしたの?」


 女性は、不思議そうに猫をなだめた。


 なんだろう?

 何かおかしい……


「那岐さん、ちょっとバックヤードに行くのでレジお願いしてもいいですか?」


「もちろん良いですよ」


 私は、彼の笑顔を見届けバックヤードへ引っ込んだ。

 どうしても確認したいコトが……それは監視カメラだ。


 今日、一連の流れを思い返してみると、誰も那岐さんを認識していないように感じたからだ。


 私は、那岐さんの居るレジを映すし監視カメラ映像を見た。


 え……?


 ……映って……無い?


「て、店長!あの、那岐さんってどんな人なんです……てゆうか、何者?」


 私は、震える声で店長に話しかけた。

 店長は、商品の発注をしているパソコンのモニターから、私に視線を移した。


「なき?……誰のこと?」


 店長は、不思議そうに首を捻った。


「だ、誰って……今シフトに入ってる、レジに居る那岐さんですよ!」


 私はつい、声を荒げてしまった。


「……広瀬ちゃんさ、お仕事を頑張ってる事は評価してる。でもね、仕事中に冗談言うのは良くないなぁ。早くレジに戻って!ほら、お客様来たよ」


 ど、どういうコト?


 那岐さんの存在自体を忘れてる?……いや、元から居ないような口振り。


 レジへ戻ると笑顔の那岐さんが


 私は、レジ打ちを済ますと、彼に品出しをすると伝え、棚の影から様子を見る事にした。



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