第6話 瘴穴へ・1


 ――到着早々、スレイブ化したハーピィの襲撃というイレギュラーはあったものの、それ以降は何事もなく、瘴気の浄化作業とスレイブの討伐は順調に進んだ。

 道中、スレイブとの戦闘を挟みながら、ルシアも瘴穴しょうけつを目指す。


「レイシス、屈んで!」

「――っ」 


 レイシスが身を屈めたのとほぼ同時に、ルシアが懐から取り出した小石のようなものをスレイブに投げつけた。


「ギャァアアッ」


 小石のようなものが当たったスレイブは、悲鳴を上げて青白い炎に包まれて骨も残さず消え失せた。


「おー、思った以上に効果抜群だった」

「団長、今のは……」


 ルシアが感心して頷く傍らで、レイシスは眉を寄せながら彼女に説明を要求する。


「ん?あぁ、これ?銀でコーティングした鉛玉」

「また貴女は奇妙なものを……!」


 呑気に指の間に銀の玉を挟んだ手を左右に振る団長じょうしに、レイシスはマスク越しに片手で額を抑えた。


「どこかの言い伝えだか御伽話で、銀には退魔の効果があるっていうのを聞いたことがあってさ。聖なる灰や水晶みたいに実験したいなーって思ったら、ライナスがノリノリで協力してくれて」


 ――前世と書いてどこかと読むのは、言わずもがな。

 この世界の銀は、通貨と装飾品の生産に用いられている。宝飾剣といった実用性がない飾り物の武具の装飾にも使用されるが、こういった使い道をする人間は今までいなかったわけで。


「本当は純銀製の玉にしたかったんだけど、銀は高価だし、実験ならまずは鉛玉をコーティングするだけでもいいかなってことで、銀貨を二、三枚溶かして作ってもらったんだ」


 結果はこの通り。スレイブ相手に数個当てるだけで倒すことができた。


「コスト面が心配ではあるけど、銀製の武器とか鎧を作れば、スレイブの討伐の効率も上がりそうだね」

「……貴女は、本当にどれだけの大発見やらかしをすれは気が済むんですか」

「いいじゃない。になるんだし」

「だから言ってるんです。父上たちの胃に穴を開けるつもりですか」

「あー…うん。なんかごめん」


 聖なる灰や水晶クリスタルの一件もだが、この大発見をしたのは表向きはレイシスの父であるハマン辺境伯とされているのだ。

 『あかつきの旅団』の団長という肩書きがあるとはいえ、ルシア自身の身分は村娘(しかも孤児)だ。彼女が発見者として名乗り出れば、利権争いに発展しかねない。というか百パーセントそうなるだろう。

 ルシア個人の事情的にも、こういった方面で名前が売れるのは望ましくない。

 ただでさえ年々、瘴気による被害報告が増加傾向にあり、その対策に各国が追われているのだ。燃えるのがわかっていて、わざわざ火種を投下するような馬鹿な真似はしたくない。

 そんなわけで、事実を知るのはハマン辺境伯をはじめとした一部の人間のみで、嘘が上塗りされた真実が世に流されたというわけだ。

 故にハマン辺境伯には毎回、こういった大発見に至った経緯の説明や根回しに奔走してもらっているのである。


「……いえ。団長の発見のおかげで、対策の幅が広がったので、感謝することはあれ、文句はないんです。ですが――…」


 レイシスはまっすぐにルシアを見据える。


「どうして貴女はここまで無欲なんですか?」

「……私は、自分の欲に忠実な人間だよ。ただ、権力には全く興味がないってだけ」


 最もらしい理由を並べてはいるものの、ルシアが得ることができたはずの富や名誉は、彼女の目的達成のためには足枷にしかならないからだ。

 手柄をハマン辺境伯に譲っているのはそれが理由ほんねであるし、もっと言えば、今後に備えて恩を売るというのが根本的な目的なのだから。

 曖昧に微笑わらうルシアに、レイシスは大きくため息をついた。


「……拠点に戻り次第、事の次第を父と兄に報告します」

「うん。ありがとう」


 再び、歩き出す二人であったが、ほどなくしてレイシスが足を止めた。


「私が同行できるのはここまでです」


 レイシスが手に持っていたコンパスのような測りの張りが振り切れている。

 これは瘴気計しょうきけいという瘴気の汚染度を判別する魔法機まほうきの一つだ。その張りが振り切れているということは、聖痕を持たぬ者がこれ以上は進めないことを意味する。

 いつもの装備であるルシアと比べて、今のレイシスはフルフェイスのマスクに外套といういで立ちだ。

 ここは人体にも害をなす瘴気に汚染されたエリア。聖痕持ちであるルシアは何ともないが、聖痕を持たないレイシスは違う。

 彼の纏う外套は、水で溶いた聖なる灰で染色したものであり、マスクは水晶や聖なる灰を使って作られた防護マスク。これらは対瘴気装備と呼ばれるものだ。

 これによって聖痕を持たない人間でも、ある一定の汚染度までなら瘴気が漂う場所でも活動が可能になったのだ。

 ますますルシア様々であるが、当然この装備の制作、流通もハマン辺境伯の手柄として国を挙げて生産を進めているというのは余談である。


「十分だよ。おかげでだいぶ温存らくができた」

「それは重畳」


 茶目っ気たっぷりに片目を瞑ってそう言えば、レイシスがマスク越しに笑うのが見えた。


「じゃ、行ってくるよ」

「はい。お気をつけて」


 小さく頷きを返して、ルシアは瘴穴へ向かって歩き出した。














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