第3話 悪夢

 轟々と燃え盛る炎。

 炎に巻かれて奇声にも似た悲鳴を上げて逃げ惑うヒトだったモノ。

 血を流し倒れ伏した遺体。

 煙の臭いと肉が焼ける臭い。そしてむせ返るような――血のニオイ。

 地獄絵図と化した村の一角で、物陰に隠れ、ただただ息を殺して隠れることしかできなかった。

 見つかれば化け物に殺される。父も母も弟も。無事かどうかわからない。とにかく無事であることを祈ることしかできないのが歯痒くて、無力な自分が情けなかった。

 いつまでそうしていたのだろうか。気が付いたら眠ってしまっていたようで、瓦礫を動かす音で跳ね起きた。

 とうとう見つかってしまったのかという恐怖と絶望に、ガタガタ震えていると、美しい銀色が目に入った。


「きれい……」


 惚けながら思わず漏れた声に、目の前の銀髪の男は一瞬目を見開くと、安心させるように微笑わらうと、そっと手を差し伸べた。


「よく頑張ったな。もう大丈夫だ」


 その笑顔がとても眩しくて。家族はどうなったのかとか、化け物はもういないのかだとか、あなたは一体誰なのか。聞きたいことはたくさんあったはずなのに、何かが喉につかえたように言葉が出てこない。

 ただ、このひとは悪い人ではないと直感的に悟った私は、差し伸べられて手にゆっくりと手を伸ばし――…。


 ――バチッ


 銀髪の男の手に自身の指先が触れた途端。頭の中に濁流のように流れ込んできたに、心身ともに疲労困憊だった幼い脳では処理できるはずもなく。


「っ、おい!?」


 ぐらりと身体が傾き、視界が暗転する。

 意識を手放す前に見えたのは、色を失った声を上げる、の姿だった――…。






◇◆◇






「――…う。団長!」

「んぅ……」


 肩を揺り動かされ目を開けると、推しではなく金髪碧眼のイケメンがいました。


「れいしす……?」

「はい、こんな所で寝ていたら風邪ひきますよ」


 果実水の入ったグラスを差し出され、それを受け取ると一気に飲み干す。

 ようやく目が覚めたルシアは、大きく息を吐いて伸びをした。


「ごめん。寝てた」

「いえ、私も今来たばかりでしたので。ノックしても返事がなかったため、勝手に入らせていただきました」


 レイシスが再びこの部屋に来たということは、転移魔法の準備ができたということだろうか。

 ちらり、と時計を見やると、先ほどの報告からちょうど一時間程度が経過したところだった。


「顔色が優れないようですが、体調でも悪いのですか?」

「ううん。ちょっと、夢見が悪かっただけ。何ともないよ」


 ルシアはかぶりを振ると、ソファから立ち上がって立てかけていた剣に手をかけた。


瘴穴しょうけつと瘴気については何かわかった?」

「はい。グレタが使い魔経由で『た』情報ですと、瘴穴の大きさはおおよそ半径二十メートル。汚染範囲は半径約百五十。瘴穴周辺の汚染度は推定でAプラスです」


 それを聞いたルシアは大袈裟に顔をしかめた。


「うっへぇ、久々のAクラス超え……しかも直径四十って過去最大級じゃない?」

「記録上はベストスリー……いえ、この場合はワーストスリーに入ると言うべきですね」


 なるほど。これは紅いヘルハウンドなんてものが出てくるわけだ。

 瘴穴は、その大きさと吹き出てくる瘴気の濃度によって汚染範囲が異なってくる。瘴穴が大きくても吹き出ている瘴気の濃度が薄ければ汚染範囲は狭く済むこともあるが、逆に瘴穴が小さくても瘴気の濃度が濃ければ汚染範囲は広くなる場合ケースもあるのだ。

 ルシア率いる『暁の旅団』では、過去に対処してきた瘴穴の記録データをもとに、統計的に瘴気の濃度をSプラスからDマイナスまでのランクに分けて対応方針をそれぞれ立てている。

 今回は上から四番目のAプラス。ここまでの汚染度が出るのは久しぶりだ。瘴気の汚染範囲に人里があれば大惨事は免れなかっただろう。発生地点が滅多に人が訪れないカラーノ山脈で良かったというべきか。

 原作の時間軸に入ればこのレベルの瘴穴はウジャウジャと出てくる。ここは予行演習と割り切ってさっさと対処することにしよう。


「いつも通り、汚染度が低いエリア――C以下のエリアは聖なる灰で対処。それ以上は水晶クリスタルに瘴気をいったん封じて教会で浄化、かなぁ」


 実のところ―――汚染度次第なところではあるが――瘴気を浄化する方法は、複数存在する。

 その方法が聖なる灰を散布と水晶に瘴気を封じる方法だ。

 聖なる灰は、聖域や聖地と称される場所に建つ教会で、しかるべき儀式によって聖火にくべられた木々の灰である。もともとは礼拝に訪れた人々に、お守りとして渡していたものであったが、これが瘴気の浄化に効くのだ。

 原作の設定上、瘴気は聖なる力に弱いという設定がある。であれば、お清めされた灰でも一定の効果があるのでは、という考察(というか完全に出来心)から、試してみたらどうにかなってしまったという過去がある。

 レイシスは当時を思い出しながら、小さくため息をついた。


「お守りの中身を、瘴気にぶちまけるという罰当たりな発想、よく思いつきましたよね」

「イヤー、ソレホドデモ」


 前世由来の知識の賜物です、とは言えるわけがないので、乾いた笑いを浮かべるしかない。


「まぁ、そんな団長だからこそ、水晶に瘴気を封じるなどというひらめきがあったのかもしれませんが」

「それって誉めてるのかな?」

「もちろんです」


 しれっと真顔で言われても、褒められている気がしない。

 レイシスの言う通り、水晶に瘴気を封じる方法もルシアが編み出したものなのだ。といっても、これも安直的に試したらどうにかなったという結果論だったのだが。

 ルシアの前世でも水晶は魔除けや浄化の効果があるとされていた。

 小説では言及はなかったものの、原作者完全監修で開発されたRPGでは、水晶は聖痕持ちのパーティメンバーのステータスをアップさせる装飾品として登場している。

 また、バトル中に道具として使用した際は、瘴気にスレイブのパラメーターを下げる効果もあるという、かなりの便利アイテムだった。

 当然、小説の大ファンであったルシアが、原作者完全監修という甘言に飛びつかないわけもなく。このゲームもプレイ済みである。

 プレイ中もたびたび水晶のお世話にはなっていたが、バトル中に道具として水晶を使用した際、瘴気が敵から離れていくような演出があったことを思い出し、これまた試しにやってみたら案の定だったというわけだ。


「……ただ、規模的に灰も水晶も結構な量使いそうだけど」

「水晶は実家からかなりの数を回してもらっているので、問題ないですよ。聖なる灰についてもクロードがどうにかしてくれます」

「ア、ウン。タヨリニシテマス」


 この発見により、水晶と聖なる灰の需要が高まることとなったのは当然の流れであったが、幸いなことに、これまでに築いてきた人脈コネで物資不足にならずに済んでいる。

 この時点で原作を破綻させる(かもしれない)レベルの大発見やらかしをしているのだが、根本的な問題は、聖痕持ちでなければ解決できないので、ルシア的にはセーフである。


「汚染度B以下であれば私たちでもどうにかできますが、A以上のエリアと瘴穴を閉じるのは、。くれぐれも、ご無理をなさらぬよう」

「わかってるって。――じゃあ、行こうか」


 振り返り様に髪が大きく揺らめき、普段は前髪で隠している左目が一瞬垣間見えた。そのまなこには、聖痕のような模様が刻まれていた――。


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