第38話 怒りのカトレア
「あ、あれ?どうしてこんなところに……」
「うわっ!?な、何だあれは!?」
「いったい何がどうなってるんだ!?」
聖水を浴びたことで正気に戻った男達は消防車と水鉄砲を抱える女性の集団を見て驚くが、そんな彼等に対してバルは怒鳴りつける。
「あんた達はサキュバスの術に嵌まって操られていたんだよ!!それをあたしらが正気に戻してやったんだ!!」
「そ、そうだ!!思い出したぞ、あの女に身体を触れられた途端に意識を失って……」
「意識が戻ったんならとっとと手伝いな!!ほら、これを使って他の奴等も直してやりな!!」
「うわっ!?な、なんだこれ!?」
正気を取り戻した男達にも余っている分の水鉄砲を渡すと、彼等も一緒にまだ操られている男達と戦わせる。今は一人でも多く味方を増やす必要があり、バルはホースを持ち上げて聖水を放射した。
「おらぁっ!!とっとと正気に戻りな馬鹿共が!!」
「ぶはぁっ!?」
「ぎゃあっ!?」
「げふぅっ!?」
次々と聖水を浴びせられた男達が正気を取り戻し、どんどんと数が増えていく。この調子でいけば街の人間全員を救い出せるのではないかと思われた時、消防車を運転するリリスが声をあげる。
「むむっ!?レアさん、嫌な気配が強くなりました!!カトレアに気付かれた様です!!」
「もう気付かれたか……まあ、これだけ騒げば当然か」
「レア殿!!ここは我々にお任せ下さい!!どうかあの悪魔を倒してください!!」
「勇者様頑張って!!」
「あたし達は大丈夫です!!」
カトレアの気配をはっきりと感じ取れる距離まで辿り着くと、神父と女性陣はレア達を先に行くように促す。彼等の言葉にレア達は頷き、作戦の第二段階であるサキュバスの討伐のために行動を開始した。
「リリス!!聖水は使い切っちまったよ!!」
「よし、では行きますよ!!」
「うわわっ!?」
消防車に収納されていた聖水を使い切ると、リリスはカトレアの気配がある方向に向けて一気に加速させる。レアとバルは振り落とされないように上に乗り、消防車の上でバルは大剣を握りしめて歯を食いしばる。
先の戦闘ではカトレアに手も足も出なかったバルだが、彼女だけは自分の手で殺さなければ満足できない。一方でレアはリリスにカトレアの位置を確かめた。
「カトレアは何処にいる!?」
「すいませんが詳しい位置までは分かりません。でも、確実に近づいています!!この先に居るのは間違いありません!!」
「もっと飛ばしな!!」
治癒魔導士のリリスはカトレアの邪気を感知できるが、レアとバルにはカトレアの気配は感じ取れない。だが、これまで何度も死にかけたせいなのかレアは嫌な予感を抱く。
(何だろう、この嫌な感じ……サンドワームを目の前にした時みたいな気分だ)
サンドワームに喰われかけた時と同じぐらいの危機感を抱いた瞬間、上空から何かが迫ってきた。いち早く気付いたバルは大剣を抜いてレアに注意した。
「上だ!!」
「えっ!?」
声をかけられてレアは上を見上げると、そこには背中に蝙蝠のような翼を生やした女の化物が迫っていた。化物の正体はカトレアであり、彼女は両手の爪をまるで獣のように鋭く尖らせた状態でレアに目掛けて繰り出す。
「死ねぇっ!!」
「うわぁっ!?」
「ちぃいっ!!」
まさか上空から攻撃を仕掛けられるとは思わずにレアは悲鳴をあげ、そんな彼を庇うようにバルは大剣を振り払う。しかし、カトレアは振り払われた大剣を爪で弾き返し、消防車の上に降り立つ。
「サキュバスめ!!遂に本性を現したね!!」
「あら、貴女まだ生きてたの?人間の癖にしぶといわね。生命力はオーガ並ね!!」
「ぶっ殺す!!」
「ちょ、ちょっと!?」
「レアさん!!しっかり掴まって、車を止めますよ!!」
移動中の消防車の上で戦い始めようとするカトレアとバルにレアは慌てふためくが、リリスは車を急停止させた。すると消防車の上に立っていた三人はバランスを崩して危うく落ちそうになる。
「おわぁっ!?」
「くぅっ!?」
「うわわっ!?」
バルとレアは掴まって落ちるのだけは避けたが、カトレアは再び上空へと飛び上がる。消防車が完全に停止すると、カトレアは訝し気な表情を浮かべてレア達を見下ろす。
「何よその乗り物……見たこともないわね。いったいどうやって動かしてるのかしら」
「はんっ、それはこっちが聞きたいぐらいだよ」
「レアさん、下りましょう」
「う、うん……」
消防車から全員が下りるとカトレアはバルを一瞥し、続いてレアとリリスに視線を向けた。リリスに顔を向けた時にカトレアは鼻を鳴らし、心底嫌そうな表情を浮かべた。
「あんた聖職者みたいな臭いがするわね……修道女、それとも治癒魔導士かしら?」
「ふっふっふっ……降参するなら今の内ですよ」
「ふん、笑わせないでちょうだい。あんたみたいなガキを恐れるほど落ちぶれてないわよ」
サキュバスのカトレアにとっては治癒魔導士のリリスは相性が悪いはずだが、彼女は臆した様子もなく地上に降り立つ。空を飛ぶ際に広げていた羽根も縮小化して背中に隠れる。どんな原理で羽根の大きさを変えているのかは気になるが、そんなことよりもカトレアの威圧感にレアは冷や汗を流す。
見た目はこれまで遭遇した魔物と比べれば人間に近い容姿をしているため、外見は人間の美女にしか見えない。しかし、普通の人間と違う点は羽根と尻尾と角を生やし、更には獣のように細長く研ぎ澄まされた爪、鋭利な牙、真っ赤に染まった瞳にレアは気圧される。
(これがサキュバス……聞いていた話と大分違うな)
バルから聞いた話ではカトレアは最初に街に降り立った時は人間に瓜二つの姿をしていたそうだが、それはあくまでも擬態で今のレア達の前に現れた彼女の姿こそが真の正体だった。
(怖い……けど、もう慣れてきたな)
召喚されたばかりの頃のレアならば恐怖のあまりに動けなかったかもしれない。だが、何度も危機を乗り越えたことで精神面も成長し、冷静にカトレアに対して解析の技能を発動させた。
――カトレア――
種族:魔人族(サキュバス種)
性別:雌
状態:興奮
能力:魅了――身体に触れた異性を虜にできる
精気吸収――噛みついた相手から精気を奪い取る
――――――――
視界に表示された画面を見てレアは握り拳を作り、詳細画面さえ開くことができれば文字変換の能力でカトレアを倒すことができる。だが、彼女の能力を見てあることに気付く。
見た目は人間のように見えても画面には「職業」や「レベル」の項目はなく、あくまでも魔物と同じ画面で表示されていた。しかも能力を二つも所有しており、どちらも厄介そうな能力だった。
(魔人族だから能力も魔物よりも多く持っているのか?けど、画面さえ表示できれば勝ちだ)
いつも通りにレアは状態の項目に指を伸ばし、これまで倒してきた魔物と同様に「死亡」の文字に書き換えようとした。だが、カトレアの姿を見て躊躇してしまう。
「うっ……」
「レアさん?どうかしました?」
「い、いや……」
「あら?よく見たら可愛い男の子じゃない。ごめんなさいね、さっきはいきなり殺そうとして……」
「おい!!惑わされるんじゃないよ!!こいつは悪魔だ!!」
相手が魔物ならば殺すことに躊躇いはないが、カトレアは見た目は人間に似ていてしかも本物の人間のように言葉も話せる。そのためにレアは自分が「死亡」と書き換えれば彼女を殺してしまい、人殺しになってしまうのではないかと恐れる。
少し前までは人殺しとは無縁の人生を送ってきただけにレアはカトレアを殺すことに躊躇してしまうのは仕方がなく、本当に殺す以外に方法はないのかと考えてしまう。しかし、バルは容赦せずにカトレアに襲い掛かった。
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