第32話 魔人族のカトレア

――ウラクの命令で冒険者達は解散すると、カトレアは意外なことに火竜を帰した。自分を守る唯一の味方を街から離れさせたことに人々は驚いたが、彼女は人間と「和解」のために訪れたのであって決して暴力で支配しようと企んでいるわけではないと訴える。



『火竜はもうここにはいません。私は皆様に危害を加えるつもりはありませんのでどうかご安心ください』

『皆、彼女の言葉を聞いたか!?この御方は本当に我々と交渉するためにここへ来たのだ!!ならば我々も人として正しく振舞わなければならん!!』

『ギルドマスター!!でもその女は……』

『口を慎め!!カトレア殿とお呼びしろ!!』



カトレアと握手を交わしてからウラクの様子がおかしくなり、彼女を丁重に扱う。バル達はウラクの態度の変化に戸惑い、いつもの彼は魔人族は人類の敵で決して心を許してはならないと他の冒険者に言い聞かせていたにも関わらず、まるでカトレアの護衛のように振舞う。



『さあ、カトレア殿。我が冒険者ギルドへ参りましょう。そこで今後のことを話し合いましょう』

『ええ、ありがとうございます』

『待ちな!!あんたギルドマスターに何かしたんじゃ……』

『無礼者!!私は正気だ!!』



バルだけはカトレアを疑うがウラクは彼女に近づかせず、そのまま二人は冒険者ギルドへ向かう。他の冒険者も同行し、兵士達は城壁に向かって火竜が消えた方角の監視を任せる――







――冒険者ギルドの建物へ到着すると、ギルドマスターの部屋でカトレアは案内される。この時にバルは二人がどんな会話をするのか気になって部屋に入ろうとしたが、それもウラクは拒否した。



『話し合いは我々だけで十分だ』

『ギルドマスター!!いくらなんでも危険過ぎるよ!!』

『黙れ!!』

『ウラク、落ち着いて下さい。彼女は貴方を心配しているのですよ』

『しかし……』



カトレアはウラクを宥め、この時に彼の名前を呼び捨てにした。そのことにバルは増々怪しみ、一方でカトレアは余裕の笑みを浮かべる。



『彼女の言う通りです。これから行う話し合いには証人が必要になるでしょう。そこでこの街を守る兵士の代表と、一番偉い御方を連れてきてください』

『おお、そうですな。ではバルよ、警備隊長と街長を連れて来い』

『あ、ああっ……』



ウラクの言葉にバルは渋々と引き入れ、彼だけじゃなくて他の人間も参加するのならば文句は付けられない。だが、事前にバルは呼び出した二人に注意を行う。



『ギルドマスターの様子がおかしい。あんたらも気を付けるんだよ』

『ああ、分かっている』

『相手は魔人族……油断はできん』



幸いにも警備隊長も街長も魔人族の危険性は熟知しており、二人は自分達の護衛も連れてやってきた。流石のギルドマスターも一番偉い立場の街長には文句は言えず、話し合いは三人と護衛を含めて行われることになった。



『では、他の方々は申し訳ありませんが出て行ってください』

『何だい、あたしがいると困るのかい?』

『バル、言う通りにしろ。カトレア殿に敵意を剥き出しにしているお前がいると話にならん』

『ちっ……』



話し合いには護衛としてバルも参加しようとしたが、カトレアはそれを許さなかった。街長の護衛には腕利きの冒険者が集められ、立ち去り際にバルは冒険者達に注意を促す。



『油断するんじゃないよ。相手は魔人族だ……必ず裏切る』

『ああ、任せろ』

『いざという時は俺達が始末してやる』

『これだけの数がいるならいくら魔人族でも確実に仕留められる』



顔見知りの冒険者の言葉にバルは安心し、彼等の実力はバルも高く評価していた。魔人族は厄介な相手だが冒険者は普段から魔物を相手に戦っているため、数の利を頼れば確実に殺せる。


部屋に残った冒険者に任せてバルは部屋から出て行こうとした際、不意に違和感を抱く。部屋を去る際に彼女は部屋の中にいる人間を見てあることに気付く。



(……男だらけだね)



カトレア以外の人員は男性であり、傍から見ると怪しげな格好をした女性に男達が取り囲んでいるようにしか見えない。これではどっちが怪しいの分からずにバルは苦笑いを浮かべながら部屋を出る。自分が部屋に残らなかったことを一生後悔することになるとも知らずに――






――話し合いが始まってからはしばらくの間はバルは部屋の前で待機し、そして全員が出てくると彼女は唖然とした。何故ならばカトレアが出てくると彼女を守るように他の男達が追従する。



『ギ、ギルドマスター?それに他の皆も……いったいどうしたんだい?』

『……やれ』

『はっ!?』



ウラクはバルを指差すと護衛として部屋の中に入った冒険者達が武器を取り出し、それを見てバルは焦った。彼女は慌てて大剣を抜こうとするが、狭い通路内では大剣は壁や天井が邪魔をして上手く扱えず、冒険者達に簡単に取り抑えられる。



『捕まえたぞ!!』

『動くんじゃない!!』

『ぐあっ!?』



数人の冒険者に取り抑えられたバルは混乱し、何が起きているのか理解できなかった。そんな彼女にカトレアは笑みを浮かべ、バルの頬に手を伸ばす。



『ふふっ、ごめんなさいね。もう彼等は私の僕なの』

『あ、あんた……こいつらに何をしたんだい?』

『大したことはしていないわ。こうして身体に触れただけよ』

『ああ、カトレア様……』



バルの目の前でカトレアはウラクの顎に手を伸ばすと、彼は恍惚とした表情を浮かべた。ウラクとは長い付き合いであるがバルは彼がそんな表情を浮かべたのは初めて見た。


カトレアの言葉とこれまでの行動を思い返し、彼女の正体をバルは見抜く。カトレアの正体は男を魅了する「サキュバス」だと知った。



『あんた!!サキュバスだったんだね!?』

『気付くのがちょっと遅かったわね。部屋に貴女が居なくて本当に助かったわ、私の能力は異性にしか通じないのだから』



サキュバスは種族問わずに異性を魅了する能力を持ち、どんなに強い精神力を誇る人間だろうとサキュバスに触れられた瞬間に操り人形と化す。バルはサキュバスの生態を知りながら最初に彼女を見た時に気づけなかったことを後悔する。


最もバルがサキュバスだと気付けなかったのは仕方がない話であり、そもそも魔人族自体が今の時代では滅多に遭遇しない種族である。魔人族は過去の対戦で滅ぼされかけ、今では生き残りがいるかどうかも怪しまれていた。恐るべき存在とは語り継がれているが、実際に見たことがある人間は滅多にいない。それに魔人族の女性全員がサキュバスというわけでもなく、魔人族も多種多様な特徴を持つ。



『ふうっ、ようやくこんな物を身に付けなくていいのね』

『なっ!?あんた、何て格好をしてるんだい!?』

『どうかしら?魅力的でしょう?』



サキュバスはローブを脱ぎ捨てると彼女は男受けが良さそうな露出が激しい服を着こみ、肉感的な体型を恥ずかしげもなく晒す。女のバルでさえも見ているだけで恥ずかしくなる格好をしているが、サキュバスのカトレアにとってはこちらの格好の方が落ち着く。



『この街の重要人物は全員私の手中に収めた。後は貴方を始末して他の男達を虜にすればこの街は私の物よ。女は私の奴隷として働いて貰おうかしら』

『ふ、ふざけるな!!ここは帝国の領地だよ!!必ず帝国軍がやってくる!!』

『ふふっ……安心しなさい。表向きの私は人類との共存を求める魔人族よ。貪欲な帝国なら火竜を従える私の能力に目を付けて懐柔してくるでしょうね。何しろ異界人に助けを求めるぐらいに帝国の人材は不足してるのだから』

『い、異界人?何の話だい?』



バルはカトレアの言葉の意味が分からなかったが、カトレアはそんな彼女を抑えつける男達に命令を下す。

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