第33話 ギルドマスターの教え

『さあ、殺しなさい』

『はっ……』

『ギ、ギルドマスター!!正気に戻ってくれよ!!』



抑えられたバルにウラクは剣を抜き、彼女の顔に剣先を構えた。そんな彼にバルは訴えるが、カトレアは嘲笑う。



『無駄よ。どんなに強くい男でも私の術には逆らえない』

『このくそ女!!絶対に殺してやる!!』

『うるさいわね……何をしてるの、さっさと殺しなさい!!』

『…………』



ウラクはバルに剣を構えたまま動かず、その様子を見てカトレアは訝し気な表情を浮かべた。しかし、バルだけは彼の剣が僅かに震えていることに気付く。



『ギルドマスター!!』

『ぐっ……うおおっ!!』

『ぎゃあっ!?』

『いでぇっ!?』

『なっ!?何をしているのよ!!』



バルを抑えつけていた冒険者に目掛けてウラクは剣を振り払い、彼に切られた男達は倒れる。それを見てカトレアは驚愕するが、ウラクは彼女にも剣を振りかざす。



『うおおっ!!』

『ひっ!?』



迫りくる刃にカトレアは悲鳴をあげるが、彼女の首元に当たる寸前に刃は止まった。ウラクは歯を食いしばり、身体を震わせながら倒れているバルに怒鳴りつけた。



『バル、逃げろっ……!!』

『ギルドマスター!?あんた正気に……』

『もう俺の身体は言うことを聞かん……まだ俺が正気を保っている内に逃げるんだ!!』

『こ、この……何してるのよあんた達!?さっさとこいつらを殺しなさい!!』

『はっ!!』



ウラクだけはバルを殺す寸前に正気を取り戻し、彼女を助けたが完全に術が解けたわけではないらしく、カトレアを傷つけることができなかった。カトレアは即座に他の男に命令すると、男達は刃物を取り出す。


このままではウラクが危ないと思ったバルは彼を助けようとするが、ウラクは彼女を庇うように立つ。そしてカトレアと男達と向かい合いながら告げた。



『俺はもう駄目だ……お前だけでも逃げろ!!』

『何言ってんだい!?あたしも一緒に……』

『こうして話しているだけでも精いっぱいだ!!いずれ俺はこの女に完全な操り人形と化す……そうなる前にこの女の正体を知らせろ!!』

『ふん、私の術に抗えるなんて大した精神力ね。だけどあんたはもう私に逆らうことはできないのよ』

『ぐああああっ!?』



カトレアはウラクに掌を構えた瞬間、全身の血管が浮き上がる。鼻や口や目元から血が流れ、それを見たバルは動揺する。



『あ、あんた何をしてるんだい!?今すぐに辞めな!!』

『無駄よ。もうその男は助からない、私に逆らうからこうなるのよ』

『ああああっ……早く行けぇええっ!!』

『うっ……うわぁあああっ!!』



ウラクの叫び声を聞いてバルは駆け出し、後方から何かが破裂した音が聞こえた。それでもバルは決して振り返らずに駆け抜け、他の冒険者の元へ向かう。



『お前等ぁっ!!あの女が本性を現した!!ギルドマスターがやられたぁっ!!』

『な、何だって!?』

『それは本当か!?』

『くそ、やっぱり魔人族なんて信用するべきじゃなかったんだ!!』



建物内で待機していた冒険者にバルは訴えると、彼等は武器を手に取って集まる。しかし、バルに遅れて現れたカトレアは街長と警備隊長の男と護衛を連れて堂々と現れる。



『ふうっ……面倒なことになったわね』

『あんた!!よくもギルドマスターを……絶対にぶっ殺してやる!!』

『やれるものならやってみなさい。但し、私が死ねばこいつらも死ぬことになるわよ』

『ううっ……』

『ああっ……』



カトレアと触れた男達は既に正気を失っており、虚ろな瞳で冒険者を見つめる。彼等は強靭な精神力で正気を取り戻したウラクとは違い、完全にカトレアに心を支配されていた。


部屋に入った人間がどのような手段でカトレアの術に嵌まったのかは分からないが、バルはウラクの態度が変わったのは彼女に触れた時だと思い出し、恐らくだがカトレアの身体に男が触れると彼女の言いなりになるのではないかと考える。



『男共!!あの女に触れるんじゃないよ!!肌に触れただけで操り人形にされるよ!!こいつはサキュバスだ!!』

『な、何だって!?』

『サキュバスだと!?本当にそんなのが居るのか!?』

『面倒な奴等ね……貴方達、やりなさい』

『うおおおっ!!』



冒険者はカトレアの正体がサキュバスだと知って驚くが、そんな彼等にカトレアは自分が魅了した男達を繰り出す。バルと他の冒険者は彼等を止めようとするが、正気を失った男達は容赦なく襲い掛かる。



『がああっ!!』

『お、おい!?こいつら様子がおかしい……ぎゃああっ!?』

『か、噛みつきやがった!?』

『おい、正気に戻れ……ぐあっ!?』



自分が傷つくことも恐れずに男達は冒険者に襲い掛かり、相手に抱きつき、中には噛みついてくる者もいた。バルは男達を操るカトレアを始末しようと大剣を振りかざす。



『くたばれ化物!!』

『面倒な女ね……相手をしてやりなさい』

『がああっ!!』



カトレアの前に警備隊長と街長が前に立ち、それを見てバルは刃を止めた。相手はあくまでも操られているだけの人間であり、彼等を殺すことはできなかった。



『くそっ!!邪魔するんじゃないよ!!』

『うがぁあああっ!!』

『それじゃあ、私は失礼させてもらうわ。そろそろあの子が戻って来る時間帯なの』

『待ちやがれっ!!』



警備隊長と街長にバルの相手をさせている隙にカトレアは出入口の扉へと向かい、彼女が逃げる前にバルは邪魔者二人を殴り飛ばす。



『すまないね、あんたら!!』

『ふぎゃっ!?』

『ぐふぅっ!?』



顔面と腹を殴られた二人組は床に倒れ、それを尻目にバルはカトレアを追う。背中に差している大剣に手を取り、彼女に目掛けて刃を振り下ろす。



『くたばれっ!!』

『……はあっ』



背後から迫ったバルに対してカトレアは振り返りもせず、大剣の刃が頭部へ迫る。だが、刃が当たる寸前でバルは腹に衝撃を受けた。



『がふっ!?』

『たかが人間が本気で魔人に勝てると思ってたの?』



カトレアは普通の人間ではなくサキュバスであり、彼女には尻尾が生えていた。その尻尾の先端部は刃物のよに研ぎ澄まされ、背後から迫ったバルの腹を貫く。


予想外の反撃を受けたバルは武器を手放し、彼女の身体から尻尾が引き抜かれると血飛沫が舞う。バルは両膝を付いて口元から血を流し、悔し気な表情でカトレアを睨みつける。



『こ、このっ……!!』

『あんた達、こいつを始末しなさい』

『うがぁあああっ!!』



振り返りもせずにカトレアは命令を下すと、他の冒険者を相手にしていた男達がバルに目掛けて突っ込む。バルは男達が繰り出した武器に身体中を突き刺され、意識を失った――






――それからどれだけの時間が経過したのか、バルは目を覚ますと自分がまだ生きていることに驚く。全身を突き刺されたはずだが辛うじて生き延びており、周りを見ると異様な光景が広がっていた。



『うああっ……』

『や、止めろ……離してくれ』

『嫌だ、助けてくれ……』

『お、お前等……!?』



虚ろな瞳の男達に傷だらけの冒険者達が運び出される光景が視界に広がり、バルは彼等を助けようとしたが身体は動かなかった。彼女も満身創痍であり、とても人を助ける余裕などない。


恐らくはカトレアに魅了された男達が傷を負った冒険者を無理やり外に運び出し、彼等を助ける余裕などバルにはなかった。彼女は一人だけ横倒れになった机の裏に隠れると、他の冒険者は全員が連れ出される。



(くそったれ……いったい何が起きてるんだい)



男達に冒険者全員が連れ去られた後、バルは懐に手を伸ばした。彼女は常備している回復薬が割れており、どうやら倒れた拍子に偶然にも回復薬の瓶が割れたことで身体中に回復液が染み広がり、奇跡的に生き残ったことを知る。



(一流の冒険者なら常に回復薬は常備しておけ……あんたの教えだったね、ギルドマスター)



ウラクの教えでバルは万が一の場合に備えて上等な回復薬を常備しておいたことが幸いし、一人だけ助かった。しかし、血を流し過ぎた影響でまともに身体が動けず、意識を失った――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る