第31話 街に起きた出来事

「バルさん!?目を覚ましたんですか!?」

「あん?あんたは……リリスかい!?どうしてあんたがここに!?」

「あの、大丈夫ですか?」



ステータスの改竄で「健康」となったバルは意識を取り戻し、肉体も万全の状態に治っていた。彼女はリリスを見て驚き、一方で隣にいるレアを見て首を傾げる。



「ん?あんたは誰だい?見たことない顔だね」

「あ、どうも初めまして。リリスの親友のレアと申します」

「あれ!?そんなに深い間柄でしたっけ私達!?」



リリスはレアの発言に驚くが、一方でバルは頭を抑えて自分が意識を失う前の出来事を思い返し、彼女は悔しそうに拳を床に叩きつける。



「くそっ、思い出した!!あたしは奴等に……畜生!!」

「落ち着いて下さい!!バルさん、いったい何が起きたんですか?」

「それは……」



バルは悔し気な表情を浮かべながら街に起きた出来事を語る――






――時は数日前に遡り、リリスが廃墟街の調査に出向いてた時に事件が起きた。セカンの街の上空に世にも恐ろしい化物が姿を現わした。


化物の正体は「火竜」と呼ばれる魔物であり、全身が真っ赤な鱗に覆われ、背中には翼を生やし、まるで西洋の「ドラゴン」を想像させる風貌の怪物が現れた。


魔物の中でも「竜」の名前が付く存在は非常に危険で獰猛な存在として知られており、その中でも火竜は有名な存在だった。火竜によって数多の街や都市が滅ぼされた。


そんな恐るべき火竜が街に現れたことで街中の住民が大混乱に陥り、魔物退治を生業とする冒険者さえも怯えてしまう有様だった。そして火竜は街の広場に降り立つと、その背中から全身をフードで覆い隠した女性が現れる。



『皆様、落ち着いて下さい。この火竜は私の僕ですので皆様に被害を与えることはあり得ません』



火竜を従えて現れた女性に街の人々は戸惑うが、冒険者と警備兵が駆けつけて女性と火竜を取り囲む。女性は武装した人間達に囲まれても一切動じず、不思議と透き通る声で話しかけてきた。



『私は争いを好みません。今日はこの街の皆様と話し合いを行うために来ました』



女性の言葉に集まった人間達は戸惑い、とりあえずは冒険者ギルドのギルドマスターが街の代表として会話を試みる。



『私はこの街の冒険者ギルドのギルドマスターを勤めるウラギだ』

『貴方様がこの街の代表ですか?』

『……そのようなものだ』



ウラクはギルドマスターになる前は一流の冒険者として活躍しており、火竜を従える女性を前にしても物怖じとしなかった。年齢は50才近いが未だに現役の冒険者にも劣らぬ実力を有しており、街の住民からも信頼の厚い男性だった。


女性はウラクが街の代表だと知るとフードで隠していた顔を晒し、それを見た人々は驚愕した。女性の頭には黒色の角が生えており、彼女の口元には牙も生えていた。



『私の名前はカトレア、今日は交渉のために訪れました』

『ま、魔人族か!?』



カトレアと名乗る女性を見てウラクは警戒し、包囲していた冒険者や兵士も武器を向けた。しかし、それに対してカトレアの後ろに立つ火竜が咆哮を放つ。




――グギャアアアアッ!!




街中に響き渡るほどの雄叫びに人々は震え上がり、兵士や冒険者さえも火竜の威圧を受けて身体が震えて動けなくなる。そんな人々の姿にカトレアは笑みを浮かべる。彼女の正体は人類に敵対する「魔人族」と呼ばれる種族であり、人類に最も被害を与えた存在だった。


魔人族は人間の頭脳と魔物の力を併せ持つ種族であり、かつては国を築いていたこともある。しかし、魔人族は人間を見下し、彼等を奴隷として扱っていた。しかし、世界中の国々が力を合わせて魔人族に挑み、結果から言えば彼等の国は滅びた。


だが、国が滅亡した後も生き残った魔人族は世界中に散り散りに散らばり、今現在も魔人族は世界中の国々が敵対している。そんな魔人族のカトレアが火竜を連れて現れたことに街の人々は恐れるが、彼女は意外な提案を申し出る。



『私は皆様と争うために来たのではありません。今日は交渉のためにきたのです』

『交渉だと!?』

『私の目的はただ一つ、人間と魔人族の争いに終止符を打ち、共に力を合わせて生きていきたいと思い、ここへやってきたのです』

『な、何だと!?』



カトレアの申し出に誰もが驚き、これまで魔人族と人間が和解したことなど一度もない。しかも魔人族の方から交渉を持ちかけてきたことに戸惑い、ウラクはカトレアに近付く。



『交渉しに来たとしたら何故そのような化物を連れてきた!!その火竜を利用して我等を力ずくで従えるつもりか!?』

『いいえ、この火竜は皆様と交渉するために必要だったのです。もしも仮に私一人で赴いた場合、皆様は話も聞かずに私を殺そうとするでしょう?だって、魔人族は嫌われ者ですもの』

『それは……』



ウラクはカトレアの言葉に言い返すことができず、帝国では魔人族は魔物と同一の存在として認識されている。だからカトレアの言う通りに彼女だけが訪れていたら冒険者達は迷いなく彼女を殺していたかもしれない。


火竜はあくまでも自分を守るために連れてきたとカトレアは説明し、決して街の人間に危害を加えるために訪れたのではないと語る。彼女の目的はただ一つ、これ以上の魔人族と人間の不毛な争いを終わらせるために来たという。



『私の夢は魔人族と人間が協力し合い、一緒に生きていく世界を築き上げることです。その夢の第一歩として皆様と仲良くなりたいのです』

『……我々と仲良くなるためならその火竜は下がらせるべきだろう』

『勿論です。貴方様が望むならば今すぐにでも火竜を下がらせましょう。但し、もしも私に手を出せば火竜は必ずやこの街を破壊し尽くします』

『何だと?我々を脅すつもりか?』

『いいえ、これは警告です。それに武器を構えている貴方達も十分に私を脅しているように見えますが?』



カトレアの言葉にウラクは痛いことを突かれ、彼は取り囲んでいる兵士と冒険者に合図を送って武器を下げさせる。それを見てカトレアは笑みを浮かべ、彼女はウラクに握手を求めた。



『どうかこの手を取って下さい。魔人族と人間の平和のために……』

『……本当に貴殿は我々と争うつもりはないのか?』

『ありません』



真っ直ぐと自分の瞳を見つめて断言してくるカトレアにウラクは手を差し出され、彼は警戒しながらも彼女の手を取った。この時に包囲していた冒険者の中にはバルも含まれ、彼女は二人が手を取り合った時に違和感を感じる。


しばらくの間は二人は無言で握手を行い、やがてカトレアの方から手を離すとウラクは冒険者と兵士に振り返って命令を与えた。



『お前達!!この御方は我々に危害を加えるつもりはないようだ!!今すぐに包囲を解け!!』

『えっ!?』

『し、しかし……』

『私の言うことが聞けないのか!?さあ、下がるのだ!!』

『ギ、ギルドマスター?いきなりどうしたんだい?』



先ほどまでと態度が一変したウラクに冒険者達は戸惑うが、ギルドマスターの命令なので言われた通りに彼等は武器を下げる。他の兵士も困惑しながらも一緒に武器を下ろすと、それを見てカトレアは笑みを浮かべた。この時にバルは嫌な予感を抱き、後に彼女をここで始末しなかったことを後悔した――

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