第25話 夜襲

リリスが眠ってから数時間が経過した頃、そろそろ眠気が限界を迎えそうなレアは彼女を起こして見張り番を交代してもらうことにした。



「リリス、起きて」

「う〜ん……私は掟に縛られる人間じゃないです」

「どんな寝言だ。それと掟じゃなくて起きてだよ!!」

「はわっ!?」



レアが大声をあげるとリリスは目を覚まし、彼女は欠伸をしながら身体を伸ばす。



「う〜ん、もう交代ですか?」

「俺もそろそろ寝たいんだよ。じゃあ、後は頼むよ」

「分かりました。でも、私は昼間は運転をしないといけないんですから早めに起こしますよ」

「分かったよ……」



馬車を運転できるのはリリスだけのため、夜の就寝時間は彼女が長いことにレアは文句を言えない。それでも眠気が限界なのでほんの少しだけ眠ろうとした時、遠くの方から狼の鳴き声が聞こえてきた。


最初は一角狼が現れたのかと思ったレアだったが、昼間に聞いた鳴き声と微妙に異なる気がした。リリスも狼らしき鳴き声を聞いて顔色を青ざめ、彼女の反応を見てレアは心当たりがあるのかと尋ねる。



「リリス?どうかした?」

「ま、まずいです!!この鳴き声はコボルトですよ!!」

「コボルト?」

「魔物の中ではゴブリンと同程度の危険性を持つ魔物なんですけど……」

「え?そうなの?」



ゴブリンと同程度という言葉を聞いてレアは安心しかけるが、リリスは夜空を指差す。彼女が指し示す方向にレアは視線を向けると、今日は満月だと知る。



「コボルトはゴブリンと違って珍しい特徴を持っているんです」

「特徴?」

「それは……満月の晩は狂暴性が増して肉体も大きくなるんです」

「という事は……」

「ええ……非常に不味い状況です」



リリスが説明を終えた途端、草原にコボルトと思われる咆哮が響き渡る。レアの眠気は吹き飛び、慌ててリリスは杖を構える。そして二人の前に現れたのは二足歩行の狼の化物が出現した。


コボルトは狼と人間の特徴を併せ持つ化物であり、童話の「狼人間」と瓜二つだった。しかも満月の影響でコボルトの肉体は強化され、体長2メートルを超える化物がレア達の前に現れる。ホブゴブリン並の体躯の狼の化物にレアは拳銃を構えた。



「く、来るなっ!!」

「あっ!?大きな音は……!?」



反射的に拳銃を抜いたレアはコボルトに対して構えるが、そんな彼を見てリリスは慌てて止めようとしたが、間に合わずにレアは弾丸を発射させてしまう。



「ギャンッ!?」

「どうだっ!?」



発砲音と共にコボルトの眉間に弾丸が的中し、予想外の衝撃を受けたコボルトは後方に数歩引き下がる。命中の技能のお陰でレアの射撃能力は格段に上がっており、コボルトを仕留めたかと思われた。だが、コボルトは眉間から血を流しながら鋭い爪を生やした指を伸ばす。



「ガアアッ……!!」

「なっ……!?」



コボルトは眉間に食い込んだ「弾丸」を器用に爪で抜き取り、銃弾を地面に放り投げる。その光景にレアは絶句し、その一方でリリスは彼の背中に隠れるように移動し、耳打ちする。



「あの……言い忘れていましたけど、コボルトは大きな音に反応すると興奮しやすい性格なんです。だから……」

「……やばいかな?」

「はい、やばいですね」

「ガァアアアアアッ!!」



傷を受けたコボルトが鳴き声を上げると、レア達は襲われると思ったがコボルトは二人を無視して馬車に繋がれている馬二頭に向かう。



「ガアアアアッ!!」

「「ヒヒィンッ!?」」

「なっ!?ポチとジョンがっ……!?」

「駄目ですよ!!もう間に合いません!!」



コボルトが馬車に向かう姿を見てレアは止めようとしたが、それをリリスが慌てて止める。コボルトは刃物のように鋭い爪を振りかざし、馬達の頭を突き刺す。二頭同時に頭を貫かれて死亡し、その光景を見てレア達は目を見開く。


唯一の草原の移動手段である馬車を失ったことよりも、レアは名付けまでした馬達が殺されたことに怒りを覚える。リリスを振り払い、彼は拳銃ハンドガンではなく狙撃銃スナイパーライフルを取り出してコボルトを撃つ。



「離れろくそがっ!!」

「ギャウンッ!?」

「おおっ!?」



狙撃銃から放たれた弾丸はコボルトの胴体に命中し、拳銃の弾丸よりも威力が高いのでコボルトの身体に血が滲む。レアはコボルトに容赦なく弾丸を撃ち続けた。



「うおおおおっ!!」

「ギャインッ!?」



何発も弾丸を受けたコボルトは悲鳴を上げて倒れ込み、そんなコボルトにレアは容赦せずに弾丸を撃つ尽くす勢いで発射する。しかし、後ろからリリスが注意する。



「ガアアッ!!」

「わああっ!?こっちからも来ましたよっ!?」

「なんだって!?」



リリスの言葉を聞いてレアは振り返ると、自分達の元に迫る新手のコボルトを確認した。どうやら仲間が隠れていたらしく、咄嗟にレアは狙撃銃を構えるが弾切れだった。



(しまった!?弾倉が空だ……でも、新しい弾倉を作る余裕なんてない!?)



狙撃銃が当てにならないと判断したレアは放り投げ、日本刀を抜いて構えた。リリスだけでも守ろうと前に出るが、コボルトはそんなレアに容赦なく爪を振り払う。



「ガアアッ!!」

「うわぁっ!?」

「レアさん!?」



一撃受けただけでレアの日本刀は弾き飛ばされ、圧倒的な力の差にレアは恐怖した。ホブゴブリン並の怪力にホブゴブリンにはない刃物のように鋭い爪を持ち、このままでは殺されると思った時にリリスが電灯を取り出す。



「喰らえっ!!」

「ギャインッ!?」

「それは……!?」



見張り番を行う際にレアはリリスに電灯を貸し、使い方を教えていた。焚火が消えた時に備えて化したのだが、リリスの機転で電灯の光を浴びたコボルトは怯む。この隙を逃さずにレアは解析を発動させてコボルトのステータス画面を開く。




――コボルト――


種族:コボルト(通常種)


性別:雄


状態:暴走


能力:狂化――月光を浴びている間だけ肉体が巨大化して狂暴性が増す



――――――――




コボルトのステータス画面を確認してリリスの言う通りに現在のコボルトは月光を浴びて肉体が強化されているらしく、通常種でありながらホブゴブリン並の体躯と膂力を得ていた。レアは状態の項目が「暴走」と記されているのを見て初めて見る状態異常だった。


暴走がどういう状態なのかは少し気になったが、今はコボルトを始末することを優先して指先を伸ばす。コボルトが怯んでいる間に「死亡」と切り替え、画面の更新を行う。



「ガアアッ!!」

「ひいいっ!?」

「危ないっ!?」



自分に目眩ましを喰らわせたリリスにコボルトは襲い掛かろうとしたが、文字を書き終えたレアは彼女に飛びつく。二人は一緒に地面を倒れると、コボルトは心臓発作を起こしたかのように身体が激しく震え、やがて地面に倒れた。



「アガァッ……!?」

「はあっ……ぎりぎり間に合った」

「ううっ……し、死ぬかと思いましたよ」



お互いに抱き合う形で地面に倒れた二人は倒れたコボルトを見て安堵するが、先ほどレアにライフルで全身を撃ち抜かれたコボルトが起き上がり、全身から血を噴き出しながらも迫る。



「ガアアアッ!!」

「ひいっ!?まだ動けるんですか!?」

「くそっ、しぶとい奴だな!!」



レアはリリスを離して落ちていた日本刀を拾い上げ、迫りくるコボルトに構えた。先ほどの銃の乱射でコボルトは全身に怪我を負っており、動きも大分鈍くなっていた。



「ガウッ!!」

「うおおっ!!」



コボルトが爪を振り下ろそうとした瞬間、レアは気合の雄叫びと共に日本刀を繰り出す。コボルトの胸に目掛けて突き出された刃は肉体を貫き、コボルトは目を見開く。レアは日本刀を手放すと、コボルトは胸に日本刀が突き刺さったまま倒れた。



「はあっ、はあっ……終わったよ」

「あ、終わりました?」

「ああ……って、何をしてんの?」



レアがリリスに振り返ると彼女は鍋を頭に抱えた状態で地面に伏せており、彼女の行動に呆れながらもレアは倒れた馬達に視線を向け、念のために解析の能力を発動させる。



「……駄目か」



技能を発動させても視界には何も表示されず、死体には解析は通じないことが判明した。残念ながら画面が表示されなければレアの文字変換の能力でもどうすることもできず、哀れに思ったレアは両手を合わせて馬達の冥福を祈る。

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