第2話 検査

レア達はバルトの案内で城内を移動し、歩いている間も色々と話を聞く。彼等が存在するのはバルカン帝国の首都である「帝都」の帝城であり、城の構造は中世の西洋の城を想像させた。移動の最中に何度か警備を行う兵士の姿を見かけ、レアは本当に異世界に飛ばされたのだと信じた。


この帝都には10万人の人口を誇るらしく。先ほど相対した皇帝はバルカン帝国の84代目の国王であり、バルトはこの国の大将軍を務めている。また、皇帝の傍に控えていた禿げ頭の老人は「ダマラン」という名前の大臣らしく、この国では皇帝の次に権力を持つ人物だと判明する。



「ここが勇者殿達の特別訓練場ですぞ」

「ここって……」

「今の時間帯ならば人も通りませんのでな。ここで勇者殿達の適性検査と、習得しているスキルの確認を行いましょう」



簡単な検査を行うと聞かされていたレア達は自分の身体を調べられるのかと思い込んでいたが、案内されたのは石畳で敷き詰められた地面に周囲が石柱で囲まれた不思議な空間に案内される。バルトによると今からここでレア達に自分の力を自覚して貰うための検査を行うらしい。



「僕達に何をするつもりですか?」

「まずはステータスの確認からだな。全員、言葉で口にするか、それとも頭の中で『ステータス』と唱えてくれ」

「ス、ステータス?まるでゲームの世界だな……」



バルトの指示に従い、全員が心の中で「ステータス」という言葉を唱えた瞬間、視界に異変が訪れる。



「うわっ!?」

「なに!?」

「きゃっ!?」

「わあっ!?」

「これは……」



全員の視界にゲームの画面ウィンドウのような映像が空中に出現し、表示された画面の上には自分の名前が記されている事に気付く。バルトの説明ではレア達の前に現れた画面こそ現時点の自分の能力を示す画面が表示されるという。



「恐らく今の勇者殿の視界に薄透明な四角い板のような物が出現したと思われるが、それが現在の勇者殿達の身体能力や魔力、習得しているスキルの種類を表示するステータスと呼ばれる魔法だ。これは誰にでも扱える魔法であり、このステータスを参考にしながら我々は訓練を行っている。ちなみに他の人間にはステータス画面は見えないから気を付けろ」

「す、すげぇっ……」

「マジでゲームみたいだな!!」

「……えっ」



他の人間が視界に現れた画面に驚く中、レアは自分の視界に表示された画面の内容に目を疑う。




――霧崎レア――


職業:無し


性別:男性


レベル:1


SP:1



――能力値――


体力:1


筋力:1


魔力:1



――技能――


翻訳――この世界の言語・文章を日本語に変換し、全て理解できる



――異能――


文字変換――あらゆる文字を変換できる。文字の追加、削除は行えない



――――――――



画面に表示された数値とスキルを確認し、慌ててレアは何度も見直すが、表示されている全ての数値が「1」で統一されていた。しかも最後の「異能」という項目には謎の能力が表示されており、文字を変換する能力の説明文に彼は動揺を隠せない。



「体力が150……これって低いのか、高いのか?」

「基本的に何の訓練も受けていない一般人の体力は50、この城の兵士は100前後、将軍クラスになると200を超える者で構成されていますな」

「ちっ、兵士よりはマシな程度か……まあ、レベル1だと考えればそんなに悪くはない数値か」

「うわっ……最初から覚えている能力もあるな。5個ぐらいあるぞ」

「そうなの?私は能力は3つだけど……あ、でも既に魔法を覚えているみたいね」

「あ、私は回復魔法が使えるみたいだよ~」

「……え?」



他の勇者達はレアと比べて圧倒的に高い数値を誇るらしく、しかも女性陣は既に魔法を習得していた。レアが覚えているのは「翻訳」の技能だけであり、この能力のお蔭でこちらの世界の言葉と文字を完璧に理解できるらしい。だが、それ以外の能力に関しては最低値であり、最後の異能と呼ばれる能力に関しては使い道が全く思いつかない。



「レベルが上昇すれば当然ステータスの数値も更新され、さらに新しい技能を覚えたり、場合によってはSPを消費して新しい能力も習得できる。では、勇者殿の職業を教えてくれないか?」

「この、ステータス画面の一番上の奴か?」

「そうだ。職業によっては能力値の成長に差が出てくるから早めに教えてほしい。ちなみに剣士や格闘家ならば身体能力の数値が伸びやすく、逆に魔法関連の能力は伸びにくい。魔術師の場合は反対に魔法の力が向上しやすいが、反面に身体能力の成長は低い」

「なるほどな……僕は剣士だ」

「私は魔術師と書いてあるわ」

「えっと、私は治癒魔術師と書いてあるよ」

「俺は戦士か……剣士とどう違うんだ?」

「なるほど……剣士に魔術師に医療魔導士、そして戦士か……ん?そこの君は何の職業だ?」



一人だけ黙っていたレアに気付いたバルトが振り返ると、彼は言いにくそうにステータス画面に表示されている職業の項目を口にする。



「えっと……無しと書いてあるんですけど」

「は?ナシ?そんな職業は聞いたことがないが……」

「……無し、とだけ書いてあります」



レアの発言に全員が呆気に取られた表情を浮かべ、バルトは考え込む素振りを行い、他の能力を確かめた。



「職業が無しと表示されるなど聞いたこともないが……では、能力値の数値を教えてもらえるか?」

「能力値が全部1なんですけど……」

「えっ!?」

「そ、それでは修得している技能は?」

「翻訳だけです……」

「ええっ!?」

「まさか……レア殿、ちょっと失礼!!」

「うわっ!?」



バルトは彼の前で恐ろしい速度で拳を突き出し、驚いたレアは尻もちを着いてしまうが、そんな彼の反応に周囲の人間達は訝し気な表情を浮かべた。



「だ、大丈夫かい?」

「おい、どうしたんだよ急に……別に悲鳴を上げるほどの事でもないだろ。びびり過ぎじゃねえのか?」

「えっ……えっ?」



他の人間に反応にレアは戸惑い、彼の視界にはバルトの拳がプロボクサー顔負けの速度で迫ったように見えたのだが、他の人間はどうして彼がそこまで驚いたのか分からないように不思議な表情を抱く。



「やはり……すまないが、キリサキ殿以外の者達は今の某の攻撃を見えてましたかな?」

「攻撃って……ゆっくりと拳を突き出したようにしか見えなかったけど」

「私でも避けられそうだったわね」

「え!?」



他の人間の言葉にレアは驚愕し、彼の場合は一瞬でバルトの拳が目の前に突き出されていた感覚だったが、他の人間達はバルトの攻撃を完全に目で捉えていたらしい。バルトはレアの反応を見てある考察を行う。



「やはり……どうやらキリサキ殿はこの世界に訪れた時に何らかの不具合が生じたのか、全てのステータスが子供並、いや下手をしたら赤子並に落ちているようですな」

「赤子!?」

「キリサキ殿、落ち着いて聞いて下さい。体力が1というのは普通の人間ならば命を落としかねない重傷を負った状態なのだ。だが、キリサキ殿の場合はあまりにもHPが低すぎるため、下手な怪我を負ったら命の危険に晒されるかもしれん」

「えぇえええええっ!?」



バルトの発言にレアは驚愕の声を上げ、彼の予測では下手に足を転ばせただけでも死亡する危険性があるらしく、他の人間達も同情するように彼に視線を向ける。



「お、落ち込む必要はないさ。いずれは元の世界に帰れるんだからさ」

「そ、そうですよ。仕方がない事です……まだ私達よりも子供なんですから、ステータスが低くても気にする必要ないです!!」

「こ、転ばないように気を付けてね?」

「まあ……その、どんまい」

「…………」



優しく言葉を掛けられる方が逆に心が傷付く事もあり、他の人間に同情されたレアは自分が悪いわけではないのにいたたまれない気持ちを抱き、それと同時に自分が「勇者」ではないことが確定した。




――最初にバルトが召喚される勇者が「四人」だけだと言われた時からレアは薄々と自分が勇者ではない事に気付いており、召喚の際に現れた魔法陣は他の四人の足元に現れた時、偶然にも彼等の傍に居た自分が魔法陣に巻き込まれた事に彼は気付く。




結果的にこれで勇者ではない存在が「レア」だと判明し、あまりにも貧弱過ぎる能力値のせいでレアは深いため息を吐いた。



「まさかこのような結果になるとは……申し訳ない!!恐らく、召喚魔法の不具合でキリサキ殿は他の方の召喚に巻き込まれたのであろう!!」

「……ですよね」

「それと申し訳ないが……今のキリサキ殿の状態では今後の戦闘や魔法の訓練には参加させることはできない。流石に転んだだけで死亡する可能性がある人間に激しい運動を避ける訳にはいかないからな」

「はあ……」

「まあ、子供は無理すんなよ。ガキは大人しく見学してろ」

「何か気づいたらお姉ちゃんたちに相談してね~」



バルトの説明によると他の勇者達はこれから訓練を行うらしく、能力が他の勇者の百分の一にも満たないレアは当然だが訓練に参加する事は許されない。それでも一応は見学は許可されたので彼は折角だから他の勇者の訓練を観察する事にした。



「では、キリサキ殿を覗いて……これから勇者殿には簡単な訓練を受けて貰う。まずは攻撃系統のスキルの訓練を行おう。ちなみにスキルを発動する際は必ずスキルの名前を発音させる事が重要だぞ。基本的に魔法の場合は掌か、あるいは杖などを装備していた場合は杖の先端から発言する事ができるが……」

「ふむふむ……」

「なるほど~」



バルトが説明を行う間、何も出来ないレアは彼の説明を聞きながらも自分のステータス画面を開き、何度見直しても全ての数値が「1」だと確認してため息を吐く。だが、ステータスの項目の中に気になる文字が表示されている事に気付き、偶然にもバルトが彼の疑問を答えるかのように説明を行う



「ステータス画面に表示されているSPは新しいスキルを覚えるのに必要な数値だ。このSPを消費すれば新しい能力を覚える事が出来るぞ。最も、職業上の問題で覚えられないスキルも存在するだろうが……」

「SPか……どうやって使用するんですか?」

「画面を開いた状態でSPを使用すると強く念じれば現時点で覚えられるスキルの一覧が新しく画面で表示される。最も新しいスキルを覚える度に消費するSPの数が増加するからSPを消費するときはよく考える必要があるがな」



説明を聞いたレアは自分の「SP」の項目に視線を向け、彼はバルトの説明通りにSPを使用する事を強く念じると、彼の視界に新しく「未修得スキル一覧」という画面が表示された。



「うわっ……こんなにあるのか」



レアの画面に表示されたスキルの数は百を超え、一つ一つに細かな説明文が表示されており、全てのスキルを確認するのは時間がかかると判断したレアは後で確かめることを決めて画面を閉じる。不意にレアは尿意に襲われ、バルトにトイレの場所を問い質す。



「あの……将軍さん」

「バルトで構いませんぞ。どうかしましたかキリサキ殿?」

「その、トイレは何処に……」

「ああ、それならばあちらの階段を上がった後、すぐ傍の通路を左に曲がると存在するぞ」

「すいません……」



バルトからトイレの居場所を聞き出したレアは彼に礼を告げ、トイレの場所に向かうために離れる。急ぎ足で彼は通路を通り過ぎようとすると、途中で最も出会いたくはない人間と遭遇してしまう。



「勇者殿」

「うわっ!?」



移動の際中にレアは後方から唐突に声を掛けられ、振り返ると何時の間にか彼の背後にはこの国の大臣の「ダマラン」が立っており、彼はあからさまな愛想笑いを浮かべて近づいてくる。そのわざとらしい笑顔にレアは嫌悪感を抱き、無意識に後退りながらも彼の名前を口にする。



「ダマラン大臣……さん」

「キリサキ殿は何をしておられるのですかな?他の方のように訓練には参加されないのですかな?」

「いや、その……俺は訓練に参加する事は危険らしいので……」

「ああ、そう言えばステータスに不具合が生じて参加できないのでしたな。まさか勇者に巻き込まれた人間がいるとは……はっはっはっはっ!!」



どうやら事前にバルトとの会話を盗み聞きしていたのか、ダマランはレアの事情を知っていたようであり、わざわざ彼自身に意地悪く問い質して彼の口から訓練を参加できない理由を聞いた後、彼は高笑いを行いながら立ち去る。そんな彼の後ろ姿にレアは呆気に取られ、自分を馬鹿にするためだけに現れたのかと苛立つ。

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