第2話 ウエストタウンの脅威・2

 五日かけて、エルミードとカンウはウエストタウンに到着した。

「よ、ようやく宿屋が……一人の部屋で寝られる」

 散々鼾に悩まされたエルミードは、四天王の調査という本来の目的へまい進する余裕もなく、まずは宿屋に向かった。

「へい、らっしゃい! お客さん! どのような部屋をお探しで!?」

「静かな部屋! 一番静かな部屋にしてくれ。多少高くても良いから!」

 エルミードが血涙を流して詰め寄るが、主人は冷静だ。


「……静かな部屋ですか。確かに当宿屋には離れに静かな部屋がありますが」

「離れ! そこがいい!」

 仮にカンウが別の部屋に泊まっても、離れまでは聞こえてこないだろう。

 何だかんだ言って皇子である。宿屋の予算くらいなら糸目はつけない。

「……ただ、ここ三か月で70パーセントくらいの割合で客が失踪しているのですが」

「何だっていいから静かな部屋にしろ!」

 とにかく静かな環境で寝たい。

 エルミードの剣幕に押されて、主人は部屋を手配した。


 案内されたエルミードは部屋を見渡し、顔をしかめた。

「……何だか怪しい部屋だな」

 当初は、静かなら何でも良いと思っていたが、部屋はかなり怪しい。

 黒い長髪の無表情な人形が数体、虚ろな瞳がこちらを見つめているし、部屋に飾れた絵の女の瞳が動いているような感がある。

「風呂にでも入るか……」

 気にしていたら負けだ。

 そう思い、エルミードは風呂に入ることにした。

 ここまで移動してくる間、カンウがうるさくて満足に寝てもいないし、これといって休息をとれる場所もなかったことから風呂にも入れていない。

 この離れには独自の風呂がついているということで、気兼ねなく風呂に入れる。

「ハハハ、色々疲れている時にはじっくり風呂に浸かって眠るのが一番だ」

 エルミードは独り言を口にして部屋の風呂へと向かった。


 入ったところで足を止める。

「……何だ、この風呂は?」

 風呂は風呂である。岩場で作られた露天風呂だ。

 しかし、風呂の中から黒い腕のようなものが無数に伸びていた。

 誰がどう見ても、風呂に入ればあの黒い腕に底まで引き込まれそうだ。


『貴様は何者だ~!?』

 遂に風呂の中から誰何の声が聞こえた。


 どうやらとんでもないところに来たようだ。

 そう思いつつも、エルミードは事実を伝える。

「私はラドラ・ハイレディン大将軍の配下でエルミード・タトルだ。ウエストタウンで難事があると聞き、ラドラ将軍に派遣された」

 これで事態が改善するとは思えないが、嘘をつくと余計に悲惨な目に遭いそうなので正直に申告した。


 しばらく黒い腕の動きが止まる。

『ラドラ……ルドル様の孫!?』

『ルドル様の部下が参られた!』

『風呂に入られよ! マッサージして進ぜましょう』


 急に態度が変わった。

 エルミードは半信半疑だが、ここまで来ると逃げても逃げられないと思って風呂に入った。

 黒い腕が全身のいたるところにつかみかかるように伸びる!


 そのまま、気持ちよいマッサージが始まった。


 エルミードはここ数日の災難もあって、風呂場で眠りそうになったのであった。

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