第8話 近衛隊の装備

 二時間後、採用が決まったエルミードは不承不承、王都キャピタルの武具屋を訪ねていた。


「ラドラ大将軍様の下で働くことになった」

 とだけ言うと、人の良さそうな口ひげの濃いマスターが満面の笑みを浮かべる。

「何と! ラドラ様の下で! それでは早速、王国近衛隊の装備を持ってきますね」

「うむ……、それで、その一つ聞きたいのだが……」

「何でしょう?」

 マスターがけげんな顔で振り返る。


「まさかと思うが、あの不思議な眉などを入れたりはしないよな?」

 ラドラの直属する近衛隊は、帝国でも評判が高い。

 それは能力の高さもあるし、一目見ただけで忘れられない威圧的な見た目にもあるという。

 ただ、その見た目について実際に見たことがない。

 エルミードは今まで「さぞやキラキラの鎧でも身に着けているのだろう」と考えていた。


 だが、ラドラ本人を見た今、その想像が揺らいでいる。

 全員があの白粉に眉、お歯黒をしているのではないかと思えてきた。それならば間違いなく一目見ただけで忘れられない威圧的な見た目だ。

 帝国の子供達が見たらあまりの怖さに夜、眠れなくなる可能性がある。


「ハハハ、あのような素晴らしい面相は、大将軍様にしか許されませんよ」

「そ、そうか……そうだよな」

「皆様、こちらの面を被られるのでございます」

 マスターは笑いながら、カウンターの上に女面のようなものを置いた。


皆様が被る面:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16818023213148770122


「嫌だぁぁぁ!」

「ど、どうされたのです!?」

「全員がこの面をつけるのか!?」

「もちろんですとも!」

 マスターは両手を合わせてうっとりとした様子で語り始める。

「100人の近衛隊が一様に面をつけて、進軍する。何と美しい情景でありましょう」


(夜中に見たら、一生もののトラウマになりそうだ……)

 エルミードは面を眺めて頭を抱える。


 とはいえ、これも「嫌だと言っていた」と報告されれば、サラーヴィーに警戒されるかもしれない。


「はぁぁ……」

 一時間後、エルミードは仮面を抱えて溜息をついていた。

 こんなものをつけて、帝国領に入ったら、不審者扱いされて戦闘になること間違いないだろう。仮に自分がつけているということが分かれば、帝国中で笑いものになる可能性がある。


(しかし、この部隊と戦闘になったら、帝国軍が集中して戦えないなぁ)


 兵士というものは恐れられてナンボと思っていたが、この部隊は全く違う方向性を目指している。

 それでいて、実は強いかもしれないのだから厄介極まりない。


(あのラドラという男は、恐ろしいのか、単なる馬鹿なのか。分からん……、分からなさすぎる)


 最初に潜入を言い出した時に、兄が言っていた言葉を思い出した。


「エルミード、おまえは優れた才能を持っているが、まだ若い。人生には経験を必要とする事柄も多いのだ。おまえに潜入捜査ができるとは、思えない」


 そういうことなのだろうか。

 ラドラは人生の酸いも甘さも知り尽くした者でなければ、推し量ることのできない人物なのだろうか。

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