第45話 憧れの人
◇優視点◇
「私ね……中学の頃、イジメられてたんだ」
「えっ……」
白瀬の口から飛び出したのは衝撃の告白だった。
クラスのマドンナ的存在で、誰からも好かれる彼女にそんな過去があるとは到底思えなかった。
「すごく弱気でクラスの隅っこで本を読んでいるような生徒だったから、格好の的だったみたい」
今とはずいぶん違う人物像で驚くが、高校に入ってからガラッと変わる人もいるだろうから不思議な事ではないか。
「親は仕事の都合でほとんど家にいないから相談もできなくて、先生たちに話しても学校側は大事にしたくないから注意するだけで根本的な解決には動いてくれなかったし、むしろイジメっ子たちは注意されたことが面白くなかったからか、見えないところでイジメはエスカレートしていった」
「…………」
「……それでもクラスが変われば、彼女たちと違うクラスになれるかもしれないって、小さい希望に縋って耐えていたんだけど、進級してもイジメっ子たちの大半と同じクラスになっちゃって。……そんなときに追い打ちをかけるように……大好きな兄が事故で亡くなったの……」
白瀬はそこまで話して、一旦深呼吸をする。
正直想像以上の内容で困惑している。
「……兄は私が唯一頼れる人だった。イジメられていた私の相談に乗ったり、気分転換にいろんなところに連れ出してくれたり、世話を焼いてくれる人だったんだけど、その兄もいなくなって……。私はそんな現実から目を背けたくて、兄が搬送された病院を飛び出して、大雨の中傘も持たずに走った」
大切な人が突然いなくなったことを受け止めきれない気持ちは俺にもわかる。
もちろんすべてを理解できるわけではないが、同じような経験が自分にもあるので、共感はできる。
「もう察しはついていると思うけど、君に会ったのは兄が亡くなったと聞かされた日だよ。病院を飛び出して雨の中走って転んだ私に君が傘を射して声を掛けてくれたんだよ」
白瀬にそこまで言われ、記憶を掘り起こす。
雨の日、転んでいた女の子、傘……。
「……もしかして、白瀬……そのとき三つ編みに眼鏡かけてた?」
「お、うんうん。そうだよ、その少女が私」
「……マジか」
たしかに前にずぶ濡れの三つ編みの女の子に傘を渡した記憶がある。
いまのいままで忘れていたし、なによりそのときの女の子を白瀬と結び付けるにはあまりに容姿が今と違い過ぎる。
今の白瀬は三つ編みではなく、ミディアムショートヘアにコンタクトだ。
わかるはずもない。
「容姿が違うって言うのもそうだろうけど、きっと忘れていたのは、そのときの君にとって私に声を掛けることは当然のことで、当たり前のことだったからだと思う。君はいい人だから」
「それは過大評価だ」
「ううん、過大評価じゃない。雨の中転んでいた私を見て、いろんな大人が立ち止まってはまた歩き出したり、見て見ぬふりをしたりする中、君だけ迷わずに」
先ほどまで暗い話をしていたためか、声のトーンも低かったが、いまでは温かみのある声で話している。
「私がケガしてるのを見て絆創膏をくれたり、濡れているからと使っていないタオルがないかを自分の鞄から探し始めたりと、その時の君はやたら世話を焼こうとして……私は正直、なんだこの人って感じだったんだけど」
「……それはごもっともな感想だ」
転んでケガをして、濡れているからとそこまで世話を焼こうとしてくるのは、警戒心の強い人からすれば間違いなく変な人だろう。
聞いてて段々と過去の自分が恥ずかしくなってきた。
「だから私、そのとき聞いたの。……どうして私によくしてくれるの?って……そしたら君は」
「「いいことは、いつか自分に返ってくるから」」
「あ、ハモった」
「……だな」
二人して可笑しそうに笑う。
いいことはいつか自分に返ってくる、か。
懐かしい言葉だ。
「……そのときはこうも言っていたかな?『だから俺は今のうちにたくさんいいことして、将来たくさんのいいことを堪能するんだ!』って」
「やめろやめろ。言うな……過去の自分を殴りたい」
「あはは……何言ってるんだろうね、この時の君は」
「う、うるさい」
「まあ、きっと場を和ませるための冗談だったんじゃないかって思ってるけどね。言ってる内容はアレだけど……」
「ぐっ……!」
「まあ君のおかしな言動は一旦置いておくとして、君の言葉を聞いた私はふと自分を振り返ってみて、誰かのために何かしてみようって動いたことあったっけ?って思っちゃって。いつも誰かのせいにして、自分から何もしてなかったんじゃないかって。それに気づいた途端、なんだかわからなかった問題の答えが分かったような気がして、心が少しだけ軽くなるのを感じたんだ」
「…………」
「それから私は変わろうと努力して、周りと積極的に話をするようになって、段々と友達もできて、イジメもなくなって……。君のおかげで、私は変わることができた。君が居なかったら、私はきっといまでも暗いままで下を向いて、教室の隅っこでひっそりと過ごしていたと思う。……最悪の場合、自暴自棄になって、命も絶っていた可能性だって、あのときはあったんだから。だから、早乙女君は恩人なんだよ」
「……大げさだ。その時の俺は、ただ世話焼きな奴だったってだけだ。立ち直れたのは白瀬自身がその意思を持っていたからだ」
きっかけにはなったかもしれない。
でも決意したのは白瀬自身だ。
俺としては、白瀬は立派だと思う。
「ううん、君のおかげだよ。あの時の優しい君が、私を変えてくれた。憧れの人って言っても過言じゃないくらいにね。だからそんな君が同じ学校の同じクラスにいるって知ったとき、すごく嬉しくて、仲良くなるきっかけがほしくて声を掛けたんだ。それがあのときの話」
「……そういうことだったのか」
「そのときに私の恩人で憧れの君が、それを否定するようなことを他でもない早乙女君自身が言ったから、私はどうしようもなく怒れてきちゃって喧嘩みたいになっちゃって……」
「…………」
「結果的にそれが君の立場を悪くするようなことになっちゃったから、私はずっと何とかする機会をうかがってた。そんなとき、君が橋本さんの手伝いをしているところを偶然見かけて、それで橋本さんに協力もしてもらって……そしたらちょうど早乙女君がくじ引きで実行委員に選ばれたから、これを利用しない手はないって感じで……」
「なるほどな」
これでいろいろ話がつながった。
過去の俺が白瀬を変えるきっかけになり、高校で再会した俺と言い合いになる。
それによりクラスでの俺の立場が悪くなったのを気にした白瀬は、どうにかできないかと考えていたら橋本と俺がプリントを運ぶところを見かけ、橋本を協力者として引き入れる。
文化祭実行委員という絶好の機会が訪れ、あの行動に出た。
まとめるとこんな感じか。
「今更だけどごめんね?みんなの前であんなこと……」
「いや気にするな。どのみちクラスメイト達との関わり方は考えようとしていた。むしろそのきっかけをくれて感謝している」
「それならよかった」
二菜にも言われた通り、いざっていうときに頼れる人がいないのは結果的に困るのは自分なので、どうにかしようとしていた。
今回の結果だけ見れば、みんなに謝罪する機会ももらえて、挽回するチャンスまでもらえたのだから、むしろ俺のほうが得をしている。
「……俺はもう、お前が憧れたって言ってくれたような奴じゃないけど、ろくでもない奴にはならないように、努力する。俺にも、嫌な奴にはもうなりたくないって理由があるからな」
俺は、アルフィリアの隣に立っても恥ずかしくない男でありたい。
そのためには、学校の人間関係もいまのままにしておけない。
だから、俺はこの文化祭実行委員の仕事をしっかりこなして、まずはクラスメイト達の信頼を勝ち取る。
そしたら……アルフィリアに過去と気持ちを伝える。
「……そっか。応援してるね」
「ああ、ありがとう。それじゃあまずは目の前の仕事だな」
「だね!ごめんね、長話になっちゃって」
「まあ俺が聞いたことだし、パパっと済ませよう」
「うん」
俺たちは昔話も一区切りにして、作業に戻る。
いろいろ衝撃的な話も多かったが、白瀬の話を聞けて良かった。
白瀬の憧れにはもうなれないだろうが、せめてこれ以上は裏切らないように努力するのが、俺にできることだろう。
俺と白瀬はそれからお互いに雑談は程々にしつつ、残りの作業を片付けるのだった。
帰りが遅くなり、アルフィリアを心配させてしまったのはまた別のお話―—。
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