第44話 白瀬薫

◇優視点◇


 活気を取り戻したクラスメイト達に振り回されながらも、なんとか文化祭の出し物が喫茶店に決まった。

 といっても確定ではなく、他のクラスの出し物との兼ね合いや使える場所の関係などで変更せざるを得ない場合もあるので、第二候補としてお化け屋敷(風ラーメン屋になりかけたが……)も入れてある。

 今度他のクラスの実行委員も交えた会議があるので、そこで無事要望が通れば喫茶店ができるので、そこはなんとか頑張りたいところだ。


 というわけで、俺と白瀬はそのときの会議用のみんなの意見をまとめた資料の作成と、希望用紙を書いたりするために放課後に教室で残って作業をしていた。

 ―—正直、若干気まずい。


 先ほどの一件で、白瀬に対して疑問が残っている。

 彼女はなぜ、あんな行動を取ったのか。

 それ以前になぜ俺がくじ引きで実行委員に決まった瞬間に立候補したのか。

 入学して間もない頃に、俺は彼女にひどい態度を取って傷つけ、てっきり嫌われているものだと思っていた。


『……みんな勘違いしてるみたいだけど、私は別に早乙女君のこと嫌いじゃないよ?』

『それに、早乙女君はいい人だよ?』


 だが、想像に反して彼女の中の俺は相当評価が高いのはどういう訳か。

 橋本からプリントを運ぶのを手伝ったことを聞いていたとしても、彼女からここまで高い評価を受けるほどのことを俺は何もしていない。

 謎が深まるばかりだ。


「……早乙女君、手が止まってるけどなにか考え事?」

「あ、悪い」


 考え事に没頭して手が止まってしまったらしい。

 白瀬は不思議そうにこちらを見つめている。

 

 このままでは仕事が進まないし、いっそ本人に聞いたほうがいいか。

 なんせ目の前に白瀬本人がいるのだから、答えを聞くのにこれ以上の相手はいないだろう。


「聞いてもいいか?」

「なにかな?」

「……さっきなんであんなことをしたんだ?」

「あんなこと?さっきの出し物決めの時の話?」

「ああ」


 俺が質問したことで、白瀬は一度作業の手を止めてこちらに顔を向ける。


「……なんでだと思う?」


 白瀬は少し揶揄うような表情を浮かべながら逆に質問してくる。

 わかったら質問しないんだが……。


「考えても分からないから聞いているんだが……」

「ふふっ……それもそっか」


 ほんとに何を考えているか分からない。

 まともに話すのもこれが初めてのはずだが、俺を揶揄って面白いのだろうか。

 やはりあのときのことを根に持っていて、仕返しのつもりだろうか。


「私がどうして君を庇うようなことをしたか、か……」

「……白瀬にひどいことをしたと今では思っているから、俺を庇う理由が分からない。お前は俺に対して、怒っていたし嫌われていると思っていたからな」

「たしかにあのときは傷ついたなぁ。『お前を手伝ったところで俺に何のメリットがあるんだ?メリットが何もないならお前ひとりでどうにかしろ』って冷たく引き離されて、私もついカチンと来ちゃったからね」

「ぐっ……」


 俺の真似をしながらあの日の言葉を口にしつつ、裏のありそうな笑顔を浮かべる。

 やはり根に持っているのか?

 いや、絶対に持っている。


「ご、ごめ……」

「あー謝罪はもういいから。それで私がどうしてみんなの前であんなことをしたのかって話ね。主な理由はみんなの早乙女君に対する誤解を解くためかな」

「なんでまた……」


 どう考えても、みんなの俺に対する悪評、印象の悪さは自業自得だ。

 それは白瀬が責任を感じるようなことではないはずだ。


「その話をするには、まず私があの日、君に声を掛けた理由から話さないといけないから結構長くなるけど、大丈夫?」

「それは別に構わないが……」


 どうやら今回の説明は、あの入学当初の話にまで遡るらしい。

 アルフィリアには実行委員で遅くなることはメッセージで送ってあるから問題はないが。


「……私、実は高校入学する前……まあ中二くらいのときかな。そのときに君に会ってるんだよ」

「……はっ!?」


 衝撃の事実を告げられ、素っ頓狂な声を上げてしまった。

 俺と白瀬が中学二年のときに会っていた……?

 

「その様子だと、やっぱり覚えてないんだね」

「マジで覚えてない」

「まあ会ったのはその一回だけだし、お互い名乗ったわけでもないから覚えてないのも無理はないよ」


 覚えていないのも無理はない、と白瀬は言うが、彼女は俺のことを覚えていると言うことは、それなりの出来事だったはずだ。

 だが、どんなに頑張って思い出そうとしても思い出せない。


「……君と初めて会った日は、私いろいろあってすごく落ち込んでてさ。雨が降っているのに傘を忘れるし、滑って転んで泥まみれになるしで散々だったんだ」


 白瀬はその日のことを懐かしそうに、胸に手を当てる。

 まるで、何か大切な物がそこにしまってあるかのように。


「でも頼れる人は周りに居なくて、もうどうしようもないって、疲れ切ってたとき……君に声を掛けられたんだ」


 彼女が語り出したのは、当時の俺にとってはで、彼女にとってはがあった日の話だった――。

 

 

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