第27話 サミット対策

 東京警察庁。

 とある部屋を、エレナ・ヴォルフは訪れていた。

 応接用のソファのクッションは心地よく、出された紅茶の葉もいいモノが使われているようだ。


「まさか来て下さるとは……」


 白髪交じりの眼鏡の男が、頭を下げた。


「では、帰りましょうか?」

「い、いえいえいえ! まさか、そんな! ご足労頂き、本当に感謝しております!」


 慌てて手を振る彼、佐伯孝夫は、公安と呼ばれる部門の部長である。

 エレナは、世界でも珍しいダンジョンの性質を持つ人間で、様々な国と関わりを持つ。

 一見すると年頃の少女だが、世界レベルで重要な人物なのだ。

 基本的に不公平のないよう、各国の政府機関とは距離を置くようにしているが、今回は別であった。


「確かに、これまで幾つもの国で、重要な政治的イベントがあった際にも、私は協力してきませんでした。どこかの国に協力することで、他の国とのバランスが崩れる懸念があったこともありますが、人の事は人の手で、するべきだと思ったからです。私が手伝わなかった結果、無関係な人に不幸な出来事が起こる事もありました。それでもです」

「ですが、今回は、協力頂けると……何故でしょうか」


 佐伯の側からすれば、当然の疑問だろう。


「人以外が、関わる可能性があるからです。こちらの画面をご覧下さい」


 エレナはポケットからスマートフォンを取り出すと、メモアプリを取り出した。


「日付と場所……これは、原因不明の消失事件ですね」


 エレナが説明するより早く、佐伯は察したようだ。

 記されている場所は、日本ではなく様々な国の地名であるにも関わらずだ。

 これは、話が早いとエレナは思った。


「さすがですね。そう、村や街がゴッソリと更地になった事件です。生存者は当然ゼロですが、生死不明なので失踪扱いになっています。……私も分かりませんが、おそらく全滅。運がよければ、生き残りはいるかもしれません」


 こんなことができる人間に、エレナは心当たりがあった。

 個人としては名前も性別すらも不明だが、種族として走っている。

 佐伯が、眼鏡をクイ、と上げた。


「……ヴォルフさんの話から推測すると、これは、もう一人、ダンジョンと化した人間がいるということですか?」


 エレナの心当たりを、佐伯は当ててみせた。

 そう、エレナはできる。

 しかしこれはエレナの仕業ではない。

 となると、誰かがエレナと同じ能力を使ったのだ。

 エレナはメモアプリの別のページを開いた。

 調べた内容は一応頭に入っているが、念のため再確認する。


「はい。最初の事件の数日前に、アマゾン熱帯雨林にあったダンジョンが攻略されました。探索者協会のデータにアクセスできる権限があったので確認しましたが、ジョン・キャンベルという探索者のパーティーが行方不明です。このダンジョン攻略の筆頭とも言われていたパーティーです。……その中の誰かが、おそらくダンジョンと化した。探索者五人の過去を調べた方がいいでしょうね。おそらく、この吉良という日本人でしょうけれど」


 筆頭パーティーの構成は五人。

 エレナのメモには、顔写真と職業と名前が記されている。

 軽戦士職のジョン・キャンベル。

 盗賊職のカルロス・サントス。

 聖騎士のソフィー・ブルトン。

 僧侶職のアナンシャ・ハデル。

 魔術師職の吉良アツシ。

 パーティーとして非常にバランスがいい。

 そして何より気になるのは、この吉良アツシ。

 七三分けの眼鏡の男のニヤけ顔である。


「分かるのですか」

「いえ。ただ、この人は凶相をしています。人を殺す事を何とも思っていない、ではなく、人を殺すのが楽しくてしょうがない。鬼の顔です」


 村や街を消したのも、能力を把握する為だけではない。

 それぞれの事件に目を通してエレナが感じたのは、これを楽しんでやったということだ。

 そしてそれを、隠そうともしない。

 これはあくまでエレナの印象であり、一般的な根拠とはならない。

 それでも佐伯は、自分のスマートフォンを取り出した。


「ありがとうございます。調べてみます。データをお願いできますか?」


 エレナは自分のメモ内容を、佐伯のスマートフォンに転送した。


「話を戻しますが、頼みというのは来月のサミットでのダンジョン対策でしたね」


 そもそも、エレナがこの部屋を訪れた本題は、それであった。

 来月開催される、国際的なイベントだ。

 テロなどが警戒される中、現代において重要な要素がダンジョンである。


「はい。何とかなりますでしょうか。どこかのダンジョンが攻略されると、世界のどこかにランダムでまたダンジョンが発生する法則。まず、ないとは思いますが、会場に出現されたらと思うと大変困ります」


 これはもおう、一種の自然的脅威と言ってもいい。

 公安警察も対策の取りようがない問題である。

 サミットの期間中、世界に存在する全てのダンジョンの攻略を禁止する、などできるはずがないのだ。


「それに関しては、大丈夫です。ただ、来月なんですよね……」

「時間に、問題があるのでしょうか」


 佐伯の問いに、エレナは頷いた。


「最初のお話。つまり、サミットの開催会場にダンジョンを出現させないという点に関しては、先に申した通り、問題ありません。ただ、懸念があるとすればもう一人、ダンジョンと化した人間の件です。ダンジョンとなり、能力を把握したその人物は、次に何をするでしょうか」


 会場にダンジョンを出現させないようにする方法は、単純なのだ。

 ただ、別の問題が事態をややこしくしている。

 それが、もう一人のダンジョン人間だ。


「同族と接触する……?」


 佐伯は少し考え込み、顔を上げた。

 エレナも同意見だ。


「ここ数日、あまり居心地がよくないんです。直接相対した訳ではありませんが、ずっと見つめられているような、そんな感覚があるんです。おそらくその相手が、もう一人のダンジョン人間です。サミットのタイミングと合うと、最悪です。……いえ、言い換えましょう。向こうはそのタイミングに合わせてきています」


 村や街を平然と消してのける相手なのもあるが、エレナの勘がそれを告げていた。

 エレナの話を聞いていた佐伯は、軽く手を上げた。


「整理させてください。まずサミットへの対策は、どのような手段があるのですか?」

「単純な話、私がサミット会場にいる事です。ダンジョンとダンジョンの間隔は常に一定の距離があります。つまり、ダンジョンがある場所にダンジョンは発生しません」

「なるほど! 確かにそれは、間違いない方法ですね!」


 エレナの説明に、佐伯は膝を手で打った。


「ただし、例外があります。件のもう一人のダンジョン人間。彼、もしくは彼女が自分の足で、サミット会場に乗り込んでくる可能性があります。私がいなくても、乗り込んできそうですが」


 世間に騒動を起こしたいなら、各国の首脳部が集まるサミットはうってつけだろう。

 人を襲うもよし、サミット会場をそこにいる人ごと更地にするもよしだ。

 エレナの考えを読んだかのように、佐伯が眉に皺を寄せた。


「人を殺すのが楽しくてしょうがない人が、厄介な能力を得てサミット会場に来るとか、本当にやめて欲しいんですけど……つまり、狙いは各国のVIPですね」


 でしょうね、とエレナは頷いた。


「人を大量に殺したいのなら、ニューヨークでもロンドンでもいいんですよ。東京という線もありますけど。世界に混乱をもたらしたいなら、今回の場こそ相応しいと思いませんか?」


 エレナが言うと、佐伯は渋い顔をした。


「……発想が最悪すぎます。要するに、ヴォルフさんがいてもいなくても、サミット会場が狙われる可能性は高い、と」

「もちろん、来ない可能性もあります。ですが、タイミングを考えると、そうなりそうです。すみませんが、サミット開催までに用意してもらいたいモノがあります」


 サミットが来月というのが、エレナの懸念材料の一つだ。

 時間が限られている。


「何でしょうか。ご用意できるモノなら、全力で取り寄せますが」

「ダンジョンコアです。つまり、探索者に一つでも多くダンジョンを攻略してもらってください」

「ダンジョンコア……しかし、あれは」


 佐伯は、難しい顔をした。

 その理由は、エレナも分かる。


「はい。ダンジョンの外に出たモンスターと同じように、時間経過と共に消滅します。まずは必要な理由からお話します」

「お願いします」

「先に述べた、村や街が消滅した事件と関わりがあります。あれは、今私達がいるこの世界と、ダンジョンを入れ換えた結果です」

「何ですって……!?」


 佐伯は驚愕した。

 できるのだ、そういうことが。


「ダンジョンという異界をこちらに出現させた結果、こちらにあった村や町はダンジョンのあった場所に取り込まれてしまいます。そうして吸収後、外に出したダンジョンを戻すと、そこにあるのは更地……というのが、事件のカラクリです」


 より正確には、ダンジョンの一部である。

 どの程度までできるかは、エレナにも分からないが、少なくとも村や街単位程度なら、可能ということは感覚が理解している。

 村なら、すぐ近くから置換が可能。

 街レベルなら高い所から全景を確認して置換、といったところか。

 都市レベルになると、おそらく厳しいと思う。

 それでも、サミット会場クラスなら、楽勝でダンジョンと置換できるだろう。


「ダンジョンコアを用意するのは、それを防ぐ為、という訳ですか」

「はい。サミット開催会場は私がいるから無事だとしても、その周辺に恐れがあります。しかしそこにダンジョンコアがあれば、それを防ぐ事ができます。ダンジョンコアとは、ダンジョンそのモノでもあるのですから。そして消失するダンジョンコアですが、私の周辺でしたら、消える事はありません。私の周辺……数十メートルの範囲ですが、ダンジョンの性質がありますから。サミット当日までの保管は問題ありません」

「ああ、確かダンジョンの研究で、そういう論文には目を通した事があります。なるほど、分かりました。各国にも呼びかけて、ダンジョンコアの収集を依頼しておきます」


 あまり大量に持って来られると、日常生活に支障をきたしそうではあるが、仮にそうなったとしても一月程度我慢すればいいだろう。

 ともあれ、サミット対策の目処はついた。

 もう一人のダンジョン人間がどう動くかは分からないが、来たなら来たで迎え撃つだけだ。

 後は、相手を倒す覚悟を決めるだけ……。

 と、そこで部屋を誰かがノックした。

 佐伯が「入れ」と命じると、部下らしき男が入ってきた。

 エレナの方を見たが、そのまま佐伯に視線を戻した。


「森の件か」

「はい」


 佐伯には、男の用件が分かっていたようだ。

 上司だから当然か、とエレナは紅茶を飲みながら、話を聞く。

 隠しているようでもないし、問題ないだろう。


「対象が消えました。行方を眩ませたとか、そういう意味ではなく、そのままの意味です」

「分かった。原因の調査を続けてくれ」

「分かりました」


 男はそのまま、部屋を出て行った。

 森、対象の消失。

 エレナには、心当たりがあった。

 酔狂な金持ち達が、ダンジョン産のモンスターを戦わせる遊びに興じ、それがエスカレートして人間では制御出来ない最強のモンスターが解き放たれた。

 ダンジョン産のモンスターは、ダンジョンの外では長くは生きられないのでエレナは静観していたが、それが裏目に出たようだ。

 この辺りの詳細は、報道では流れていなかったが、巨大モンスターの情報は割と知られている。

 そして、それが唐突に消えた。


「最悪ですね」

「は?」

「例のダンジョン人間に取り込まれましたよ、そのモンスター。ダンジョンとなった人の倒し方について語ろうと思いましたが、先手を打たれました」


 ダンジョンと化した人間を倒す方法の一つは、ダンジョンコアを破壊する事だ。

 しかし、そこに厄介な守護者ガーディアンが用意された。

 まあ、できる事をするしかありませんね、とエレナはもう一口、紅茶を飲みながら考えるのだった。

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現代に、ダンジョンが出現いたしまして 丘野 境界 @teraokan

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