第26話 火の恩恵
洞窟タイプの某ダンジョン。
四人のパーティーが、モンスターを相手に戦闘を行っていた。
パーティーの構成は、戦士、盗賊、魔術師、僧侶だ。
大剣を振るう屈強な戦士とメイスを得物にしている禿頭の僧侶が前線、弓矢で支援する少女盗賊と火の魔術を使う青年魔術師が後衛となっている。
「『
詠唱を終えた魔術師が、火の球をモンスターへと放つ。
悲鳴を上げて、モンスターが消し炭と化し、魔石が残る。
こっちの担当はこれで終わりかとホッとしたのもつかの間、すぐ隣で盗賊が叫んだ。
「ヤバい! モンスター追加来るよ!」
前衛二人はまだ、残ったモンスターの対処中だ。
そっちのサポートをするよりも、モンスターの増援への対応を優先するべきだろう。
「こっちで対応する! 『
新たな火の魔術を唱え、迫り来るモンスターの集団に範囲攻撃を解き放った。
高い火の波が、モンスターへと迸っていった。
ダンジョンを出たパーティーの一行は、探索者協会の出張所で魔石の換金を終え、そのまま近くの居酒屋に飛び込んだ。
打ち上げである。
まだ夜も始まったばかりで、客の入りは六割といったところか。
魔術師は酒をあまり好まないので、まだ未成年の盗賊とともにソフトドリンクだ。
ダンジョン周りの飲食店は、未成年の探索者もよく利用するので、これは珍しい事ではない。
四人は、運ばれてきた飲み物のグラスを打ち合わせた。
「今日もお疲れ! 大きな怪我もなし、絶好調じゃん」
言って、上機嫌の盗賊がコーラを呷る。
この四人は、休日のみに集まる、日曜大工ならぬ日曜探索者達であった。
「調子はいいんだけどさぁ」
一方、グラスを両手に包み込む魔術師の顔は冴えない。
今回、一番活躍したのにも、関わらずだ。
「何だよ。ずいぶん含みのある言い方だな。何か悩みか?」
戦士が飲むのはビールだ。
既に社怪人、魔術師の記憶では確か、運送会社勤務だという。
「オレ、火の魔術使ってるでしょう?」
「そんなことは、みんな知ってるぞ? なあ?」
戦士が同意を求め、他二人も頷いた。
まあ、矢除けや弱体化といった無属性以外は火の魔術しか使っていないのだから、当然ともいえる。
「火の魔術の何が問題なんです?」
首を傾げるのは、禿頭の僧侶。
戦士と同じくビールを飲む彼は、実際お寺の住職でもあった。
この中では最も年長者であり、皆の相談役でもある。
「ほら、探索者のステータスってさ、モノによっては外に反映されるじゃないですか? 基礎ステータスとか」
「まあ、俺なんてそれが目的な部分もあるしな」
戦士が、ムキッと腕の筋肉を見せつけてきた。
自慢するだけあって、見事な力こぶだ。
感心したように、僧侶がその力こぶを見た。
「運送会社勤務でしたっけ」
「そうそう、体力が付くって勧められてな。実際、ずいぶん楽になったぜ。経済的にもな」
ガッハッハ、と戦士が笑う。
「私はお金目当てだけど、実生活で得したことは特にないかなー。あ、でも、ちょっと面白いことはあるかも」
盗賊が、思い出したように言った。
「っていうと?」
ちょっと気になったので、魔術師は話を振ってみた。
「テレビとかでマジックやってるの見ると、タネが分かるようになった」
「確かに、得じゃねえけど、面白くはあるな」
なるほど、と戦士が頷く。
ふむ、と僧侶も何やら考え込んだ。
「……それは例えば、カジノのポーカーとかブリッジとかでも、活かされるのでは?」
「おお、確かに! 大儲けできるかもしれねえぞ」
僧侶の提案に、戦士は強く手を叩いた。
居酒屋の店員が注文していた料理を持ってきて、これがテーブルに並んでいく。
それを眺めながら、魔術師が口を開いた。
「いや、おそらくその辺は、カジノ側も対策済みじゃないんですかね。スポーツ系だって、一般と探索経験者とはカテゴリー分けられてるでしょ? 競技にならないからって」
そう、現代にダンジョンが出現してから、色々なモノが変わってしまった。
社会全体がそうだが、基礎ステータスの身体能力向上は、特にスポーツに大きく影響した。
フルマラソンを一時間で走りきり、野球では空気摩擦で比喩抜きの火の玉魔球が放たれ兼業探索者のキャッチャーがそれを受け止め、棒高跳びの高さを助走なしで跳躍する。
普通のスポーツ選手と、区別分けされるのは当然の成り行きであった。
知力や動体視力もまた向上していて、カジノが何らかの手を打っていることは充分に考えられた。
「それはあるよねー。まあ、ポーカーはともかくブリッジはアタシ、ルール知らないんだけど」
「世の中、そんなに甘くないってことか。話戻そうぜ」
戦士が、魔術師を見た。
「今の話の通り、ダンジョンの外でも探索の経験が反映されることがある。でまあこれ、魔術師も同じでして。例えば水魔術だと、泳ぎが早くなるらしいんですよ。まあ今の例だと夏場のプールとか水泳選手しかメリットないみたいだけど、風呂や温泉での疲労効果も違うらしいです」
「あ、それいいなあ。温泉行きたい」
盗賊が、カラアゲを摘まみながら言う。
「温泉いいよなあ。いやいや、また話が脱線しそうになってるな。っていうことは、土だとアレか。農作物の育ちがよくなったりとか」
戦士が首を傾げながら、そんなことを言った。
魔術師は頷き、バターコーンをスプーンで自分の取り皿に盛っていく。
「そういう噂を聞いたことがあるんですよ。で、風の魔術はですね、夏の暑さと冬の寒さが緩和されるんだとか」
「うわ、それも羨ましいかも。寒いのはやだなあ」
「精霊術師の意見も聞いてみたいですね」
盗賊と僧侶が、それぞれの意見を述べる。
「で、火の魔術はほら、こう……火じゃないですか?」
魔術師は、どう表現すればいいのか、何とも曖昧な言い方をした。
意味的には、ダンジョンの外にあるこの世界では、火をメインとする魔術師の恩恵が今一つないのではないか、ということであった。
いやまあ、損得で火の魔術を使っている訳ではないが、何だか、他の属性よりも、やはり損をしているのではないか? と、そう魔術師は思うのだ。
うーん、と唸っていた盗賊が、魔術師をフォローするように口を開いた。
「た、焚き火が上手くできるようになるとか?」
「確かに、火ってのは日常生活だと、あんまり縁がねえな。風呂の湯沸かしが早くなるとか?」
「温泉ー!」
戦士の言葉に、盗賊が即座に反応した。
アルコールは入っていないはずなのに、一番テンションが高い。
「それはいいからよ」
盗賊のノリに付き合っているとキリがないので、戦士は流した。
「そもそも、そうした外でのメリットを考えるのも不毛かな、と私は思いますが」
僧侶は大人らしく、冷静な意見だった。
「身も蓋もねえ意見が出たな」
グビッと、戦士はビールを飲んだ。
「探索において、彼の火魔術は極めて有用です。殲滅力もそうですし、ボス戦での切り札としても、頼りにしています」
「あ、ええと。真顔で褒められると、照れますね」
穏やかに語る僧侶に、魔術師は少し気恥ずかしくなった。
「だから、あまり気に病む必要もないと思うのですが、それでも気になさるのでしたら……一つ、アルバイトをしてみませんか? 確か学生でしたよね」
僧侶の唐突な提案に、魔術師は面食らった。
「え、ええ、そうですけど」
「親戚のところなので、勉学や探索にも理解がありますよ。何より飲食店なので、賄いがあります」
そう言って、僧侶はニッコリ笑った。
某中華料理店。
俗に言う町中華と呼ばれる、個人経営の一般的な中華料理屋の昼は、正にかき入れ時と呼ぶに相応しい状況だった。
店は満員、外にも何人か行列ができている。
「二番、炒飯一つ!」
「はい!」
接客担当の女の子の声で注文が入り、厨房に立っている魔術師は大きな鍋を揺すって米を炒める。
「いやー、君が来てくれて助かってるよ。どこかの店で仕事してたのかい?」
すぐ傍で麺を茹でているのは、僧侶の親戚でもある、この店の店主だ。
愛想のいい初老の小男である。
「い、いえ。ここが初めてです」
嘘ではない。
そもそも、料理だってこれまでそんなにしたことはなかった。
しかし、この店で料理を教わり、実際に仕事を始めると、驚くほど上手くいっていた。
特に、炒飯のような、ダイレクトに
口コミで評判が広まり、この店はかなり客が増えていた。
「そうかいそうかい。もちろん勉強と探索優先してくれていいけど、ウチの仕事も頑張ってくれると嬉しいなあ。給料、上げるよ」
「む、無理のない範囲で、やらせてもらいますね」
「何ならウチを継いでくれてもいんだぞ。今なら、嫁もついちゃうけど、どうだい?」
何だかとんでもない事を言い出す店主に、魔術師はどう答えていいか分からない。
すると、客席の方から怒声が飛んできた。
接客担当の彼女は、店主の娘である。
「何、馬鹿な事言ってるのよ!? 君も今のはスルーするように!」
「わ、分かった」
偶然ではあるが、店主の娘は、魔術師の高校時代のクラスメイトであった。
「おーい、注文いいかーい」
「あ、はーい! 少々お待ちくださーい!」
父親を叱責していた彼女が、客席の方へと戻っていく。
さて、作業に戻るかと魔術師が鍋を振るうと、それに応えるように火の勢いも増すのだった。
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