第25話 ダンジョン崩落中

 某ダンジョン、階層主部屋。

 ボスの名は、下級レッサードラゴンである、シノビドラゴン。

 ブレスは毒霧。

 素早い移動で壁から壁へと跳躍し、時にはその壁や天井へと張り付く。

 舌を鞭のように伸ばし、最大の特徴は周囲の風景と同化する透明化だ。

 シノビドラゴンの眷属であるゲニントカゲを、使い魔である天使型モンスター、ルミナエルと共に全滅させた畑中カズヤは、ドラゴンというよりカメレオンじゃないの? と思っている。

 そのシノビドラゴンは、今は部屋の一番奥で石像と化しているが、ゲニントカゲを全滅させればその石化が解ける。

 そしてその条件は満たした。

 残っているのは、この、今まさに灰色の石から緑色の鱗の色を取り戻しつつある、シノビドラゴンだけだ。

 それは、いつも通り。

 普段と違うのは、地面が揺れている点だ。

 そして、空間全体が薄れつつあった。

 白みを増していて、このままだとホワイトアウトとなるだろう。


「ルミナ」


 喉から唸り声を出し始めたシノビドラゴンから目を離さず、畑中は己のマジックバッグをルミナエルに預けた。


「え、マスター?」

「全力でゲニントカゲの魔石とドロップアイテムを回収してくれ。それが無理なら一カ所にまとめといて。よろしく」


 揺れは続くし、空間の白色化も進行中。

 畑中も、この体験は初めてだが、噂通りなら間違いない。

 このダンジョンが、攻略されたのだ。

 ダンジョンコアは破壊されたか、持ち去られたか。

 どちらにしろ、このダンジョンは近い内に崩壊する。

 猶予はもう、一時間もないだろう。

 となると逃げるか戦うかしなかいのだが、畑中は武器である棍を構え直した。

 石化の完全な解除はあと少し、それまでに回復や戦闘の準備を整える必要があった。


「戦闘続行するのですか!? この状況で!?」


 ルミナが驚きながら、防御力強化の魔術を畑中に施す。器用である。


「俺らしくないと思うか」

「はい、思いっきり」


 ルミナは、素早さ強化の魔術も重ねて畑中に掛けた。

 畑中も、回復薬ポーションを飲む。


「……今からじゃ、ダンジョン脱出も間に合わない。なら、最後に一暴れするだけさ」

「茶番は置いておいて、本音は?」


 ニヒルに笑って格好を付けた畑中だったが、ルミナは乗ってくれなかった。

 白い目で、ルミナを見た。


「本当に失礼だね、君。そもそも、階層主の部屋は、階層主倒さないと脱出できないだろ?」

「言われてみれば、確かに。逃げる算段はそもそもナンセンスでしたね」


 そう、活路は目の前のシノビドラゴンを倒すしかないのだ。


「まー、実際脱出する時間はないし、ならギリギリまで稼ごうかと思ってさ。勝算自体は、普通にあるからね」

「それはまあ、結構な回数、戦ってきましたからね」


 このダンジョンには何度も潜っているし、この階層主部屋にも何度も訪れている。

 目の前のシノビドラゴンの相手自体は、慣れているのだ。


「眷属は全部倒したし、あとはアイツだけだ。……タイムアタックだな」

「ただ、話に聞いた通りでなければ、全部水の泡ですよ?」


 話に聞いていた通りなら、戦いの最中もしくは終わった後、畑中は無事に外の世界に戻ることができる。

 テレビのダンジョン特集やネットの情報でも、それは確認している。

 しかし、いざ実際に自分が体験するとなると、話は違う。

 入手していた情報が本当なのか、心が揺れるのだ。

 まあ、そういうところは畑中にもある。

 が、畑中の場合は少し違っていて、もはやこの状況ではどうにもならないと、かなり開き直っていた。


「さっきも言ったけど、今から脱出しようにも間に合わないよ。かといって、時間まで戦わず逃げ回るっていうのもなぁ。精神的にしんどいし。そもそもこの階層主部屋、部屋が長方形情けで逃げ場も隠場もないし」

「分かりました。では、ご武運を。あと、回復が必要な時は呼んでくださいよ」


 ルミナエルは、マジックバッグを手に、ゲニントカゲの魔石やドロップアイテムの回収に向かう。

 その姿を見送り、畑中は呟いた。


「回復薬がなくなるぐらい頑張るつもりはないよ」


 大きく息を吐くと、首をもたげて大きな両目でこちらを見下ろす、シノビドラゴンに向き合った。


「さて、始めようか」


 一人と一匹の戦いが、始まった。




 外の世界は、大騒ぎになっていた。

 このダンジョンがあるのは、元は鉄工所のあった場所だ。

 ダンジョンが出現し、鉄工所は市によって買い取られた。

 跡地はだだっ広いコンクリートの広場となり、遠くにプレハブの探索者協会出張所が存在する。

 探索者協会の職員が総出で、ダンジョンから脱出してきた探索者を保護し、収縮していく黒い穴ダンジョンの周辺に人を避難させていく。




 重い音を立てて、シノビドラゴンの巨体が階層主部屋の石畳に倒れた。

 緑の身体が徐々に灰色に、石へと戻ったかと思うと、硬質の音を立てて砕け散った。

 その場に残ったのは、ラグビーボールほどの大きさの緑色の魔石だけとなった。


「ふぅ……って、一息ついてる場合じゃないな! もう一踏ん張り!」


 風景が、白色に薄れていく。

 時間は残りわずかだった。

 畑中は魔石を小脇に抱えると、部屋を見渡した。


「マスター、こっちです!」


 声のする方向へ、畑中は迷わず駆け出した。

 ルミナエルの足下には、まだマジックバッグに収納されていない魔石やドロップアイテムが山となっていた。

 回収最優先で、この場に集めてくれたらしい。


「充分充分。とにかくこれ全部、マジックバッグに入れていこう。バッグの口、開けといてくれ」

「はい!」


 ルミナエルにマジックバッグの口を開けさせ、そこに畑中はシノビドラゴンの魔石を突っ込んだ。

 それを終えると、足下の魔石やドロップアイテムも詰め込んでいく。

 その作業もどうにか間に合った。

 視界はもう殆ど聞かない。

 せいぜい、ルミナエルのいる場所の気配が分かる程度だ。


「よし終わった。今日もお疲れさん」

「ねぎらいの言葉を口にするには、中途半端な場所ですけど。階層主部屋のど真ん中ですよ?」

「話通りなら、今回はここでお別れだろ」

「それは確かに」


 ルミナエルからマジックバッグを受け取り、畑中は周りを見渡した。

 全部、真っ白だ。

 ダンジョンを脱出できたなら、使い魔のルミナエルも強制的に送還される。

 別れの挨拶は、ここでするしかないのだ。


「では、お疲れ様でした。珍しく、頑張りましたねえ」

「さあ、どうなるか」


 畑中の、足下の感覚がなくなる。

 浮いているのか落ちているのか分からない。

 やがて、手足の感覚や五感も薄れていった。



 黄色と黒のロープが張られ、ダンジョンを中心に、半径数十メートルは空白地帯となっていた。

 やがて、ダンジョンは左右の石板と共に消滅した。

 同時に、まだダンジョンの中にいた探索者達が、地上へと瞬間転移された。


「うおおおお!」

「あああああ、俺のドロップアイテムがあああああ……!!」

「た、助かったぁ!!」




 悲喜交々の声が上がる中、畑中もコンクリートの床にへたり込んでいた。

 抱えているマジックバッグも、無事である。

 ルミナエルの姿は……やはり、消えていた。


「……話通りか。何とか、生きて帰れたみたいだな」


 空を仰ぐと、気持ちがいいぐらいの晴天だ。

 周りには、まだ呆けている探索者も大勢いる。

、探索者協会の職員達がこちらへと駆け寄ってくるのは、ダンジョン崩壊状況の聞き取り調査の為だろう。

 ダンジョンがなくなることは過去にも何度もあるが、データは多い方がいい。

 畑中はダンジョンがあったと思しき場所を見たが、当然そこには何もない。


「しかし、いい稼ぎ場だったんだけどなあ、ここ。また別の稼ぎ場探さないとかー……」


 立ち上がり、うーんと大きく背筋を伸ばす畑中であった。

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