第18話 『定命の蝋燭』

 とある居酒屋。

 ペット同伴のそこでは、座敷の下の三和土に秋田県の血を引く雑種犬が寝そべっていた。

 ただの犬ではなく犬神という、使い魔の一種である。

 名前はあかりという。

 一方座敷では、一組の男女が向き合って酒を酌み交わしていた。

 男は四十になる、あかりの主人、鴨野コウメイ。

 女は、鴨野の警察時代の後輩になる、熊谷ハルナだ。年齢は二十代後半だが、まだ学生にも見える若作りだ。


「はあぁぁぁ……」


 ドン、と中身が半分に減ったビールジョッキを、ハルナはテーブルに叩き付けた。

 その衝撃に、テーブルに載った料理の皿が、軽く浮いた。

 一方、鴨野は平然と、ジョッキを傾けていた。


「犯罪者を取り逃がしでもしたか、後輩。そんなペースで飲んでいたら、潰れるぞ」

「そしたら先輩に送ってもらいますよー」

「ああ、君の家なら知ってるしな」


 鴨野の答えに、む、とハルナは口をへの字にした。


「ええい、ここはホテルにな、とかボケるところでしょうが先輩!」

「どうやらまだ突っ込めるだけの元気は残っているようだな。ちなみにそれやると、君の親御さんからの信用を失うだろ」

「そういえば、ウチの親にもご挨拶してましたね」

「先輩としてな」

「鈍感系主人公みたいなとぼけ方するよ、やめてくれません!?」

「ただの事実だ。……それで?」


 鴨野は、ヤケ酒の理由へと水を向けた。


「先輩が先輩だった頃に、繁華街で殺傷事件起こしたチンピラ捕まえたことあるじゃないですかー」


 ふむ、と鴨野は記憶を辿ってみた。


「相手のナイフ奪って刺した奴か?」


 殺意は否認したものの、殺した相手とは金銭トラブルもあり、刑務所に送られた事件だ。


「そうそれ。ちょっと前に刑務所出まして」

「今日、再犯でもしたか?」


 ここでハルナが飲んでいるということは、管轄は違ってそうだ、と鴨野は推測した。

 ニュースでまだ見ていなかったから、重犯罪でもなさそうだ。


「何で分かるんですか!? 空き巣です!」

「話の流れから、君が一番不機嫌になりそうな展開をチョイスしただけだ」

「ううう、本当に腹立つ。あんな奴、一生ムショにぶち込んどけばいいんですよー」

「犯罪者の更生とか、難しいよな。警察は罪を裁く場所じゃない。ただ、犯罪者を捕まえるだけだ。だが、犯罪者と罪に向き合う仕事でもある」

「先輩は警察辞めても、結局犯罪者捕まえてますね」


 鴨野の今の仕事は賞金稼ぎだ。

 ダンジョンが出現して、常人を超える力を発揮する犯罪者が増えた。

 通常の警察では対処しきれないそうした連中を相手にするのが、探索者であり同時に代々鴨野家に受け継がれてきた魔術師でもあった。


「俺の場合は、警察よりも効率的な手段を、自分で持ってたからな。それに、チームプレイが嫌いな訳じゃないが、一人でやる方が性には合ってる」


 そういえば、と鴨野は鞄から細い蝋燭を取り出した。

 今のハルナの話を聞いて、思い出したのだ。


「先輩、それは?」

「今日、潜ったダンジョンで手に入れたアイテムでな。『定命の蝋燭』という。割と浅いところで見つかるアイテムなんだが、火を点けると己の寿命が分かるんだ。つまりソイツがダンジョンを探索中に力尽きると、蝋燭の火が消える。ダンジョン内の生死はこっち、つまり外の世界じゃ分からないからな。よくも悪くも、家族は探索者が無事か分かる。そういうアイテムだ」

「へぇー。……え、これもしかして、蝋燭継ぎ足したりとか、できたりします?」


 ハルナの思いつきに、鋭いな、と内心舌を巻く鴨野だった。


「できる。ただし、火の点いていない新しい蝋燭になるが。もし火の点いている別の蝋燭を継ぎ足すと、その二人は合体する」

「……は?」


 火の点いた蝋燭は即ち、使用者の魂そのモノだ。

 他の火の点いた蝋燭を継ぎ足せば、その魂が混じり合うのだ。


「頭には前後に顔、腕四本足四本臓器が倍の化物になる。嘘じゃないぞ。探索者協会のヤバい記録に存在する。誰もそんな存在にはなりたくないから最初に試した一人と、その記録を疑った一人を除いてはやってないけどな。正確には最初の一人に犠牲者一人、疑った一人は友人の探索者と冗談半分だったっていうから、可哀想な犠牲者は一人になるか」


 鴨野の話を聞いて、ハルナは顔を引きつらせた。


「怖い怖い怖い。先輩、酔いが醒めます」

「でも、もっと怖い話があるぞ」

「今のよりも怖いんですか?」

「『定命の蝋燭』はまあ、そういう性質のアイテムだったから、家に置いておくのも怖いっていうんで、近くの寺に預ける人も多いんだ」


 ちなみに、一度火を点した『定命の蝋燭』には、ちゃんとそれを消す為の『鎮魂の如雨露』というアイテムも存在する。

 それはそれとして、鴨野は話を続けた。


「寺の方も管理費として収入が入るしWin-Winというやつだな。どれぐらい昔になるか……俺がまだ警察に入りたてぐらいだったから、君は全然子どもだったはずだ。それぐらい古い話になる」

「それは確かに、私は知らないと思います」

「そのお寺はダンジョンにも近くて、そこそこ交通の便もいいこともあり、百を超える『定命の蝋燭』を管理してたんだ」

「あ、話の展開が読めました。大雨か火事ですね。それで、蝋燭の火が消えて……」

「オチを先に言うな。大体合ってるけど、大雨でも火事でもなかった。夏の盛り、法事が退屈になった檀家の子どもが寺の中を探索しててな。……その手には水鉄砲があった。寺のすぐ傍に川もあって、水遊びもできたんだよ」

「うわぁ……」


 何が起こったか、ハルナも察したようだ。

 残酷すぎる、子どもの悪戯だ。


「結果、百人単位の死者が出た」

「ひえぇ、その子は……」

「本当に怖いのは、ここからだ。当時、ダンジョンのアイテムへの法整備は不完全だった。そもそも、法律を作るのに年単位の時間が掛かる上、アイテムの数は膨大。その効果の検証時間だって必要だった」

「え……もしかして、え? もしかしちゃいます……?」


 その、もしかしてである。

 子どものやったことは、罪に問われなかった。


「因果関係が不十分かつ、そもそも法律で有罪無罪が決められていなかった。間に合わなかったというべきかな。だが、法的な因果関係の立証はできなくとも、『定命の蝋燭』というアイテムが存在し、火を消して人が死んだのは事実だ。遺族の恨みを恐れたのか、子どもとその家族は夜逃げした。どこに逃げたのかまでは分からん」

「それは確かに、怖いですね」

「この話のキモは、二つあってな」


 鴨野は一拍置いた。

 そして、ハルナを見た。


「その子どもが『定命の蝋燭』の効果を知っていたのか、知らなかったのか、今も不明のままだってのが一つ」

「えっ?」

「その子が、知らずに大量の蝋燭に水ぶっかけたのならまだともかく、知っててやってたとしたら?」


 ハルナは、はあぁ……とため息を漏らした。


「酔いがすっかり醒めちゃいましたよ……それで、まだ二つ目もあるんですよね?」


 うん、と頷いて、鴨野はハルナを指差した。


「最初に君が話していた内容だよ。やけ酒になってたのは、何でだ?」

「そりゃ、捕まえた犯人が、出所した途端に再犯……」


 当時、火を消した子どもは今も行方知れず。

 だが、知ってか知らずか、百人単位の人間の命を奪った彼がもし、今も生きていたとしたら。

 そういうことを思い出して、鴨野は『定命の蝋燭』の話をしたのだが、首を振った。


「いや、もう十何年も経過したことだし、さすがにないとは思うが」


 そこで、ヒョイと座敷の下の三和土から、犬が顔を出した。

 鴨野の使い魔である、あかりである。


「主も、酔っておりますね。それ以上はやめておくべきです」


 人語を解すあかりが、思ったより真面目な口調で鴨野に釘を差した。


「そうか?」

「普段の主なら今の話は口にしなかったでしょう。これまでは何もなかったかもしれませんが……言霊というモノがございます。もしくは噂をすれば影」

「しまった……」


 鴨野は、迂闊、と顔をしかめた。

 あかりの指摘通り、自分は思っていたよりも酔っていたようだ。

 そういえば、話しながらジョッキを何度か、おかわりしていたような気もする。

 一方、ハルナは鴨野とあかりのやり取りに、戸惑っていた。


「え? え? ど、どういうことです?」

「いや、寝た子を起こしたというか、もしかするとこれから、何かとんでもないことが起こるかもしれない、ということだよ」


 もしかすると、怖い話の二つ目のキモを今、引き寄せてしまったかもしれないなと思う、鴨野であった。

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