第17話 死体運びの臨時収入

 地下鉄の通路に似たダンジョンを、探索者の坂木原キイは歩いていた。

 ポニーテールにまとめた髪が、歩くたびにユラユラと揺れる。

 左手にはロープを握っており、肩越しに大きな荷物が三つ、ズルズルと後ろに引きずっていた。

 死体袋である。


「今日もまた、大量だったねえ」


 キイが呟くと、後ろの荷物に掛かるキイの影に青い光が二つ灯った。

 キイと契約している積もったゴミの妖怪、塵塚怪王のラビである。その姿はゴミで作られた巨大なゴーレムだが、普段はこうやって、キイの影に潜んでいる。


『死体が増えることは、あまり喜ばしいことではないがな』


 ややため息が混じったような念話で、ラビは答えた。

 こうしてキイが、重い死体を三つも引きずって、出口に向かえるのは、ラビが憑依しているからでもあった。

 女の子一人の力で、この量は普通に無理だ。

 今回の仕事は、一週間経過しても戻ってこない探索者の家族が、ダンジョンを調査して欲しいというモノであった。

 正確には、戻ってきていない探索者の調査は常時依頼で幾つもあり、今回キイ達が発見できたのが、最近張られた依頼の一つだったので、依頼と回収の因果関係は逆になる。


「けれど、遺族の立場からすれば、ちゃんと埋葬できるブツがあるのは、悪いことじゃないよ。亡くなったこと自体は置いておいて」

『幸い、今回はすべて、見られる死体であったし』


 死体袋に入った探索者の死体は、今回はマシなモノであった。

 三人とも矢に貫かれて死んでおり、原形を留めている。


「そうそう。顔が陥没してたり、上半身と下半身分かれてるのとかもあるからねえ」


 思い出すだけで、キイはゲンナリとした。

 ラビと契約してから、キイはそこそこ強くなった。

 キイ自身の実力も加わって、探索者としては中級上位ぐらいにはなっているだろう。

 結果、探索者の死とも多く関わるようにもなっていた。

 その辺の恐怖感なども憑依しているラビのお陰か、ずいぶんと緩和はされているのだが、死体に慣れるとか、あまりキイは望んでいなかった。


『しかしキイよ。お主、すっかり死体運びとして有名になってしまっておるぞ』


 それも、望んでいないモノの一つである。


「ははははは。……でもしょうがないじゃん。持ち帰れるんだから、持ち帰らないと。タグだけでもいいかなーとも思うけどね……」


 依頼の内容は、行方知れずとなった探索者の結末だったので、実際タグだけでもいいのだ。これを持ち帰るということは即ち、タグの所有者は死んだということなのだから、

 ラビに取り憑かれる前ならば、キイもタグだけにしていただろう。

 だが、遺族のことを考えると、できれば死体も持って帰ってあげたい、と思うキイなのだ。


『しかし、三つも死体袋を引きずっていると、だ――』


 歩くキイ達の前に、曲がり角から三人の探索者が現れた。

 あまり、真っ当な探索者じゃなさそうだな、というのがキイの感想だ。

 戦闘の男は赤い髪をトサカのように立てているし、他はモヒカン、ピアスマシマシなスキンヘッドという二人である。

 しかもトゲトゲのついた肩パッドを装備している。

 ……ここは、どこの世紀末なのか。


「よう、嬢ちゃん。重そうなモノ引きずってるじゃねえか。手伝ってやるよ」


 ニヤニヤと、赤トサカが言った。


『――このようにタチの悪いスカベンジャーに群がられることがある』


 ラビとキイのやり取り念話で行っているので、赤トサカ達には聞こえない。

 ラビの存在をおくびにも出さず、キイは首を振った。


「あー、お構いなく。ボク一人で充分なんで」

『そもそも、装備も含めた探索者の死体三人分を引きずっている時点で、お主が尋常ではない膂力の持ち主であると、何故分からんノだろう。不思議だ』

「……スカベンジャーやってる人達に、そんな知性を求めないでよ。全部じゃないけど、大体こんなだよ」


 一応、まともな意識を持ったスカベンジャーもいる。

 人にはそれぞれ事情があるのだ。

 ただ、目の前の三人のように、弱そうな探索者から搾取しようとする者も多いので、やはりスカベンジャーは白い目で見られることが多かった。

 ラビとの念話に気を取られていたせいか、赤トサカは無視されているのかと勘違いしたようだ。


「何ブツブツ言ってんだ? あ? ……へえ、よく見たらそこそこいい女じゃねえか。おい、お前ら予定変更だ」


 赤トサカが、腰の剣を抜いた。

 他の二人も、それぞれの武器を手に取った。

 殺す気はなさそうだが、女性探索者一人には、普通に充分な脅しとなるだろう。


「うわあ、ロリコンの性犯罪者候補じゃん」


 ただ、キイは一人ではなかったし、普通でもなかった。


『お主、未成年であるしな。ではまあ……こういうゴミは、処分せねばならんな』


 ラビが、キイの影からゴミで造られた腕を出す。

 床に手を付け、己の巨体も影から持ち上げる。


「な……」


 ラビの全身が出ると、キイや驚愕の顔で見上げるスカベンジャーの身体がその巨体の影に覆われた。




 ダンジョン最寄りにある、探索者協会の出張所。

 その受付カウンターの前で、キイは手続きを終えた。


「という訳で、回収した死体が三つ。あと襲い掛かってきたゲスが三人となります」


 三つの死体袋の横には、顔をボコボコにされた赤トサカ達が、ロープに縛られて転がされていた。

 死体袋と同じく、引きずられてここまで来たので全身擦り傷だらけになっている。

 絡まれた経緯も、キイは伝え終えている。


「お疲れ様です」


 受付嬢は、営業用のスマイルを浮かべていた。

 しかし、赤トサカ達に向ける視線は、害虫に向けるそれであった。

 それに対し、赤トサカは床に転がったまま、首を振った。


「ち、違ぇ! この女が一方的に襲い掛かってきたんだ! 俺達は無実だ! こ、こいつ、化物を飼ってやがるんだ! 信じてくれよ!」

「と、申しておりますが?」


 受付嬢が、キイを見た。

 確かに、ダンジョン内で起こったことは、外には伝わらない。

 ある種の治外法権であり、言い逃れる余地も多い。


「ラビ?」

『うむ』


 キイの影から、細い腕が出た。

 その手には、薄汚れたビデオカメラがあった。

 探索者の中には、ダンジョン内部の様子や自分達の活躍を配信する者もいる。

 そしてその途中で力尽き、倒れる者もおり、このビデオカメラも塵塚怪王のラビが回収したモノの一つであった。

 中のデータは以前の探索のあと、遺族に渡したが、ビデオカメラは譲り受けたのである。

 確認用の小ディスプレイで、撮影したモノを再生する。


『……へえ、よく見たらそこそこいい女じゃねえか。おい、お前ら予定変更だ』


 受付嬢もそれを確認し、頷いた。


「動かぬ証拠ですね。探索者協会の規定により、他の探索者を襲撃した者は、その資格の取り消しとなります。それと、通報させて頂きます。お疲れ様です、ラビさん」

『ただの自衛である。特に被害はなかった』


 頭を下げる受付嬢に、ラビは影から出した手を、軽く振った。

 その間にも、探索者協会の屈強な職員が、赤トサカ達を部屋の奥へと引きずっていった。


「ただお二人とも、また予期しない臨時収入になりますね」


 死体の分は予定の報酬。

 強盗未遂の赤トサカ達を生け捕りにしたので、ささやかながら報奨金が出た。

 毎回ではないが、一見ソロでやっている女探索者のキイは、こうした臨時収入が多い。


「大っぴらに公表する訳にもいかないけど、こうやってラビの姿は見せてるのに、意外に減らないんだよねえ、襲撃者」

『で、あるな』


 キイは嘆かわしい、と首を振りながらため息をつくのだった。

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