第10話 ダンジョンマスターのお仕事

 ある日の、佐々木家。

 山と森に囲まれた、古い日本家屋である。

 住人は、佐々木ダイキ、その祖父であるイツキ、そしてエレナ・ヴォルフの三人だ。

 夜、スマートフォンでどこから連絡を受けたエレナは、夕食の席に戻り、ダイキと祖父に告げた。


「今日の深夜から二週間、また裏にいます」

「了解。何かあればスマホで」

「分かりました」


 これまでに何度もあったことなので、二人も何も問わない。

 裏、というのは佐々木家の裏手にある神社である。

 といっても、エレナの為に造られた、新しい神社であるし、基本的に参拝客も訪れない。

 神社というか、神社らしきモノ、の方が正確かもしれなかった。


「あー、でも、何かあればといっても、まあ、今まで何か起こった試しとか、ないんだけど」


 そんな事を言うダイキに、エレナは首を振った。


「不測の事態というのは、常にありえますから備えておくに越したことはありません」

「おう、エレナ。飯はどうする」


 ダイキの祖父イツキの問いに、エレナは神社のある方向を向いた。

 このイツキとの関係もややこしいのだが、正確にいえばイツキの妹の娘がエレナに当たる。

 年齢と外見が釣り合わないことになるが、今のところそこを指摘する人はなかった。そもそもエレナが人付き合いをしないからである。

 さて、食事である。


「いつも通り、裏に運んでもらえれば、そちらで食べます」

「こっちで食えばいいだろうに」

「こちらで食べると、中に入った人達が出たい時に不便するので……正確には、この家に見知らぬ人達を出入りさせるのが、私が嫌なのです」


 エレナの仕事には人の出入りがあり、このままだとこの家に迷惑が掛かる。

 やりようはあるだろうが、その手間を考えるぐらいなら、裏にいるのが最も効率的である、とエレナは考えていた。


「……しかも、土足で、になりそうだもんなぁ」


 ダイキの言葉に、エレナは頷く。


「はい。ご厚意感謝いたします」


 エレナは、わざわざ食事を用意してくれるというイツキに頭を下げた。




 そして深夜、二十三時過ぎ。

 エレナは佐々木家の裏にある、神社に回った。

 服装は巫女装束に着替えてあった。

 別に普段着でも何一つ困ることはないのだが、こういうのは形式を重視するべき、とダイキや他の人間の説得もあり、この格好になった。

 その他の人間に該当する男が、今エレナの目の前にいる、年齢不詳の背広男、田中タローである。


「今回も、お世話になります」


 田中タロー。

 七三分けに銀縁眼鏡、そしておそらく偽名のこの男は、政府の役人であった。


「それが、契約ですから。搬入資材は今、そこにある分で全部ですか?」


 神社の境内には、何台もの大きなトラックが入っていた。

 荷台にはパイプや板のような、様々な資材が積まれている。

 エンジンは掛かったままで、いつでも動けるようになっていた。


「いえ、今回は量が多く、明日もう一便来る予定です」

「そうですか。一台ずつ入れるのも面倒です。今の内に、こちらで入れておきましょう」


 トラックに向かうエレナの後ろに、田中が付き従う。


「しかし、契約時間外では?」

「ダイキさんが言うには、夜中にこのトラックのアイドリング音は、近所迷惑ではないかと。ダイキさん自身が近所の人達からの伝聞系だったのですが、確かに騒音ではありそうなので、静かにできるならその方がよいかと思いました」


 他の家はそれほど近くにはないが、周囲は山と森である。

 だからこそ、トラックのアイドリング音は、よく響いていた。


「こちらとしてはありがたいお話です。では、警備の探索者達も一緒によろしいですか?」

「契約時間前に終わらせてしまいましょう」


 境内には、屈強な男達と重機がプレハブの小屋を作り始めていた。

 プレハブ小屋は、探索者協会の出張所になる予定である。


「それではよろしくお願いします」

「はい」


 田中が、自分に似た背広の男達に指示を与える。

 エレナは先頭のトラックに手を当てた。

 巨大な黒い穴が生じ、トラックはその穴の中へと消えていった。

 トラック達はダンジョンの中を進み、セーフハウスと呼ばれる安全地帯まで進むこととなっている。

 場所は第三階層。

 ここに、搬入した機器や臨時施設を設置し、ダンジョンの研究を行うのである。

 次々とダンジョンへトラックを入れていくエレナの左右に、巨大な石板が二つ出現する。

 エレナ・ヴォルフ、彼女はこの世界でも珍しい、知性を持ったダンジョンであった。




 夜が明けてきた。

 エレナは神社の拝殿に正座していた。

 外からは見えないように、簾が掛けられている。

 この神社がダンジョンとなっており、政府からの依頼によって定期的に探索できるようになっているのだが、エレナの存在が明らかになると、マスコミのような不要な介入が生じるからである。

 エレナは既に人間ではないので、何時間正座していても足が痺れることはない。

 ふと、外が騒がしいことに気付いた。


「何か、騒ぎですか」


 傍に控えていた田中もちょうど、その連絡をスマートフォンで受けていたようだ。

 エレナに頭を下げる。


「申し訳ありません。警備の者が新米で、お身内の方を見咎めたようです」


 この場合の身内というのは、ダイキのことである。

 この神社もいわばカモフラージュなので、その気になれば自宅の裏手から直接ここまで来ることができるのだが、ダイキはエレナの『仕事』の時は、律儀に鳥居の方から入ってくるのだ。


「ダイキさんに、手荒なことにはなりませんでしたか」

「それは大丈夫です。すぐに、先輩に当たる警備員が仲裁しました。連絡が行き届いておらず、お手数をお掛けしました」

「ダイキさんが問題にしないのなら、私がとやかく言うことではありません」


 エレナは、静かにそう告げるのだった。

 しばらくして、ジャージ姿のダイキが姿を現した。


「エレナさん、おはよー」


 腰には、探索用の道具が吊られている。

 本格的な探索は夕方からであり、朝の探索はダイキにもエレナにも早朝のジョギングのノリであった。


「おはようございます。今日も『隠形』の取得、頑張ってください」

「了解です」


 エレナに挨拶してから、ダイキはダンジョンに飛び込んでいった。




 ダイキがダンジョンを出て、学校に向かっている間も、エレナは微動だにしない。

 田中は人間なので、時々休憩を取っているが、それでも基本的にはエレナの傍に控えている。

 三交代制なので、もうそろそろ次の役人が来る頃だろう。

 大体、名字は佐藤や山田である。


「あの、修業することでスキルを習得することができるという話ですが……コツなどはあるのでしょうか」


 田中が問う。

 私語は別に禁じられていないし、上からはむしろエレナが不機嫌にならない限り、ダンジョンに関する話ならどれだけしてもいいと、推奨されていた。

 それは、エレナも聞いていたので、答えられる範囲は答えることにしていた。


「習得のタイミングは個人差がありますが、できるだけ長く、ダンジョンに入っている方が、習得しやすいですね。こちらの世界で修業するよりも、圧倒的に早いのは間違いありません。新米魔術師が己の魔力を自覚するのに、先輩魔術師と両手を合わせて魔力を流してもらうのに似ています。ダンジョン内に存在するスキルという概念が、習得しようとする探索者に寄る、というのが表現としては一番近いですね」


 故に、朝と晩、それも毎日ダンジョンに探索に潜るダイキは、スキルの習得が早いのだ。

 エレナの『仕事』がない時の方が、何しろ距離ゼロにダンジョンがある環境である。

 成長が早いに決まっている。


「なるほど。そうしたやり方で習得したスキルは、ダンジョンの外、つまり私達がいるこちらの世界でも使うことができるということですが、他に何かメリットはあるのでしょうか。あ、こちらで使えるというのは、もちろん充分すぎるメリットですが」


 こちらの世界でスキルが使えないことや、修練によるスキル取得に関しては、既に政府には通達済みだし、情報としては探索者全体に共有済みだ。

 ただ、一般的な探索者は、修練によるスキル取得はあまり行っていない。

 ゲームではないのだ。

 時間も、探索者でいられる期間も限られている。

 よほどの旨味がなければ、専門職となってそちらのスキルを磨いた方がいい。

 もちろん、こちらの世界で不埒なことに使おう、という人間はいるだろうが、日本の警察はそれなりに優秀な上、今は腕利きの賞金稼ぎもいるのだ。

 スキル習得のメリットを考え、エレナは口を開いた。


「通常、職業によって得たスキルというのはいわば、オートです」

「オート」

「例えば、『強撃』というスキルがあります。通常の三倍ほどの力で殴ったり、斬り付けたりするスキルですが、発動したら出し終わるまでキャンセルできません」


 あ、と田中は口を開けた。

 気付いたようだ。


「……修業による習得は、キャンセルが可能」

「そういうことです」



 夜になり、拝殿にイツキが炊飯器を持ってきた。

 ダイキはちゃぶ台である。


「さて」

「さてさて」


 奇妙なことをし始めたイツキとダイキに、エレナは首を傾げた。


「何ですか?」

「ワシ達も、今日からこっちで晩飯を食べることにした」

「そういうこと」


 ダイキが、おかずやお茶も持ってきた。

 三人分である。


「不便ですよ」

「前々から思ってたんだよ。エレナさんだけこっちっていうのは、俺達もちょっと食べにくい。まあエレナさんは食べなくても生きていけるっていう話だけど、食べるにこしたことはないだろ」

「それは、そうですが」


 こうして、エレナはこちらで『仕事』をしている間も、家族と食事を取ることとなったのだった。

 なお、傍に控えていた山本氏は(私もお腹が空いたなあ)とは思ったが、口にはしなかった。

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