第11話 困り始めた診療所の話

 世界中にダンジョンが発生して、社会に様々な影響が生じた。

 日本の小さな診療所も、その一つであった。


「患者が、来ない……!」


 ダンジョンが発生して二年。

 この診療所を訪れる患者の数は、目に見えて減っていた。

 診療所の所長である徳之島ロイドは、大いに頭を抱えた。

 白髪頭の初老の人物である。


「近くにダンジョンができましたからねぇ」


 暇なのでお茶を啜っているのは、診療所で働く助手の待居マイカだ。


「怪我人が増えるなら、ウチはもっと繁盛しそうなんだがな!?」


 ダンジョンとは、異界に通じる穴である。

 中にはモンスターが棲まい、放っておくとこのモンスターが溢れ出す、スタンピードが発生する。

 間引きが必要なのだが、自衛隊だけでは手が足りず、民間人の手も借りることとなっていた。

 モンスターの相手は、当然生命の危険があった。

 ならば、病院やここのような診療所は患者が増えてもいいのではないだろうか。

 しかし、マイカは否定した。


「逆ですよ。ダンジョンの中だと回復職が治癒を使えます。医者がいらなくなるんですよ」

「何と!?」

「状態異常無効化のアクセサリーとかがドロップされて、病気の治療もそれで解消されるみたいですしね。まあ、この手のアクセサリーは高価ですし、まだまだ医者は必要でしょうけれど」

「く、詳しいな、マイカ君」


 ロイドの情報ソースは主に新聞とテレビである。

 若い子は、ネットから情報を得ているという。

 そういうところから仕入れているのだろうか。


「一応、探索者登録はしてますから」


 言って、マイカは懐からパスケースを出し、そこから探索者協会所属であることを示す、探索者カードを見せてくれた。


「そうなのか」

「そうなんですよ。最近流行ってるんですよ? ソロキャンならぬソロサーチ」


 世の中変わったことが流行るもんだなあ、とロイドは感心した。


「あ、危なくないかね」

「そりゃ危ないですけど、ちゃんと下調べをすれば、大丈夫ですよ。難易度の低いダンジョンを選んで、装備もちゃんと調える。基本です。まあ、それでも最初は、調べた通りにはいかなくてアタフタすることも多いですが、それも探索の醍醐味です」


 マイカの話では、ストレス発散にもなるし、狩猟を楽しむことも出来る。

 危険はあるが、それをいえばドライブや山登りだって危険はある。

 自己責任は大前提で、若い人達の一部はレジャー気分でダンジョンに潜るようになっているらしい。


「なるほど。ちなみに職業は?」

「僧侶です。いわゆる回復職ですね」


 マイカの答えに、ロイドはショックを受けた。


「助手がまさかの商売敵!」

「ここが潰れたら、最悪、探索者で食い繋いでいこうかと思っています。まあ、本気でやると命懸けの仕事なので、あくまで繋ぎですが」


 ポリポリとお茶請けの煎餅を食べながら、マイカはそんな事を言う。

 ショックを受けていたロイドであったが、いつまでも固まっている場合ではない。

 生活するには、それなりの資金が必要だ。

 まだ何とかなっているが、生活費が多いに越したことはなかった。


「ふぅむ、私も探索者登録しておくべきか……」


 確か、簡単な教習を受ける以外は、面接の必要もなかったはずだ。

 死亡率を下げる為と優れた探索者を育成する為に、近い内には探索者専門の学校も作られるというが、さすがにこれは考えなくていいだろう。

 この診療所があるし、通っている時間は作れそうにないし、ロイドも年である。

 何にしろ、探索者の登録は、考えておくべきだろう。

 そういうロイドに、マイカは頷いた。


「ああ、それはやっておいた方がいいですね。基礎ステータスはダンジョン外でも反映されますから、怪我しにくくなりますし」


 怪我人が減るということは、治療の必要も減るということである。

 ロイドとしてはちょっとしたジレンマだった。


「ぐぬぬ、自分自身が営業妨害しているような気がする……いや、今はそれよりも、この経営難をどう乗り越えるかだな」

「友人の看護師から聞きましたけど、大きな病院も困っているみたいですね」


 さもありなん、とロイドは頷いた。


「医療業界全体の問題であろうな」

「最近だと本当に緊急の場合、病院じゃなくてダンジョンに救急車を送るようになっていますしね」


 救急車がダンジョンに?

 一瞬、どういうことかロイドは戸惑ったが、すぐに納得いった。


「そりゃ手術するよりも、回復魔術の方が手っ取り早い……いや待て待て。これは、長い目で見るとものすごくまずいんじゃないか? ダンジョンでの治療が進むようになったら、医療技術の進歩が停滞するぞ。もちろん完全に止まる訳じゃないだろうが、ダンジョンの影響は明らかだ」

「手当や手術だけじゃなくて、診断の技術も遅れそうですね。スキルには『鑑定』がありますから」

「えらいことだ!」


 ロイドは叫んだ。

 そういえば、ポーションというモノもダンジョンにはあるという。

 となると、製薬会社も打撃を受けているのではなかろうか。

 ロイドは自分の業界のことだけを考えているが、おそらく様々な分野で都合不都合が生じているのだろうな、と考える。

 まあ、何にしても今は、この診療所の行く末を考えよう。


「このままだと、ジリ貧ですね。ダンジョンの安全地帯に、診療所を開きますか?」

「それもちょっと考えたが、そうするとウチに来てくれている人達に悪い。ウチに来る人達は基本的に身体が悪いし、何より老人にダンジョンはキツいからな」


 ヨタヨタと歩くのも覚束ない老人は、さすがに探索者登録はできないだろう。

 患者は減っても、やはりこの診療所は必要だと思っている、ロイドであった。


「では、現状維持ですか」

「いや、休診日にダンジョンには潜ろうと思っている」

「そちらで外貨を稼ぐという形ですか」


 探索者としてはビギナーのロイドは、この診療所を建て直せるほど稼げるなどとは考えていない。

 そこは現実的であった。

 ロイドの狙いは、別にある。


「確か、ダンジョンでドロップされたアイテムは、外でも使えるという話を聞いたことがある。医療の役に立つアイテムを探したい。『ダンジョン医療』が信用されつつあるのなら、こちらもそれを利用させてもらおう。特に『鑑定』系のアイテムが欲しい。自分達で手に入らなくても、探索者として人脈を作って情報を得ることは出来ると思うのだ」


 アイテム探索と、人脈の形成。

 これがロイドの狙いであった。


「そういう方向性でいきますか」

「あと私と同じような危機感を持っている医療関係者は、きっと多い。医療協会にも掛け合おう……というか、私程度が考えつくんだ。おそらく既に動いているだろうな」


 探索者協会は現在、二十四時間体制で開かれている。

 これは夜にも探索する者がいるからなのだが、今のロイドには有り難い。

 診療時間が終われば、近くのダンジョンにある出張所に向かおうと考えるロイドであった。

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