第9話 ダンジョン外のモンスター

 世界中にダンジョンが出現し、各国はダンジョンの研究に追われていた。

 ダンジョンそのモノの研究の他、探索者やそのスキル、モンスターが落とす魔石や稀に出現するドロップアイテム、そしてモンスター。

 ここは、そんなダンジョンで出現するモンスターの研究を行う、研究室の一つ。

 部屋の中では、所長の提案に助手が困惑していた。


「いや、拙いですよ」


 助手は、所長の話に否定的だった。

 話す所長も、心苦しい表情を浮かべている。しかし、話をやめる気はないようだった。


「それは分かっている。だが、我が国の体質を知っているだろう? 成果のない研究に予算は絶対出してくれない。成果を出すには予算が必要だが、上の人間はそれをまったく理解していないんだ」

「だからって、ダンジョン産のモンスターを横流しするなんて、絶対拙いですって」


 所長の話はこうだった。

 とある富豪の申し出で、ダンジョン産のモンスターを譲って欲しいという。

 もちろん所長はモンスターの危険性は説いた。

 所長は動物学の専門家であり、同時の国所属の探索者から引き渡されたモンスター達が、決して人間に懐かないこと。

 そして、この世界では一ヶ月程度で塵となって消えてしまうことも。

 だが、富豪は莫大な資金援助を約束してきた。

 表向きは、この研究室の研究に感銘を受けた富豪による、真っ当な資金援助である。

 そして、国は所長の言う通り、予算を渋っている。

 そのくせ、成果を上げろとうるさくもある。

 所長が、誘惑に負けそうになるのも、助手は分かる。

 だがそれとこれとは別である。

 もしも国の役人が、モンスターの数を調査しに来たらどうするのか。

 そもそも、普通にモンスターの横流しは、危険でもある。

 無許可の猛獣の引き渡しではないか。


「言い方が悪い。ちゃんと、契約書は交わすことになっている。契約内容は、モンスター飼育の業務委託だ。与える餌や成長に関しては、報告書を提出してもらうことになっている」

「……飼育自体はおそらく、部下とか召使いの人がするんでしょうね」


 金持ちの趣味は、助手には理解できない。

 ただ、世話のような面倒くさい手間を、彼ら自身がやるとは思えなかった。


「やることをやってくれるなら、こちらは文句はない。世話をしてくれて、しかも金ももらえる。こちらには得しかない」

「所長。……どれだけ言葉を飾っても、拙いという事実は覆りませんよ」

「では、君は反対か」


 助手は、ため息をついた。


「正直、気は進みません。ですが予算が逼迫しているのは事実ですし、所長に強要されたという体ならしょうがありませんね。承諾しなければ、よくてクビ……どころではもう、なさそうですしね」


 所長と話しながら、助手は危険を覚えた

 ここまで話が進んでいて拒否した場合、下手をすると自分の命に関わるのではないか。

 そうでなくても、自分に言うことを聞かせる方法なんて、例えば家族を人質に取るなど色々考えられる。

 所長にそうしたノウハウがなくても、こんな違法行為を提案する富豪なら、やってもおかしくはない。

 ならば、やれることは己の保身と正当化ぐらいであった。


「分かった。君は私に脅されて手伝った。そういう形にしよう」


 こうして、研究室によるモンスターの横流しが始まった。




 数ヶ月後、所長が助手に相談を持ちかけてきた。


「また、あの方から新しい注文があった」

「またですか。まあ、しょうがないかもしれませんが……」


 一ヶ月ごとに、新しいモンスターの注文が来る。

 理由は明白だ。

 ダンジョンから出た、モンスターの特性がそれである。


「ダンジョンのモンスターは、こちらでは一ヶ月程度しか生きられない。飽きられるまでは続くだろうな」


 所長の言葉に、助手は頷いた。


「こう言っては何ですけど、今のところ情が湧くようなモンスターがいないのは幸いですね」


 探索者の職業の中にはテイマーというモノがいる。

 彼らは、弱らせたモンスターを飼い慣らすことができるが、テイムしたモンスターは探索者がダンジョンを出る際に、こちらの世界に同行することはない。

 もう一度ダンジョンに潜ると、どこからともなく出現するのだ。

 一方テイムしていない、探索者が捕縛したモンスターは、外に出すことが出来る。

 ただし、テイムしていないモンスターである。

 当然、その全てが凶暴であった。


「愛玩向けのモンスターなんて出現したら、大変なことになるだろう。延命処理が出来ないかとか、無茶な要請が来るのは目に見えている」

「……どうか、そんなモンスターが現れませんように。いたとしても、この研究室には来ませんように」


 助手が祈り、所長も同じように祈った。




 それからさらに数ヶ月後。


「もっと大型のモンスターはないかと、注文があった」


 研究室が富豪に『世話の依頼』をしているモンスターは、今までで最大のモノで大型犬程度のモノである。

 ちなみにもっと大きなモンスターも、飼育室には存在する。

 馬や鹿、熊ぐらいの大きさのモンスターだ。

 探索者だって、生け捕りにするには命懸けである。

 数だって限られている。


「……いるにはいますけど、これ、数はごまかせないのでは……? そもそも、なんですか、その注文?」

「ここが取引している相手にはライバルがいるらしい。そしてそのライバルも、我々と似たような所と『取引』をしているようだ。……どうなると思う?」


 助手は想像し、うんざりした表情で頭を振った。


「お互いのモンスターの比較と自慢とマウント取りですね」

「そういうことだ。解剖予定のモンスターの中から、ピックアップしよう」


 所長の提案に、本当に金持ちの考えることは分からん、と嘆く助手であった。




 さらにさらに数ヶ月後。


「今度はもっと強いモンスターが欲しい、という注文が来た」


 所長の言葉に、助手は少し考えた。

 そして顔を上げた。


「……もしかして、モンスター同士を戦わせ合っています?」

「やっぱり君も、そう思うか」


 所長も、その推測をしているようだった。

 攻撃性のあるモンスターの大きさ自慢が終われば、その先はお察し、という訳である。


「金持ちの考えそうなことだな、と。あの、所長、俺、ちょっと考えがあるんですけど……」


 助手の言葉を、所長は手で制した。


「おそらくそこも、私と同じ考えだと思う。研究も、命あってのことだしな。それはそれとして、どのモンスターをピックアップするべきだと思う?」


 所長は、デスクの後ろから旅行鞄を持ち上げた。

 ならば、と助手も自分のデスクの後ろに隠しておいた、旅行鞄を取り出す。

 金庫の中の書類等は、所長がもう手を回しているだろう。

 となると、あと考えるべきは……と助手は頭を回す。


「我々が取引している相手のライバルについて、調べましょう。そちらの方の研究室とも、接触するべきです。今もギリギリですが、最終的に破滅する時、金持ち達は私達を切り捨てるでしょう」

「心強くなったなあ、君は。研究とは別方向にというのが残念だが」

「誰のせいだと思っているんですか。誰の」


 眉を八の字に下げる所長に、助手は反論した。




 それから一ヶ月後、とある森の奥で巨大なモンスターが出現した、というニュースが流れた。

 モンスターは周りの動植物を取り込み、さらに巨大化、暴走しながら近くの街に向かい始めた。

 出現場所にはとある富豪の別荘があったが、関係者の生死は今のところ不明である。

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