第15話 腕
グレイスの協力を得た今、偽装工作は驚くほど簡単に済んだ。
囚人の死亡を偽装するにあたって、どの端末を使えばいいかもグレイスが承知していたし、死亡判定自体も慣れた手つきで彼が塗り替えた。
チップの位置反応から、彼らが施設の外に抜け出すことができたという確認を得て、その最終位置座標も収容区内に偽装し、生存を死亡に偽装する。
たったそれだけのことだが、外部の人間であるクリアとカレンにとってみれば、すぐには難しい作業だったので、彼の協力は大いに助かったと言えるだろう。
「あと残ってる警備員はいる?」
「呼びかけに答えたのは二人だが、一人はあんたらの戦闘音にびびってトイレにこもっちまったし、もう一人は食堂で入口をがれきに塞がれて出られずにいるっていう話だ」
「そう。じゃあ、場所を教えてくれる? 悪いけど、ここの施設の人たちには全員、気絶していてもらわないと。どこで何を見られるかわかったもんじゃないし。その後は、大丈夫だとは思うけど、一応、この目でバルクセスさんたちが逃げられたことを確認しておきたいし、あっちと合流しよっか」
「そうですね。グレイスさん、案内頼みます」
「ああ、任せてくれ」
同僚を裏切っているから忍びないのか、複雑そうな顔をしたグレイスの案内に沿って、残りの警備員を片付けに向かう。
その途上、ちらっと後ろのカレンを窺ったグレイスが不思議そうに聞いた。
「しかし、わからねえな。桐華さん。クリアさんに会う前と今のあんたじゃ、まるっきり人が違って見えるぜ。単に協力するようになったってだけならまだわかるが、雰囲気から何からまるで別人じゃねえか」
「そうですか? 私的にはそこまで大きく変わったという気はしませんが。口調だって態度だって、丁寧さを保ったままでしょう?」
「……確かにそうなんだが、何かが違うんだよな。芯というか心というか。言っちゃなんだが、ここに来たときのあんたは自分のことしか考えてねえ利己的な人間って感じだったが、今は少し違うように見える」
「よく観察なさっていますね、グレイスさん。さすがは年の功と言ったところでしょうか」
「馬鹿野郎。俺はまだ三十五だ」
「まだと言われましても。私からすれば一回り以上、上ですので」
グレイスという男の真贋は今のところ、クリアにはよくわからないが、敵ではないというのは何となくわかった。
クリアが無意識に焼け焦がしてしまった警備員と一緒にいたようだが、恨むでもなく、魔法の教授を望んでくるあたり、どこか神経がねじ切れているのだろうか。
それとも、本人の語るように、それだけクリアの放った火球が衝撃的だったということなのか。
それから、残った二人の警備員を片付け、施設の外に出ると、障壁の前で立ち尽くしている囚人たちの姿を見つけ、クリアはほっと胸を撫で下ろした。
「無事みたいだね。よかった」
「おお、嬢ちゃん。随分暴れたみたいだな。おかげでこっちはほとんど素通りでここまで来れちまった。電源が落とされてるせいで迎撃機構もまともに働いてなかったみたいでな。本当に助かったよ」
「ほんとにね、君たちのしてくれたことには言葉もないよ」
「そういうセリフは本当に安全な場所に逃げられてからだよ。鉄の壁は越えられても、カレンの話だとまだ完全に外っていうわけじゃないんだから」
クリアがそう言ってたしなめると、バルクセスとヨークの二人はそれもそうかと頷き返す。
「それとさ。実は外に出たときからずっと感知していたんだけど、この障壁の外、割合近い距離に誰かいるみたいなんだ。大体、五百メートルくらいのところに。だから、本当に油断するべきじゃないんだよ」
「……他の収容区からは五キロほど距離があるはずですが、警備員でしょうか?」
「ううん。違うね。この歪んだエネルギーの波長はカレンのものと同じだよ。ううん。もっと歪かも」
「――サイボーグですか」
「たぶんね。広域に障壁を張っているから、解除したところですぐにかち合うとは限らないけど、できれば見つからないようにしたいよね」
「ですね」
先ほどの戦いは相手がカレンであったから九死に一生を得ることができたのだ。
相手が単なる普通のサイボーグであったなら、おそらくクリアはもうこの世にはいないだろう。注意してもしすぎということはないのだ。
「ちなみに聞いておくけど、そっちの警備員の人は味方? 一緒にいるってことはそうなんだろうけど」
「そうだよ。グレイスさん。みんなの死亡判定書き換えるのに協力してくれたんだ。おかげで早く済んだよ」
ヨークの問いにクリアは答え、それからクリアは改めて囚人たち十六名を見つめた。
「これからこの障壁を解除するつもりだけど、みんな準備は大丈夫? 見つかりたくないから全力で逃げるつもりだけど」
彼らが口々に力強く返事をしたのを聞き取ると、クリアは満足したように頷いた。
「じゃあ、三カウントで解除するね。そしたら、取りあえず身を隠せるところまで走って。見つからなければそのまま逃げる。見つかったらボクとカレンが対処するから、やっぱりみんなは逃げてね」
そっとクリアに寄り添ってきたカレンが彼女を抱え込む。
その方が速く移動できるからだ。
齢十五歳の女子でしかないクリアの身体能力は魔力量と相反して、年相応のものでしかない。彼女自身が走るより、カレンに抱えてもらったほうが速いのは確かだ。
「グレイスさん、ありがとう。落ち着いたら連絡するから、そのときに」
「ああ、頼む。上には適当に言い訳しておくよ。最悪、クビになるかもしれんがな」
グレイスには施設に残ってもらって、本部へ報告を上げてもらうつもりだ。
正体不明の少女はカレンが殺したと。
そして、その際の衝突の影響で施設が半壊し、クリアの遺体は確認が難しいほど爆発四散したと。
無理やり感満載の報告だが、そもそも正体不明の少女がいたかどうかがわからないというふうに持っていってもらうつもりだ。
そのために施設内のすべての映像は消してもらい、クリアのいた痕跡はほとんど残っていない。
「じゃあ、いくよ。三、二、一、ゼロ!」
障壁を解除すると同時、走り出した。
視界が開けて、現れてくるのは起伏の多い小さな丘とそれからやはり森林。
このあたり一帯は施設を建てるために森を切り開いた様子だが、基本的には森の中という点には違いがないらしい。
正面に見える中で人工的なものと言えば、施設の正面入り口からまっすぐ伸びる道路くらいだ。おそらくは本部へ通じる道なのかもしれない。
囚人たちは我先にと森の中へ飛び込んでいく。発見のしづらさからいっても森というのは最適なルートだから当然だろう。
クリアとカレンは少し遅れて、クリアの感知したサイボーグらしき存在の位置を測りながら、注意深く彼らの跡をついていく。
「どうですか、姫様。そのサイボーグに動きは?」
「うーん。ない、と思うけど。同じ場所に留まっていて動きがないんだよね。周囲の様子を窺ってるのかな」
「まあ、何の目的でそこにいるのかもわかりませんしね。本当にこちらの異常に気づいたのかどうかも。位置次第ではこちらの施設を覆う障壁には気づいたかもしれませんが、何せこの辺は森が多い。視界が開けていませんから、気づいていないという可能性だってあります」
「楽観的な予想だけどね」
「ええ。ですから、気づかれているという前提で動くべきです。何ならこちらから奇襲をかけることも視野に入れるべきかも」
「そこまでする? 痕跡はないほうがいいんじゃないの? それに勝てるかどうかもわからないし」
「あくまで手段の一つとして、ですよ。悪手かもしれませんが、逃げることだけが最善とも限りませんから」
「それはそうかもしれないけど」
現状、目立つことをするべきではないというのは確かな方針としてある。クリアだけならともかく、囚人の彼らを逃がすという目的から考えれば。
「しかし、姫様も案外、情にもろいところがあったんですね」
「……どういう意味、それ」
「いえ、わたしの中の認識においてなのですが、いつも何を考えているかわからないという気持ちがどうやらあなたに対してあるみたいでして、さっき会ったばかりの相手をご自身を危険に晒してまで助けようとするとは思えないというか……」
「煮え切らない言い方だね」
「ええ、まあ。これはわたし自身そのものというよりは前世から受け継いだ気持ちというか、まあ、それもわたし自身なんですが、それでも記憶がない分、あまり具体的なエピソードがついてこないので、いまいちあなたという人間を掴みかねるところがあるんですよ」
「そう……。じゃあ、その感覚は正しいとだけ言っておくよ。ボクだって誰でも助けたいと思うわけじゃない」
「なら、どうして彼らを助けようとするんです?」
「少なくとも、彼らがボクを助けようとしてくれた気持ちは本物だったからだよ。少なくともそう感じたから。自分たちだって、ほとんど不当に近い理由でこうした施設に送り込まれていながら、それでも紛れ込んだだけのボクを命を賭けてでも助けようとする。彼らのそうした気持ちに偽りはないと感じたから。そして、記憶を失くした直後、死んだようだったボクの心が少しだけ息を吹き返したから、だから、彼らに報いようと思ったんだよ」
「そうですか」
クリアを抱えるカレンの手に少しばかりの力が入った。
彼女の手は生体的な柔らかさとは違う、不可思議な感触をクリアの触覚に訴えかけていて、そのせいで抱かれ心地が妙な感触ではあったが、決して不愉快な類の奇妙さではなかった。
「そう言えば聞いていませんでしたね。姫様はどの程度覚えているんですか。こうなる前のご自身のことを」
「本当にわずかなことだけだよ。君が臣下であったこと、それぐらいだけ。それも多分、君の一部がボクに統合されたから、夢として見ただけであって、ほとんど大部分は闇の中に埋もれたままだ」
「そうですか。なら、ここを出た後、どうなさりたいとお思いですか?」
「わからない。それが正直なところだよ。ボクが女王だったというその国が滅んだという話は聞いたけど、国が滅んで王だけ生き残って一体、何を為すべきかなんてわかりゃしないしね。だから、まずは知りたいと思うよ。この国のことを。そして、できれば思い出したいと思う。自分自身の記憶を」
「……わかりました。では、わたしもそれに全力で協力させていただきたいと思います」
「うん。よろしくー」
軽々しく言ったクリアにカレンが苦笑で以て答える。
なんだかこんなやり取りを無限に繰り返したような妙な既視感がクリアを襲った。
おそらく既視感というか、実際そうだったのだろうが。
「……動いたね」
「敵ですか?」
「うん。さっきのサイボーグ。方向は……ボクらのいる方ではないけど、あんまり好ましいとは思えない方向かな」
「というと?」
「さっきまでいた収容区に向かってるかも」
「……なるほど。まあ、やっぱり何かしらの異常は認識していたということなのかもしれませんね。それで、状況を確認しに行った」
「うん」
「どうします? 放っておくか、それとも戻って迎撃するか」
「どっちの方がいいと思う?」
「何を優先するかによります。わたしたち自身の安全を優先するなら戻るべきではありません。しかし、彼ら囚人たちの安全を考慮するのなら、戻って時間を稼ぐことも考えるべきかと。施設があれだけの有様ですし、囚人が逃げ出したのかもしれないということには普通、思い当たるでしょうから。」
「――戻ろっか」
「何となくそう言うんだろうなとは思っていました」
クリアは一番、近くにいた囚人に、「ボクらは施設に戻って敵に対処するから、できるだけ遠くまで逃げて」とだけ言付けると、カレンを促して、来た道を戻った。
「まったく損な役回りですね」
「そうでもないよ。敵に一番、抗しうるのはボクらなんだから」
「いえ、そうではありません。そんなあなたに付き合わされるわたし自身がという意味です」
「……」
「……まあ、そんなことは百も承知であなたについていくことに決めたのですが」
「素直じゃないなあ、カレンは」
微笑み合いながら、施設への道を急いだ。
相手の反応は順次把握しつつ、カレンには全力で飛ばしてもらう。
相手のサイボーグの身体能力がカレンと比べてどれくらいのものなのかはわからないが、特に急いでいる様子はなく、距離も近かったクリアたちが先に着く。
グレイスの姿はもうなかった。
おそらく施設内のどこかで、いつ本部へ連絡するかのタイミングを計っていることだろう。
コンタクトを取るべきかとも思ったが、たった五百メートルしか離れていない敵がやってくるのはそれよりも早かった。
「あれですか」
現れたのはカレン同様、作業服を纏った人間。ここの敷地内に入って行動する場合はそれがルールらしい。中肉中背。つばの長い帽子をかぶり、マスクを着けているため、ぱっと見では男か女かわからない。
ゆっくりと歩み寄ってきたその人物は、クリアとカレンの前、十メートルほどのところで立ち止まった。
「……一人は灰色兎の秘書、一人は正体不明の謎の少女、か。なぜ一緒にいる?」
相手の声が聞こえても、やはり男女の判別は難しい。女性なら低めの声、男性なら高めの声、そんなふうのどちらとも取れる声だった。
「その声、もしかして所長ですか?」
「ああ。そうだ。桐華レンさん。アイアンガーデン所長のトーマス・ユグリアスだ。確かに私は入島を許した。第七収容区への入区も許可した。実態調査も許可した。君が君自身の会社の試作機について、データを集めることも何ら問題はない。だが、ここまで好き勝手なことをする許可を出した覚えはないぞ」
言葉の厳しさに反して、相手の声に感情の色はない。むしろ平坦すぎるほどだった。
カレンは抱えていたクリアを下ろすと、改めてトーマスに向き直った。
「所長のあなたがなぜお一人で?」
「第七収容区の誰とも連絡がつかない状態では、中途半端な戦力は余計に被害を増やす結果となる。自動機械共では状況の把握と適切な判断ができない。そもそもアイアンガーデン内でそれほど大規模な反乱が起きる可能性は考慮されていない。敵味方識別情報もインプットされていない。いや、されているのは本部の人間だけだ。雇われの警備員にそこまでする義理はない。だが、むやみやたらと人的リソースを失うのは愚策だし、すべてを破壊しつくして解決しましたなどと、仮にもこの実験施設を任されている人間としてあまりにもお粗末な問題解決の方法だ。結果として、もっとも合理的な判断として、私は私自身を運用するしかなかった。どうせ代わりはいくらでもいる。こんな僻地に回された私など失っても惜しくはない」
トーマスは淡々と言い切ると、帽子とマスクを剝ぎ取った。
「その顔……」
「すまないね、お嬢さん。君みたいな幼い女の子には少し刺激が強すぎたかな」
そこにあったのは人間の顔ではなかった。
彼の顔には鼻がなかった。口がなかった。ただあったのは赤い光を放つ二つの球体だけ。
クリアが破壊したアイアンドールのセンサーに似た赤い光を放つ球体が、彼の目と呼ぶべき部分にはまっていた。
それ以外の部分は無骨で無機質な鉄色をした金属の板だけがあった。
「安心していい。君たちもよくご存じなように、七大企業のサイボーグすべてが、私のように非人間的な造作をしているわけではない。彼らの多くはきちんと人間をやっている。ただ私だけが――そう、出来損ないだったというだけの話だ」
男女の区別がつかない声だったのは当然かもしれない。
なぜなら、その実、その声に性別などなかったのだから。男とも女とも知れないその声は彼の首元に開いた小さな穴から発せられていた。
人としての声帯を使った発生ではなく、機械で作られた合成音声、おそらくはそういうことだろう。
「私は大きなミスをした。その結果がこのざまだと、私に言えるのはそれだけだ」
「それぐらいのことで……」
「それぐらいのことで、人間らしさをはく奪される程度には企業にとっての損失というのは大きなものなのだよ、お嬢さん」
感情の読み取れない顔と、心情の伝わらない声で以てトーマスは語る。ただそれでも悲しみだけは滲んでいるような、そんな気がした。
「その歳ではわからなくても無理はないかもしれないね。そうだな……、例えば、一人の人間が生涯を通して稼ぐ金額を仮に二億としよう。そして、たった一度の失敗によって、会社に十億の損失を与えたとしたら? それだけでその人間が五回人生をやり直してもなお償いきれないほどの金額になる。わかるかい? それだけの損失を会社に与えた人間を生かしておいてくれるだけまだ温情というものなんだよ」
トーマスの言っていることは理解できたが、素直に頷くことのできない心がクリアにはあった。だから、小さく、
「……それは人間のやることじゃない」
ただそう漏らした。
それを聞いて、トーマスは動きを止め、ゆっくりと首を振った。
「そうだね。きっとお嬢さんの言う通りなんだろう。彼らは人間じゃなく、君は人間なのかもしれない。だが、私には選択肢などない。こんな有様に成り下がってもなお、私はまだ死にたいとは思えない。君たちに恨みはない。どころか、少なくともお嬢さんだけはどうにかして生かしてやりたいと思う気持ちさえ生まれたよ。――けれど、悪いね。仕事なんだ。君たちには自分たちのしでかしたことの責任を取ってもらおうと思う。そして、私はアイアンガーデン所長としての責任を果たす。気の向かない仕事でも不満を押し殺してやるのが会社員としての務めだからね。悪いが、死んでくれ」
言い終わると同時にトーマスが両手をクリアの方にかざした。
瞬間、その両手の肘から先が高速で射出される。
クリアの前方二メートルの辺りでその両手は見えない壁にぶつかって、ぼとりと地面に落ちた。
「おや。やはり見えないバリアかい? 先ほど管理施設を覆っていた黒いのとは違う物なのかな?」
「さあ、どうでしょうねえ!」
言いながら、両手を飛ばした状態の無防備な相手にカレンが即座に急襲をかける。
「カレン、後ろ!」
「おっと!」
彼女が大きく飛び退り、寸前までいた位置を鋭い刃の突き出した彼の両手が過ぎ去っていった。
その手がトーマスの後ろ辺りで止まり、また彼の近くに戻ってくる。肩先の辺りで宙に留まった。
「いきなり両手を飛ばすなんてと思いましたが、やっぱり自由に動かせるんですか。その両腕、どうやって宙に浮かせているんです?」
「反重力だ。星の重力を打ち消すことで、三次元空間を自在にコントロールすることが可能になるのだよ」
「嘘ですね。重力を打ち消しただけで、それだけのスピードで動かせるわけがない。第一、そんな技術はまだ開発されてはいないでしょう?」
「さあ、どうだろうな。君が知らないだけで七大企業は開発に成功しているかもしれないぞ」
「もしそうなら、そんな最新技術がこんな辺境を守るサイボーグに流用されることはないのでは?」
「……よく頭が回るものだ」
舌打ちと共に両腕が襲ってきて、カレンは難なくそれをかわした。
「存外、七大企業のサイボーグも大したことがないんですね。確かに分離した腕を自由に操作するのはすごい技術かもしれませんが、弾丸に比べればよっぽど遅いスピードです。避けるのはたやすい」
「そうかね」
瞬間、クリアは首の後ろに衝撃を受けて、思わずつんのめりそうになった。しかし、それができず、どころか、次の瞬間には体が自由に動かせなくなっていることに気づいて驚愕した。
両手両足が後ろから何かに掴まれている。そして、首もすでに。そのまま、掴まれている何かに引きずられる形で、足の裏が地面から浮いた。
「私の手が二本しかないなんて、誰が言ったのかね」
「姫様!」
クリアは状況を理解した。
あからさまに両腕二本を放ってみせた最初の攻撃は囮だったのだと。
動かせる腕は二本しかないと思わせ、かなりの速度で動けるカレンの注意をそちらに引き寄せ、その隙にクリアを拘束するために。
「歴史的な理由から、この島には地下道が張り巡らせてあってね。まあ、基本的な用途としては有事の際の避難ぐらいにしか使えないと思うが、私の腕たちを忍ばせるにはちょうどいいのだよ」
カレンが慌ててクリアに駆け寄ろうとするが、クリアは自身で自分を拘束する腕に雷を流すことで、拘束から逃れた。
五本の腕とともに五十センチの高さから落下すると、ぼとりと落ちたその腕にそれぞれ火球を食らわせる。五本の腕は真っ黒に燃え焦げた。
「確かにボクも油断してたけど、腕が少し増えたくらいで何? 所詮サイボーグとやらは雷に弱いでしょ。こんなんじゃボクを縛り付けることなんてできないよ」
平然とした顔でクリアがトーマスを見つめると、彼にも動揺した様子はなく、それどころか納得したように頷いた。
「なるほどなるほど。雷ね。バリアに火に雷と来たか。まるでゲームのキャラみたいだね、君は」
「サイボーグが言えた口ですか」
カレンが冷静に突っ込むが、トーマスは拘泥しない。
「腕が少し増えたぐらいでは、と言ったかな。では、どうだろう。たくさん増やしてみるというのは?」
「……は?」
間抜けな声を上げたクリアが咄嗟に感じた寒気に振り返ると、収容区管理施設横に開いた直径五メートルほどの穴から、まるで蝙蝠の大群か何かのように数えきれないほどの数の人間の腕が飛び出してくるのが目に映った。
「えー」
驚愕よりもむしろ呆れがクリアの中で勝っていた。
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