第13話 高揚

 本来の予定では、日が沈んだ後しばらくして、囚人たちと合わせてアイアンガーデンから出るべく夜襲をしかけるつもりではあった。

 しかし、そこにアンアンガーデン協賛企業の社長秘書であるカレンという立場の人間が仲間になると、途端に話は変わってくる。

 囚人たちはカレンに対する多少の警戒心はありつつも、彼女に敵意がなく、協力する意思があるということをある程度は汲み取ってくれたようで、彼女を交えて改めて話し合う段になった。


「私から提案するのは、言ってしまえば、死んだふり作戦です」


 カレンはそう切り出した。


「死んだふり? まあ、作戦としては分からなくもないが、それは可能なのか?」

 バルクセスの疑問に、カレンが力強く頷く。

「可能か不可能かで言えば、可能でしょう。みなさんとしては、ほぼほぼ死ぬ気で戦いを挑んで、運が良ければここを抜けられるかもしれない。そんな風に安易に考えていたのかもしれませんが、私としてはそんな玉砕覚悟の作戦に頷くことはできません。成功する可能性が低いというのもそうですが、何より姫様の安全のためにも」

「少し前に殺しにかかっていた相手に対して、そこまで言ってしまえる君の身に何があったのかは知らないけど、死にたくないという意味なら君の意見には賛成だよ」


 それに一早く賛同したのはヨークだった。


「僕としてはこんな何もないところで、研究のけの字もないままに命を失いたくはない。だけど、死んだふりをするにしても、問題はいくつかあるよね」

「ええ、私もここに来て詳細は初めて知ったのですが、あなた方囚人たちの胸には位置を特定するための機器が埋め込まれている」

「IDチップ」

「はい。まずはそれをどうにかしなければ、死んだふり作戦などできるはずがありません」


 そういえば、バルクセスからそんな話を聞かされていたかとクリアは思い出す。


「でも、そんなものをどうやって取り出すの? 心臓に近いとかっていう話だったよね。それは自分たちで取り外せるような類のものなの?」

「無理でしょうね。ですが、別に取り出す必要はないと思いませんか。アイアンガーデンでは死体の処理すらまともに行われている様子はない。なら、囚人が死んだかどうかの線引きはどうやって行われているのか」

「……なるほど。おそらくは、チップ自体が心臓の鼓動を測っていて、それが停止するとか、あるいは、位置情報が一定時間、変化しなくなるとか、そういった条件を満たした囚人たちから死亡判定が為される仕組みになっているはず」

「ええ。ですから、わざわざチップを取り出すなどという面倒なことをしなくても、死亡を偽装することは可能です。死亡判定が自動で行われているのか、手動で行われているのかはわかりませんが、どちらにせよその仕組みに割り込んで、あなた方の生存判定を死亡判定に切り替えてしまえばいいんです」


 カレンの言葉に納得するように何人かが軽く頷いた。


「それに、この案には少なくとも、もっとも大きな利点が一つ、存在します」

「……七大企業に目を付けられる可能性を減らすことができる」


 言葉の先を読むようにヨークが言う。

 カレンは少しだけ驚いたようにヨークを見て、それからすぐに首肯した。


「ええ、その通りです。姫様はともかくとして、みなさんは七大企業のやり口はよくご存じのはずでしょう。彼らが自分たちに反逆する意思を持った者を野放しにしておくはずがない。ここを力任せに突破することができたとしても、その次はありません。彼らはあなた方の命を刈り取るまで、追跡することをやめないでしょう。下手をすれば、私のようなサイボーグがあなた方を殺しにやってくることさえ考えられる」

「確かにな。何の力もないしがないパン屋の俺でさえ、こんな地獄にぶち込むクソ野郎どもだからな。逃げ出した囚人をはい、そうですかと見逃してくれるはずがねえ」


 バルクセスの独白に、幾人かが同意の意を示す。誰も彼も弾圧に近い行いを七大企業から受けたという話だったので、七大企業の非道さに関してはそれぞれ思うところがあるのだろう。


「俺としても姉ちゃんの意見には賛成だ。嬢ちゃんのこれからを考えるなら、いきなり特攻仕掛けんのは考えなしだったと言わざるを得ないだろう。死んだふりでいけるのなら、そっちの方がいいわな」

「ご理解いただけて助かります。実を言うと、私としては姫様だけを連れて密かにここを脱出する案を考えていたんですが、みなさんと姫様との様子を見ていると、そういう雰囲気でもありませんしね。どうせならと、みなさんもついでに脱出させることにしたんです」

「……正直だな、おい」


 若干の苦笑いを浮かべて呆れたようにバルクセスが言い、カレンはそれに素知らぬ顔。

 考えてみれば、とクリアもようやくそこに思い至った。

 そもそもカレンがこの場にやってきたのはアイアンドールが破壊されたからであり、それを為したのはクリアだ。

 彼女がクリアだけを連れて、会社に対して都合のいい報告、例えばクリアを始末したとでも言ってしまえば、それだけでどうにかなる話でもあったわけだ。囚人たちの安否を度外視すれば。

 もちろんあれだけ親身になってもらった彼らを見捨てようという気はクリアにはない。

 彼らが明らかに法を犯したような犯罪者だったとしたら話は違ったかもしれないが、彼らはある意味被害者だ。独裁を敷く大企業からの弾圧に遭った哀れな虜囚。そんな彼らを見捨てることなど、クリアにできようはずもない。

 クリアは決して博愛主義者ではないが、恩には恩を、優しさには優しさで返すタイプだ。


「それで? 死んだふりというのはわかったけど、具体的にどう動いていくか、それを詰めなきゃいけないよね」


 ヨークの冷静な問いに対し、打てば響くように明朗にカレンが答える。


「ええ。基本的な動きとしては、私と姫様で内部に入って向こうの動きをかく乱し、みなさんにはその間に逃げてもらうという流れになります。関係者用の出入り口を私が内から開けておきますので、合図を確認したらそこから脱出をお願いします」

「そういう流れね。了解したよ。それと一応、聞いておきたいんだけど、ここから出た後に関しては僕らは自分たちでどうにかするしかないって感じだよね?」

「はい。申し訳ありませんが、私には私自身と姫様のことぐらいしか面倒を見る余裕がありませんので、脱出のお手伝いはしますが、それ以上のことはできません」

「それは当たり前だと思うよ。大丈夫。僕らは僕らで何とかするさ」

「ああ、嬢ちゃんと姉ちゃんのおかげで、この地獄から出られるかもしれねえ機会が得られたんだ。それ以上を求めるのは欲張りすぎってもんよ」


 カレンの捉えようによっては冷たい発言に、ヨークとバルクセスは力強く首を振る。

 そんな彼らに何か一言でも声をかけたいと思って、クリアは口を開いた。


「当てはあるの?」


 心配そうに眉根を寄せたクリアを見て、バルクセスは柔らかく笑う。


「さあな。だが、曲がりなりにもこの鉄庭の中で生きてきた俺達だ。どんな環境でも、ある程度は生き残れるだろうよ。幸い、この島はアイアンガーデンの他には七大企業の秘密施設があるらしいってぐらいで、手つかずの自然が多い。人目を忍んで生きていくぐらいの土地は十分すぎるほどにあるだろうよ」

「そう。がんばってね」

「ああ、嬢ちゃんもありがとな」


 どうにかしたいような気持ちはあるが、クリアにできることには限りがある。

 ついさきほども、相手がカレンでなければ危うく命を落としてしまうほどの敗北を喫したばかりだ。

 できないことをできるなどと、不遜ふそんにもおごることはできない。

 クリアはそれを痛いほど知っているはずなのだ。彼らがここから脱出する手助けができるならそれで満足するべきだと彼女は自分に言い聞かせた。


「姫様。彼らへの合図はお任せしますね」

「ん? ああ、そうだね。それはボクがやるよ。どでかい炎を打ち上げるから見ておいてね」


 せめて彼らのためにできることをやろうとクリアは気持ちを引き締めた。


 ※


 ※


 ※


 カレンが施設内に戻ると、ぎょっとした顔をしてグレイスが声を上げた。


「お、おい……、その女……!」

「はい、あなたの言っていたのはこの子で間違いありませんよね。寝ている間に近寄って、燃やされかけたという」


 カレンが抱えるクリアの顔をおっかなびっくり見つめて、彼は喉を震わせるように返答した。


「間違いねえ……ありません。だが、そいつをどうやって……」

「言いましたよね、私はサイボーグだと。多少の抵抗は受けましたが、割合、簡単に無力化することができました」

「……」


 淡泊に口にしたカレンに、信じられないものを見るような目でグレイスが言葉を失う。

 簡単に無力化と口にした辺りで、腕に抱えたクリアの体がぴくりと震えたのがカレンにはわかった。

 悔しいのか気に入らないのかむかつくのかなんなのか知らないが、嘘を信じ込ませるために多少の誇張は必要だと理解してもらうしかない。でなければ、後で機嫌を取る手段を無数に考えておかなければとカレンは模索する。

 何せ、今生もう二度とまともに仕えることは叶わないと思っていた主人だ。つまらぬことで不興を買って、へそを曲げられたくはない。

 カレンの中に残っている記憶というのは、ほとんどかすかな世界の終わり際の欠片だけだが、クリアに対する想いそのものは驚くほど大きく残っている。

 それで言うと、拗ねると割合、長く引きずるというのがクリアに対する認識の一つだった。そして、彼女がカレン以上に負けず嫌いであるということも。


「これから私は社の方に戻って、この子から事情を聞くつもりです。凶暴なのは確かかもしれませんが、私がいれば抑えられるということはわかりましたので、問題はありませんし」

「……それはまあ、構いませんが。俺としてもそんな危ない奴が庭の中にいるってんじゃ、おちおち警備もできませんし、連れていってくれるってんなら、もろ手を挙げて歓迎するところです」

「ありがとうございます。あ、念のため、アインアンドールに関するデータも回収しておきたいのですが……」

「ああ、それならゲスト用のコントロールルームがありますんで、案内します」

「お願いします」

「わかってるとは思いますが、自社データ以外へのアクセスは禁じられてますし、ロックもかかってます。この機に乗じてデータを盗もうなんて、よからぬことは考えないでくださいよ。絶対に面倒なことになる」

「はい、もちろんです」


 頷くと、カレンはグレイスの後に続いた。


「ここに来たときに話したと思いますが、コントロールルームを使うには所長の許可を取る必要があるんで、少し待っててもらえますか」


 応接室に案内されると、グレイスはそう言い残して出て行く。代わりに警備の兵が二人、室内に入ってきた。

 さて、とカレンは頭を巡らせる。

 アイアンガーデンを訪れるにあたって、この施設の情報はある程度集めている。

 四方を海に囲まれた島内には、四十キロ四方の収容区がかける10個存在し、それぞれのセクションに幾人かの警備員が割り当てられている。

 事前に島内へ輸送される物資の量などを調べたところ、島全体でおよそ三百人が生活できる程度の物資の流通しかなかった。

 予備や備蓄の類を考えると、おそらく実態はもっと少ない。

 警備員に関しては、一セクションあたり、せいぜい十人を超えるか超えないかといった程度の数だろう。人件費の観点からいっても、あまり人目に触れさせたくない島内の実態からいっても、ほとんどの防衛設備は無人機に頼ったほうが都合がいいということだろう。

 カレンとしては、いかに痕跡を残さず、いかに効率よくこのセクションの防衛設備を無力化するかということを考えなくてはならない。でなければ、囚人たちが安全にここを抜け出すことは叶わない。

 全セクションを管轄する本部が島の中央部にあり、先ほどグレイスの言及した所長もそこに詰めている。この島にやってきた最初にカレンもその所長と挨拶を交わした。

 と言っても、直接、顔を見たわけではなく、電話越しに簡単な挨拶を交わしただけで、どんな相手かはわかっていない。

 最悪でも、その本部にここの異常事態が伝達されるのだけは避けなくてはならない。伝達されればそれはこの島内だけの状況に留まらず、七大企業の一つであるイエローコートが介入してくることを意味している。

 現状でも、クリアの情報はある程度は伝わっているだろうが、向こうがどの程度の本気度で対応をしてくるかは未知数なところがある。

 運が良ければ、零細企業の試作機が破壊されたぐらいでは気にも留めないかもしれない。だが、囚人の脱走ともなれば話は別だ。アイアンガーデンそのものの存在意義にも関わってくる話であり、イエローコートは必ず動くはず。

 だから、最低でも彼らの脱走は決して外に漏らしてはいけない。


「すみません。ちょっといいですか?」


 カレンは壁際に立つ比較的若い顔つきをした二人の男の内の一人に声をかける。


「はい?」

「聞いているかもしれませんが、私サイボーグで、先ほどこの子を抑えつけるときにその機能を使ったんですが、何分、手術を受けたばかりなもので、どこか無理をしたのか、体の動きがちょっとぎこちないんですよ。セルフメンテナンスをしたいんですが、構いませんか?」

「それは問題ありませんが」

「できれば外していただけませんか?」

「それはなぜでしょうか?」

「わかりませんか? サイボーグでも私女性なのですが。それともこちらに出資しているはずの協賛企業から来た訪問者であっても、絶対に一瞬たりとも目を離してはいけないという規則でもありますか?」

「……いえ、さすがにそこまでは。というよりも、私たちがいるのはそこの娘がいつ暴れ出すかもわからないとグレイスさんから忠告を受けたからで、規則ではないんですよ」

「なるほど。じゃあ、この子は部屋の外で見張ってもらえませんか。その間に私は用を済ませますので」

「……わ、わかりました」


 返答にやや動揺した調子が混ざったのは、グレイスから寝ている間に火球を飛ばしたという報告を受けているからだろうか。実際、彼女は今、起きているので、辺り構わず火球をまき散らしたりはしないのだが。

 見せかけだけだが、クリアには一応、手錠はしている。年端もいかない拘束された少女にそこまで怯えるものかといった態度で男はクリアを受け取り、部屋を出て行った。


「……」


 一瞬のち、部屋の外から何かが壁にぶつかりでもしたような鈍い音が聞こえた。

 とてつもなく嫌な予感を覚え、カレンはおそるおそる扉を開く。


「あ、ごめん。こいつ、変なとこ触るから、つい反射的にやっちゃった」

「……はあ」


 笑顔でこちらを振り返るクリアと、全身に電撃を喰らったのかぴくぴくと何度も体を痙攣させる男が二人。

 これで少なくとも、何の痕跡もなく、とはいかなくなったわけだが。


「わかってますか、姫様。私はあなたのためにこんな、しち面倒くさい工作なんかやろうとしているんですよ。なのに、そのあなたが私のプランを妨げようとするのはどういう了見なんですか。別に私はあの囚人方を見捨ててもいいんですよ」

「ごめんって。ボクもやった瞬間、頭を抱える思いだったんだよ? でも、無理なものは無理だったんだもん」

「……」


 呆れた顔を作ってはみても、カレンの中には人知れぬ高揚がある。


 ――ああ、そうだ。私の姫様はこうでなくては面白くない、と。


 抑えきれない喜びがカレンの唇を歪ませる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る