第7話 飛んで弾ける鉄のハエ
焼いた鹿肉を頬張っていると、洞窟の外から銃声が響いてくるのが聞こえた。
「これだけでもおいしいんだけど、もっと塩味が欲しいなぁ。胡椒とかあればいいんだけど……」
それと近くに複数の人間の反応。ヨークが仲間を連れて戻ってきたのだろう。
銃撃を受けているのは彼らのようだ。みんなここでの生活に慣れているらしく、深手を負った者はいない。何人か軽い怪我をした者はいるようだが、致命的なエネルギーの減少は感じられなかった。人間の生命エネルギーのようなものを感じ取れるクリアには、それが手に取るようにわかった。
「カレンはどう? 塩分欲しくない?」
「ガウッ」
彼女は軽くうなりながら、洞窟の入口に警戒の目を向けている。
クリアは構わず、鹿肉を咀嚼した。
「ごめん! クリア君、ちょっと面倒なことになった」
ヨークが足早に洞窟に駆け込んでくる。銃弾が掠めたのか、頬を浅く切り裂かれていた。
「どうしたの?」
「飛行型の索敵に見つかった。アイアンフライだよ。名前通り、ハエみたいにすばしっこい奴だけど、兵装は機銃だけ。アイアンドールのガトリングより口径は小さいが、どちらにしろまともに喰らえばやばいのは同じだから、すばしっこい分こっちの方が厄介だ」
「ヨークさんのれーざーは使えないの?」
「使えないこともないんだけど、連射が効かないんだ。捕まるまで時間がなかったから、奴らの技術を完璧に再現できてはいない。打てるのは五分に一回ってところでね。複数相手には厳しいんだ」
クリアは食べていた鹿肉の骨を放り投げる。空中で小型の火球をぶつけると、地面に落ちるころには灰に変わっていた。
「外には十機ほどが徘徊してる。他の仲間は近くの洞窟に隠れた。いつもはこんな数いないんだけどね。君がアイアンドールを倒したってことだから、奴らも警戒してるのかもしれない」
「りょーかい」
クリアは立ち上がって、服の汚れを叩いた。
動きの速い相手にどこまで戦えるか試してみるいい機会だ。
「ヨークさんは中に隠れていて、ボクが片付けてくるよ」
「一人で大丈夫かい?」
「わかんないけど、なんとかなるんじゃないかな」
「ガウッ!」
「あ、カレンも来る? いいよ。手伝って」
猛々しく吠えただけで、クリアはカレンの意図を正確に理解した。
二人で洞窟の出口に向かう。
物陰からそっと外を窺うと、近くにアイアンフライとやらが一機飛んでいるのが目に入った。
「歪な形してるなあ」
全形は五十センチ程度。真ん中にアイアンドールのものに近い青く光る目があり、そこから左右に弧を描く小さな羽が伸びている。羽の下半分は淡い青色に発光し、放熱しているのか、その近くの空気が歪んで見えた。おそらくそこから揚力を発揮させているのだと思われる。さらに青い目の下部には、黒い枝のようなものが前面に向かって生えている。アイアンドールのものよりは大分小さいが、あれがヨークの言う機銃だろうか。
「思ってたよりかなり小さい。あれじゃあ、適当にぶっ放してもどうにもならなさそうだ。火球一発で完全に破壊できるだろうけど、問題はどうやって、あれに当てるか、か」
アイアンフライの動きはかなり速い。
目で追えないほどではないが、クリア自身よりはかなり速いだろう。まともに向き合っても、死角に回り込まれるだけで致命的な隙を生んでしまいそうだ。
「とりあえず、障壁の強度試しみてもいいかな」
クリアは洞窟の外に出ると、『物理障壁』を展開し、それからアイアンフライに『焼夷火球』を放り投げた。
「あ、気づいた」
一瞬前までアイアンフライのいた位置を火球が通過し、その熱を感知したらしいアイアンフライがすぐにこちらに近づいてくる。
機銃を照射した。
「ガトリングよりは大分弱い。障壁の強度は十分、と」
障壁は鉛玉を難なく弾いた。ひしゃげた弾丸が次々と足下に転がっていく。
防御面は問題なさそうだ。問題は――。
「えいえいえい」
――攻撃が当たらないことだ。
火球を三発連続で放ってみたが、向こうの熱源感知は万全らしく、まるでかすりもしない。
相手が空中にいるので、これ以上近づくのも難しい。
「このまま待ってれば弾切れになったりしないかな」
機体が小さいので、搭載できる弾数も限られてきそうだが、弾切れを待つのは悪手に思える。
相手が一体なら何も問題はないが、二体三体と増えれば対応できなくなるかもしれないし、そもそもこんな奴一体にそれほど時間をかけていられないだろう。
『壁弾』を使うのも手だが、十体いるアイアンフライに残り十四発の『壁弾』を使えば、最悪、弾数が足りなくなるだろう。
ここは火球の類でどうにかするしかない。
「ガウッ」
「カレン?」
クリアが攻撃手段を模索していると、今度はカレンが前に出た。
クリア同様火球を生成し、アイアンフライに投射する。
鉄のハエはクリアのときと同じようにそれを避け、その瞬間に火球が弾けた。
「へえ」
三十センチほどの火の球は内側から破裂するように炎を四散させる。いくら感知性能が高いと言っても、雨あられのように瞬間的に多数の熱源を拡散させてしまえば、ハエの小さな頭では処理が限界を迎えてしまったようだ。飛び散った炎の欠片に羽を焼かれ、それだけでアイアンフライは落下する。
「そういう使い方もあるわけね。収束ではなく拡散か。一定時間後に拡散する性質を付与すれば、耐久力の低い相手には少しかすっただけでも決定打になりうるわけか」
「ガウッ」
カレンは誇らしげに吠えた。
「って、うわ」
そのカレンに銃撃が降り注ぐのを、クリアは『物理障壁』で防ぐ。びくりと彼女が身を震わせた。
別のアイアンフライの索敵に引っかかったようだ。
今度は二体。攻撃に気づけなかったカレンが情けなく耳を垂れさせる。
「まあまあ、君のおかげで対処法がわかったよ。貴重な情報ありがとう」
二体の一斉射を防ぎながら、クリアは火球を生成する。付与する性質は拡散。
「『拡散焼夷火球』っと」
撃ち漏らしのないように、同時に四発。すべてに拡散の性質を付与し、うるさいハエに放った。
即座に回避行動に移るハエどもの横で四発の火球がすべて弾け、彼らの体を焼き尽くす。
飛んで火に舞う鉄のハエ。
あえなく地に落ち、機体は砕けた。
「残りもさっさと片付けよう」
戦闘音を聞きつけ、次々と接近してくるアイアンフライをクリアは片っ端から叩き潰した。
※
※
※
記録されたすべての映像が途切れても、レンは開いた口が塞がらなかった。
「何ですか、あれは」
「ね。だから言ったでしょう。すべてはあの女の仕業だと」
傍らには、グレイス・メインの姿もある。
レンがアイアンガーデンに着いたのは正午を過ぎて間もなくの頃だった。
昼食を取る間もないままに、第一発見者であるグレイス・メインの報告を聞き、今日の早朝に撃破された機体があると言うからその戦闘記録を見せてもらったのが今さっきのこと。
眉唾だと思っていた謎の少女の存在はこれでもかというほどに明確に証明され、その上でその少女は正体不明の謎の力を使った。
レンと同じくサイボーグであるというのなら、いろいろな疑問は残るが、まだ話は通る。アイアンガーデンに出資している他の企業による試作機のテストということで納得できなくはない。
だが、あれはサイボーグがどうとかいう以前の問題だ。
なぜ何もない空中で銃弾が弾かれ、残骸が地面に転がることになる。
なぜ何もない空中から炎の塊が現れ、アイアンフライが焼かれることになる。
なぜあんなところに子犬がいて、その子犬までもその少女と同じ力を使うのか。
道理に反していて、まるで理解が及ばない。
「こんなこと、どうやって社長に報告しろって言うんですか……」
「俺だって同じ気持ちでしたよ。常にオンラインでデータリンクしてるアイアンフライと違って、アイアンドールはスタンドアローンですからね。本体の記録装置が壊れたら、戦闘記録も読み取れない。今日の朝、戦闘があるまでは、誰も俺の話を信じちゃくれなかったんですから。データがあるだけあなたはましなんじゃないですか?」
「……」
投げやりに言うグレイスの言葉に、レンは頭が痛くなる思いだった。
「確かアイアンガーデンは、イエローコート国土建設の子会社が運営しているんでしたよね? そちらの判断はどうなっているのですか? あの少女は囚人ではないのでしょう? 状況はわかりませんが、巻き込まれただけなら、すぐにでもここから出してあげれば……」
「さあねえ。俺は雇われの警備兵なんで詳しいことは知りませんが、一人のガキにここまで虚仮にされて、七大企業様が黙っているとも思えませんけどねえ」
「そうですよね……」
レンとしても、七大企業のこれまでのやり口は知っている。イエローコートがこのまま黙っているとはとても思えなかった。
それはそれとして、レン自身の対応を決める必要がある。
「今、この少女はどうしているんですか?」
「さてね。それはわかりません。庭全部を網羅できるほど膨大な数のカメラなんて設置できるわきゃないんでね。様子を探るために人を送り込もうにも、自動機械たちには人の区別なんかつきゃしません。誰も蜂の巣になんかなりたくないんで、今は上の判断待ちですよ」
「……要するに、ご自身たちの管理している庭のことなのに、何もわからないんですか」
「ええ、その通り。元々、秘密裏に人殺しの実験を行う場所ですんで、中で何が起ころうと誰も知らないのが好都合なんですよ。俺らにとっても、お偉い企業様たちにとっても。これまでそれで問題が起きたことはほとんどありません。だから、あの女の様子なんざわかりっこない」
レンはほとほと呆れ果てた。
アイアンガーデンの噂は今までも聞いたことがあったが、人の生死がかかった場所で、これほどまでに無責任な仕事が横行しているとは思わなかった。レンはどちらかと言えば、この場所の恩恵を受ける立場にあるとはいえ、いくら囚人相手でももう少し人の命には敬意を払うべきではないかと思うのだ。
「わかりました。あなた方にはこれ以上、言うことはありません」
「……どうなさるおつもりですか?」
「私が直接言って、あの子と話してきます」
「――はあっ!? 正気か、あんたッ。俺の話を聞いてなかったのかよ! フロックは寝ているあの女に近づいただけで全身を丸焦げにされたんだぞっ。俺だって何もしてねえのに背中を一面、炙られた。いや、それ以前に、他の自動機械はどうするってんだよ!」
慌てた様子のグレイスを前に、レンはにっこりと笑う。
「お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫です。私、サイボーグですから」
そう言ってレンは自分の右手を掲げて見せた。彼女の言葉を裏付けるように、彼女の指の関節一つ一つが稼働して、つなぎ目にはしる機械部分が露になる。
「――」
それを見てグレイスは何も言えなくなる。
「失礼します」
丁寧にお辞儀をして、レンはコントロールルームを出て行った。
一人残されたグレイスは、呆れると共につぶやいた。
「――今どきの女子供は化け物ばっかりかよ」
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