第6話 とあるサイボーグ
『敏腕秘書
「……なんですか? これ」
「いいだろう! 君のイメージビデオだよ! 今度、会社のホームページで大々的に取り上げようと思うんだが、どうだろう?」
「いや、どうだろうじゃないですよ、社長! ありえませんって! いつの時代のセンスしてるんですか! 大体、自社を悪とか零細とか言うの自己卑下しすぎですから!」
「だめかね? 私の世代ではこういうのが受けると思ったのだが」
「だめです! 社長の世代に受けても、絶対万人受けしませんから!」
はあ、ほんっと、ありえない。
桐華レンは時代遅れのとんでも天然社長――クステル・ステルクスを前に、深々とため息を吐く。
「この会社に入ったの間違いだったかなあ……」
「何か言ったかね?」
「この会社に入ったの間違いだったかなぁ……」
「……それ独り言じゃなくて、私に聞かせる気満々だったんだね、レン君……」
レンがイーリス国際大学を卒業し、グレーラビットテクノロジーに入社したのが早二年前。
イーリス企業国の中でもトップ10に入るほどレベルの高い大学を、若干十九歳にして飛び級で卒業した彼女にとっては、就職先など引く手あまただった。
頭脳明晰、スポーツ万能、文武両道を絵にかいたような青春時代であり、彼女の未来は約束されたも同然。そのはずだった。
なのに、親戚が社長を務めているという理由で親からごり押しされ、まあ、どこに入っても自分は優秀だから大丈夫だろう、と高を括って入社したのが間違いだった。
社長秘書として毎日懸命に仕事に励んでいるものの、来る日も来る日も突拍子もないアイデアを彼女に披露し続ける社長には、ほとほと疲れ果てる。零細企業なのだからクリエイティビティは重要だが、アイデアの量を優先するあまり質が伴っていない。そんな印象だった。
社長のアイデアで唯一有益だったものと言えば、会社から改造人間を輩出しよう、そう言い出したことだろう。
この国のトップたる七大企業のいずれも、みな強力なサイボーグを所有している。
各企業の技術の粋を集めた戦闘人間であり、その戦闘力は絶大。たった一人で都市を壊滅できるとまで言われている者もいるほどであり、そのトップ7は七怪人と恐れられている。
もし自社で同じようにサイボーグを生み出すことができれば、センサーだけは優秀な
だから、レンは進んで実験台に志願した。
会社に忠誠心を感じていたからではない。これはチャンスだと思ったのだ。
この国のトップに立つ七大企業、その尖兵たる七怪人に並ぶようなサイボーグに自分がなれれば、この退屈な毎日から抜け出せると考えたからだ。
もちろん、安全面には最新の注意を払ってもらう。
サイボーグ関係に強い専門家を召喚し、確かな改造実績を持った企業に協力を取り付け、そのノウハウを吸収した。
どこも最新技術など開示しないが、七大企業の治世に不満を持つ中小企業など探せばいくらでも見つかる。その中の数社と業務提携を結び、力を得た暁には、反七大企業勢力の新たな一角として台頭する。そういう約定を交わし、可能な限りの技術提供を求める。失敗したとして、向こうにとってみれば小さな零細企業が一つ消えるだけ。約定が公にさえならなければデメリットなどない。
万全の準備を整え、細心の注意と相応たる覚悟をもって改造手術に挑んだのが一か月ほど前。
手術は無事成功し、術後のリハビリを終えたのがつい昨日のこと。
そうして今日、力のみなぎる新たな体と共に会社に出勤してみれば、社長はレンの知らない間に時代遅れのセンスを散りばめたイメージビデオなどを作っていたのだから、本当に始末に負えない。
宣伝にしても、もっと他にやるべきことがあるだろう。
「それでどうだい? 体の調子は?」
「すこぶる快調ですね。何の問題もありません。すぐにでも戦場に出て、グレーラビットの名をイーリス全体に轟かせるのもやぶさかではありません」
「すごいやる気だねえ。まあ、元気があるのはいいことだ。だが、実はその前に一つ問題が発生していてね」
「問題、ですか?」
「ああ」
いつになく真剣な様子のクステルを前に、レンも真面目に聞く姿勢になる。
「二年前にアイアンドールの試作機を実験に出したのは覚えているね?」
「はい。私の初仕事でしたから。合計百五体。ガトリング砲と高振動ブレードを装備した機体が五十体、ガトリング砲を二基装備した機体が五十体。残りはそれぞれ局地戦闘用の特殊装備を装備させた機体でしたね。それがどうかしたんですか?」
「実は、一体破壊されたそうなんだ」
「……アイアンドールが、ですか?」
レンは耳を疑った。
相手をする囚人たちに与えられる装備は対人用なら十分だが、自動機械同士の大規模戦闘を想定して、耐久力に重きを置いているアイアンドール相手には分が悪い。どころか、まったく相手にならないはずだ。ガーデン内の地形を利用した攻撃を行ったとしても、垂直距離で十メートルほどの跳躍に耐え得るアイアンドールを動作停止に追い込むようなダメージを与えるのは難しいはずだ。
「本当に破壊されたのですか? 故障ではなく?」
「そのようだ。これを見てくれ」
クステルが机の上に置かれていた薄型端末を操作し、とある画像を表示させてレンに渡してくる。
「――」
「……驚いただろう? 私も自分の目を疑ったよ」
表示されていたアイアンドールの状態は確かに破壊と表現して余りあるものだった。
レンの顔よりも大きな穴が全身に開いている。
センサーや武器はかろうじて無傷だが、これでは胴体に埋まっている制御中枢や記録回路は使い物にならないだろう。
「どうやって……、誰がこんなことを? 管理会社はなんと言っているんですか?」
「深夜に機体の回収に出た者の話では、一人の少女が怪しいということだった。一緒に回収に出た者がその少女の謎の攻撃によって、全身を丸焦げにされたと。アイアンドールもその少女にやられたのでは、とそう主張しているそうだが……、正直、眉唾だ」
「でしょうね。そもそもアイアンガーデンに女性の囚人はいないはずです。子どもならなおのこと。先方の業務の中で、何らかの事故があったと考える方が妥当です」
「ま、そうなるね。だが、事故にしても、この破壊状況は異常だ。原因を究明するにしても、正体不明の少女を引き合いに出すような相手の言うことを真に受けるわけにはいかない。よって、わが社としては、独自に調査に乗り出す必要があると判断した」
クステルは信頼に満ちた眼差しでレンを見つめる。
彼女もまっすぐに彼を見返した。
「つまり、私が行けばいいんですね」
「ああ、頼むよ。術後間もなくとはいえ、君はサイボーグ。リハビリの経過も順調だったのだろう? 戦闘訓練もいくらかこなしたと聞いた。君が言ってくれるなら、安心というものなのだよ」
「了解しました。サイボーグとしての初仕事、見事に果たしてみせますよ」
レンにとってこれは願ってもない話と言えた。
調査が主な目的とはいえ、現場の状況が不透明だ。
場合によっては戦闘になる可能性もありうる。そう考えてのクステルの抜擢だ。
サイボーグになって初めての仕事。
自分の力を試すにはもってこいのものだと、そのときのレンにはそう思えた。
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