第5話 鉄庭の実態

「え……、ここって処刑場だったの?」

「そう。死に値すると判断された犯罪者たちが、人の尊厳を奪われて惨たらしく殺されるためだけに存在する地獄のような場所さ」

「へー、かわいそうだねー」


 他人事のような感想を漏らすクリアに、ヨークが苦笑を浮かべた。


「かわいそうって……、君もその処刑場の中にいるんだけど」

「まー、そうなんだけどねー。ボクはこんなところで死んでやる気なんて毛頭ないんでー」

「……ははは。うらやましいよ。そんな風に思えるなんて。曲がりなりにもあの実験機を見ておいて、まだそんなことを言えるとはね」

「実験機ってあの鉄巨人のこと?」

「鉄巨人? んー、まあ、そう言えないこともないか。遠目で見たことあるだけだから、詳しくはわからないけど、頭部につけられた各種センサーで生存者の反応を追跡して、右手のガトリング砲と左手のブレードで徹底的に敵を殲滅する。そういう悪辣な自動機械の一体さ。今度会ったら間違いなく命はないだろうから、絶対に近づかないことをお勧めするよ」

「了解。気を付けるね」


 実際、もう破壊されているので会うことはない思うのだが、絶対に理解してもらえないと思ったので、クリアは詳しく説明することを放棄した。


「自動機械の一体ってことは、あんなのが他にもいるの?」

「ああ。君が出会ったっていうアイアンドールは、言ってしまえば雑兵なんだよ。既存の兵器の組み合わせでしかない一番数の多い量産型。僕が聞いた話だと、このアイアンガーデン全体で、百体ほどが配置されているらしい。兵装の違うマイナーチェンジ版なんかもいる。センサー類が優秀ってことで、基本的に森の中にはあいつらがうじゃうじゃいる。だから、僕らは決して森には近づかないんだ」

 

 もう会うことはないと思っていたが、どうやら嫌でも顔を合わせることになりそうだ。しつこいと女の子に嫌われちゃうぞ、ぷんぷん。


「ふーん。僕らっていうのは、囚人のお仲間さん?」

「ああ」

「何人くらいいるの?」

「この山岳地帯には、二十人ってところかな。みんな、等しく死刑を宣告されたものたちだよ」

「死刑を宣告ね。ヨークトークさんは何をしたの?」

「ヨークでいいよ。別に何も。普通に仕事してたら国家転覆罪に問われたのさ。AIの判別による危険思想の持ち主だとか断定されて、あれよあれよと証拠を揃えられて、あっという間に死刑宣告さ。正直、はめられたとしか思えないよ」

「……へー」

 

 AIというのが何かは知らないが、随分非人道的な方法でここに送り込まれたのだろうということはわかった。


「イーリスっていうのはそういう国なのさ。人間そのものよりも最新技術の方が優遇される。新しく、画期的であればあるほどいい。そして、それが軍事にも転用できれば最高。七大企業のほとんど全部がそんな感じさ。もっとも、ホワイトクロスだけは別だけどね」

「七大企業……。さっきもそんなこと言ってたよね」

「アルコイーリス七大企業国。その名の通り、この国では七つの大きな企業が国の趨勢を牛耳っているのさ。国の立法を司る法華院と行政を司る政義院の議員は、すべてこの七つの企業の幹部たちからなるんだ。だから、この国の意思決定は彼らが担っていると言っていい。アイアンガーデンも、その施策の内の一つさ」

「……死刑の決まった囚人を、試作兵器の試し撃ちに使う……。彼らが鉄の庭の中で逃げ惑うことすらも計算の内。それだけ戦闘データが多く取れるし、兵器の改良にもつながる。そういうこと?」

「……その通りだよ」


 クリアが最初に見た三人の死体も、最近ここに入れられた囚人たちだったのだろう。森の中でアイアンドールに出会ってしまった彼らは、ガトリング砲とやらに比べれば豆鉄砲のような武器だけを与えられ、成すすべなく殺された。

 大した情報も与えられず、手には効果のない武器。死の箱庭に放り込まれ、哀れにも心なき鉄人形に刈り取られた、獲物にしかなれなかった虜囚たち。しかも、彼らがここに放り込まれた理由たる罪科さえ、不明瞭な根拠に基づくものだったかもしれないというのだから、救われない話もあったものだ。


「ここからは逃げられないの?」

「無理だね。アイアンガーデンの周囲は高さ五メートルの鉄壁に囲まれている。壁から十メートルの距離に近寄った者には、自動銃座から鉛玉が雨あられのように降ってくる。その上、鉄壁には高圧電流が流れていて、上るのは不可能だ。そして、たとえその鉄壁をどうにか突破したとしても、そもそもここは大きな島なんだ。周囲を海に囲まれ、逃げ場なんてどこにもない。奴らの船や航空機を奪うにしても、装備の差は圧倒的。アイアンドール一体でも持ってくれば十人を相手にしてもお釣りがくるし、そうでなくても、向こうの守備隊に射殺されて終わりさ。ここから逃げるなんて絶望でしかないんだよ」

「……そう」

「記憶喪失で巻き込まれただけの君には悪いんだけどね」


 自分のことでもないのにヨークは心底同情するような顔をして、それからすぐに顔を上げる。


「そもそも、どうやって君はこんな鉄壁の守りの中に入ってきたんだろう。出るのも困難だけど、入るのだって同じくらい難しいはずなのに……」

「さあね。それはボクにもわからない」

 ただ、なんとなくだけれども、普通の理由でここにいるわけではないような気がしていた。


「もしかしたら、看守に事情を話すことができれば、君だけなら助けてもらえるかもしれない。いくらイーリスでも、未成年がそうそう罪に問われることはないから、奴らだって君が無関係ってことはわかるはずなんだ。問題は、どうやって看守と連絡を取るか、なんだけど」

「何か方法はないの?」

「う~ん。あるにはあるんだけど……。ほら、一応、ここで運用されている兵器は試作機だからさ。故障が起きたときなんかには回収されることになってるらしいんだ。いつそれが来るかはわからないんだけど、大抵、朝になるとなくなってるらしいから、僕らは夜中だって推測してる。そのときには看守も庭のなかに入ってくるはず……。低い可能性だけど、アイアンドールの一体でも止められれば、奴らの何人かはそれを回収しに来ると思う」

「……」


 そう聞いて、クリアには思い当たる節があった。

 さっき目が覚めたときにあった焼死体。どうにも、他の囚人たちと比べて身なりに違いがあると思っていたのだ。便利な灯りをもっているし、服装もどこかごつごつしかった。焦げてしまったからまるで使えなかったが、持っていた武器もやたら性能がよさそうだった。

 アイアンドールを倒した直後だったこと。

 深夜にやってきたこと。

 他の囚人と比べて装備が整っていたこと。

 この三点から考えても、あの焼死体が看守だった可能性は十分にあるような気がしてならない。

 あれが看守であるのなら、まさかまさか勝手に焼身自殺などしないだろう。するにしても、わざわざクリアの前にやってきて行う必要などない。なら、どうしてあの男は死んだのか。


「……なんかやばそうな気がしてきたぞぉ」


 クリアにはクリア自身にも理解できていない超常の力がある。

 意識せずとも『物理障壁』を張ることができたのがその証左であるし、その他に何ができるのか、自分自身ではわかっていない。であるならば、無意識のうちに、たとえば寝ている間などにも、何かやらかしてしまっている可能性はある。

 だらだらと冷や汗が首筋を流れていくのを感じていた。

 もし。もしも、だ。もし仮に、あの男を殺してしまったのが、クリアの意図せぬ無意識の力の暴走によるものなら……。


「いくら子どもでも、見逃してくれないよねー……」


 平気で囚人を実験台にする国が、そこまでお人好しであるとは考えにくかった。


「ボクの仕業だってバレてないならまだいけるんだけど」


 もしあれが看守だというのなら、問題なのはあの男が一人で来たのかどうかだ。よく観察してはいなかったが、あの場にほかに死体はなかったような気がする。

 一人で来たのなら、あれをクリアがやったという証拠はない。囚人の一人がやったと勘違いしてくれるかもしれないし、何かの兵器の誤作動を疑ってくれるかもしれない。

 だが、もし二人以上で様子を見に来たのだとしたら、残りには逃げられてしまっている可能性は高い。

 どちらにしろ、希望的観測はしない方がいいだろう。

 記憶はないが、クリアの中には、常に最悪の事態を想定しなければならないという身に染みた教訓がある。


「ちっ……。目が覚めてたら何人だろうが残りもやってたのに……」

「何か言ったかい?」

「ううん。なんでもない」


 今日一番いい笑顔をして、クリアが微笑んだ。

 その笑顔に、なぜだか背筋が凍るような思いを感じたヨークだった。





「名付けて、『焼夷火球しょういかきゅう』!」


 クリアがかざした手のひらから、高温の炎の塊が放出される。

 それは直径一メートルほどの大きさの炎の球となって、岩石に激突した。表面を少しだけ焦げさせる。


「ふーん。どうやらやっぱり、あの焼死体を作り出したのはボクらしいね」


 状況証拠から推論を組み立てて、謎の能力から炎に類する事象を発現できるのではないかと考察したのだが、見事に正解だったようだ。岩石に対しては威力がないが、これを人間に向けて何発か撃ったならばあの死体を作り出すに十分だっただろう。


「……知らないうちに人殺してるなんて恐ろしいなんてもんじゃないな、この力」


 寝てる間とは言え、決して害を加えられたとは言い難い相手を意図せず殺してしまった形だが、クリアに罪悪感はない。こんな非人道的な施設を運営している組織の人間に対してかける慈悲など持ち合わせていないし、たとえ命令されているだけの無垢な兵士だったとしても、こんな場所を警備しているのなら、死に対する覚悟はとっくに済ましていただろう。避けられるのなら避けていたが、あの状況ではどうしようもなかった。罪悪感など感じるだけ無駄なのだ。

 それに、あんな程度の悲劇などクリアにとっては悲劇でさえないと思うのだ。それがなぜかはよくわからないが。


「たぶんだけど、この力、ボクの中にある何らかのエネルギーを別の物に変換したり、エネルギーそのものとして周囲に展開することができるみたい。展開したエネルギーに特定の性質を付与することも可能みたいだし」


 その結果があの『物理障壁』なのだろう。単純に物体の侵入を防ぐという性質を付与した結果だ。別の性質を付与すれば、別の効果を発揮するかもしれない。それは後で考えることとして。


「『流霞水球りゅうかすいきゅう』!」


 今度は水の塊を想像してみた。

 思い描いた通りに水の球が出来上がる。焼け焦げた岩石に水がぶっかけられた。


「あとはそうだなぁ……、『疾檄雷球しつげきらいきゅう』!」


 小さな雷の塊が岩石にぶつかり、そのまま拡散する。

 岩石に雷は効果がない。


「ほかにも思い描けなくはないんだけど……、どっちにしろ『壁弾』一発の方が強いんだよねー」


 『壁弾』なら、今三種の球をぶつけた岩石を一発で粉々にできるだろう。

 『壁弾』の威力はあの銃という武器に依存したものだ。銃がなければ、あれほどの速度は維持できない。速度とは基本的にはエネルギーであり、速ければ速いほど、エネルギーが大きくなっていく。そのエネルギーに『物理障壁』という超常の能力を付加すれば威力が高いに決まっているのだ。逆に言えば、銃がなければあの威力は維持できない。銃なしに障壁そのものを射出することは可能だろうが、あれだけの速度は単独では出せないだろう。速度が伴わなければ、威力もそれなりのものになる。それこそ、火球なんかと変わりなくなるほどに。


「残弾は残り十四。ヨークさんのものをもらうわけにもいかないし、次アイアンドールみたいなのと出会っても逃げを優先した方がいいかもなぁ」


 そのヨークだが、今は彼の寝床である洞窟の中で二度寝を決め込んでいる。その間、クリアは外で自分の能力の検証を行おうと考えた次第だった。

 命のかかったこの場所にいて、大した余裕だと思う反面、それでないとやってられないのだとも思う。いつ死ぬかもわからないからこそ、欲望には忠実に、寝たいときには寝るということなのだろう。


「あの人が言うには、機械は日ごとに基地に帰って、日の出後しばらくして各地に展開するという話だったけど……」


 空はわずかに白み始めていたが、太陽を拝むにはまだ間がある。

 他にも試せることがあるのなら、今のうちに試しておくべきだと考えた。


「バウ!」

「なにー、カレン。どうしたのー? お腹でも減った? さっきヨークさんに保存食分けてもらったじゃんー。まだ足りないの?」

「バウッ!」


 茶色の毛並みの子犬は、しばらく黙ってクリアの実験を眺めていたが、突然おもむろにクリアの横に並び、猛々しく吠えた。

 そして、彼女の口元に炎の塊が生成されるのを見るに、クリアが目を見開く。


「ウワッ」


 威勢のいい鳴き声と共に、火球は射出された。クリアがさっき実験に使った岩石に寸分違わず命中し、その岩石をどろどろに溶かす。


「えー」


 単なる愛玩動物だと思っていた子犬の突然の行動に、クリアは困惑する。

 カレンはまるで自分の能力を誇るようにクリアを見て、ガウッと力強く吠えた。


「カレン、君もボクと同じことできるの?」

「ガウガウ」

「ていうか、何ならボクより威力高かったよね。あれどうやるの?」

「ガウ」


 ほら、見てなよお嬢さん。

 そう言わんばかりの態度で、カレンはクリアの前に出る。いや、君雌だけどね、とクリアは思った。

 今度はさっきとは別の岩石に向かって、火球を打ち込む。

 今度の火球もまた岩石を溶かした。

 続けて、水球。

 水球では岩石をどうこうするのは難しいと思ったのだが、それは当たらずとも遠からず。

 水球は岩石に衝突すると同時にその内部に浸透し、岩石そのものの形がわずかに歪む。

 雷球はさすがに意味がないのか、カレンはやらなかった。


「……」


 その結果を見て、クリアは考える。

 なぜカレンがクリアと同じことができるかは考えない。考えても仕方のないことだからだ。

 クリアが火球を飛ばしたとき、岩石は表面が焦げただけだった。水球は水をかけただけ。

 それは、物理的に同じことをやったときと同じ結果であると言える。岩石に炎を近づければ表面だけが焦げるだろうし、水の塊をかければただ表面が濡れるだけ。

 確かに何もないところから火や水を生み出せるのはすごいことだろう。でも、時間さえかければ、それらを用意すること自体は他の誰にだってできる。

 けれど、カレンがやった効果は違った。

 表面だけではなく、それは内部にまで影響を及ぼしたように思えた。

 その違いは何なのか。

 思えば、『物理障壁』はエネルギーそのものに物体の侵入を遮断するという性質を付与したものだった。

 火球や水球は、ただエネルギーを物理現象に変換しただけ。

 もし、さらにその上で、その現象に見合う性質までも付与できるのだとしたら――。


「……『焼夷火球』」


 クリアの放った炎の球は、岩石に命中すると同時にその全体を包むように覆う。そして、次の瞬間には炎は内部へと浸透し、岩石を内側から溶かした。それはカレンが起こしたものよりも激しい現象で、岩石はどろどろに溶けて溶岩へと変質していた。


「クゥーン……」


 自分が起こした結果の数段上を行かれたからか、カレンが無念そうな鳴き声を上げる。

 この子犬が何者かはわからないが、やけに人間臭いものだと思う。


「つまり、このエネルギーは変換すると同時に性質を付与できるのか。炎に変換すると同時に接触した物体に浸透する性質を付与すれば、岩石でさえも容易に溶かせる火球が完成する」


 この力で作り出す炎がそれほど高温だからこそできる芸当だろうが、外気に拡散させずに対象に効果を収束できるからこそ、それだけ大きな成果が得られるというわけなのだろう。


「なるほどね。教えてくれて助かったよ、カレン。これならやりようによっては、『壁弾』に迫るような使い方ができそうだ」

「ワウ」


 『壁弾』が強力なのは確かだが、エネルギーそのものの伝達の仕方を考えれば、それに及ばずとも劣らない効果を発揮できることもありそうだ。ただし、エネルギーを変化し、性質を付与するという過程が存在するので、発動するまで時間がかかりそうなのが難点ではあるが。

 その点、『物理障壁』は発動速度が段違いなので、速度の速い銃と組み合わせれば、無敵の攻撃力を発揮する。速くて、威力も高い。理想的な攻撃方法と言えるだろう。


「使い方を考えるのも楽しそうだ」


 心底楽しそうに笑いながら、そうしてクリアはかつての力を取り戻していく。


 ※


 ※


 ※


 太陽が地平線に覗いた頃になって、クリアはヨークの洞窟へと引き返した。

 彼はすでに目を覚ましていて、石を削り出したナイフを研いでいた。


「よく眠れた? ヨークさん。さっきは起こしちゃってごめんね。しかも、保存食までいただいちゃって……。ボクも余裕がなくて」

「全然大丈夫だよ。余裕がないのはみんな同じさ。その中でも他人に協力を惜しんでいたんじゃ生き残れるものも生き残れなくなるからね。それくらい構わないさ」

「ありがとう」


 それからクリアはここまで引きずってきていた鹿の死体を放り投げる。


「これいる? お返しと言っちゃなんだけど、その辺にいたの獲ってきた」

「……獲ってきたって……、そんな……、君みたいな女の子がどうやって」

「……まあ、なんていうか、ボクにはちょっとした特殊技術があるみたいで」


 ごまかそうとしたクリアだったが、別にそんな必要もないかと思い直す。


「そうだ。考えたんだけどさ。ボクはやっぱり力づくでここを出ようと思うんだ。実は、ヨークさんには話してなかったんだけど、今更話し合いで解決できないんだよね」

「どういうことだい?」

「これは不可抗力だったんだけど、昨日の夜寝ている間に看守の一人をやっちゃってたみたいでね。だから、今更保護なんて求めたところで、受け入れてもらえるわけがないの」

「……君は何を言って――」

「『焼夷火球』」


 クリアは洞窟の壁面に全力の火球を放り投げる。着弾した周辺の壁面は簡単に液状化し、溶岩へと変わる。それをすぐに次弾の『流霞水球』で冷却する。後には以前よりも多少滑らかになった元通りの壁面が残った。


「――」

「わかった? ボクには普通の人にはない特殊技術が備わっているみたい。さっきはアイアンドールから逃げたなんて嘘をついたけど、本当は破壊してきたの。ヨークさんが言った確認要員はすでにやってきていたんだよ。だから、もう話し合いなんて無理。できるのは無理やりにでもここを出ていくことだけ」


 ヨークは唖然としてクリアの顔を見つめた。

 変質した壁面を見て、それからまたクリアの顔を見る。

 その表情がゆっくりと喜色に彩られていく。


「すごいね! 君!」

「……え」

「一体今のは何をやったんだい? 皆目見当もつかないけど、今の人間の科学を超えているのだけは確かだよ。すばらしい!」


 ヨークの様子が目に見えて変化した。どちらかというとお人好しの青年に見えた彼の顔が今や、狂いかけた好奇心を宿した表情に変わっている。


「ど、どうしたの? 急に」

「いやね、君が嘘をついていたというのなら、実は僕だって嘘を吐いていたのさ。普通に仕事をしていただけで捕まった。そう言ったよね。AIの判定がいい加減なのは事実だけど、その後に人間の手による精査が行われるから無実の人間はほとんど解放されるのさ。ここに送られてくるのは正真正銘、何らかの罪を犯した者たちばかりだよ。それが死に値するかは誰にもわからないけれどね。紛れ込んだだけのか弱い十五歳の少女には良い顔をしておこうかと思ったけど、そうでもないなら話は別さ。それに何より、君のその力はとても興味深い」

「は、はあ……。じゃあ、ヨークさんは実際何の罪で捕まったの?」

「もちろん! 国家転覆罪だよ! この国の七大企業の技術秘匿は目に余るものがあってね。外部の者が研究に利用しようと思っても、まったく情報開示してくれないのさ。かといって、会社に取り込まれてしまえば自由な研究など不可能になる。僕は苦悩したさ。そしてあるとき決断したんだよ。開示してくれないのなら、無理やりにでもデータを奪ってしまえばいいと。奴らの研究所の一角を襲い、研究データを盗み出し、腹いせに実験材料をすべて吹き飛ばした。未知の研究の山だったよ。奴らの研究レポートを読むだけで半年は潰れるくらいのね。しかして、僕はほどなくして捕まり、ここにぶち込まれたというわけさ。笑ってしまうよね。けど、僕は後悔していない。技術を秘匿する彼らが悪いのさ」


 めちゃくちゃなことを言っている。

 国を統治するほどの大きな企業ならば、隠しておきたい技術の一つや二つあるのが当たり前だろうに。


「君は今、力づくでここを出ると言ったよね?」

「言ったけど」

「なら、僕も協力するよ! ここにぶち込まれてもう三か月でさ。もうそろそろ岩しか調べるもののない生活にも飽き飽きしていたんだよ。大丈夫。君には及ばないけれど、僕もそれなりに戦える。だからこそ、今まで生き残っているんだから」


 ヨークは自身の右手首を人体には不可能な角度に捻じ曲げた。すると、蓋が開くように手首から先が折りたたまれ、内側の機械類があらわになる。


「高出力レーザーさ! 奴らの研究の一部から、劣化版ではあるが、サイボーグの技術を再現することに成功したのさ。右手だけにしか仕込めなかったが、これだけでも十分戦力になると思うよ」

「……サイボーグってなに?」

「戦闘目的で体を機械に改造した者たちのことさ。まれに戦闘目的でない者もいるけどね。トップ層は化け物じみた性能を誇ると聞く。アイアンドールなんか相手にもならないだろうね」

「ふーん。そうなんだ。ま、いいよ。ヨークさんも来るっていうのなら止めない」


 味方が多いに越したことはない。

 相手がどれだけの戦力を持っているかも不明なのだから、こちらの戦力増強はありがたい限りだ。


「どうせなら、他の囚人連中にも声をかけようか? どいつもこいつも一癖のある奴ばかりだけど、肉の盾くらいにはなるよ。彼らもきっと、このまま自動機械になぶり殺しにされるより、派手に戦って死ぬ方がましさ」

「本当? じゃあ、お願い」

「よし、じゃあ、ちょっと行ってくるよ」


 ヨークが出て行くのを見送り、クリアは鹿の死体に目を向けた。

 適当に内臓を処理して、火にかけておこう。威力を弱めた火球を使えば、全体に熱を行き届かせることなど造作もない。

 戦いの前には、精をつけなければいけない。


「サイボーグ……」


 ヨークの口にしたその言葉が頭に引っかかった。

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