第6話 異世界への異動はお断りします⑥
小気味良いと感じるほどの即答っぷりにドン引きした私は、女神が言わんとしていることを理解してしまった。
おそらく、これまで王女の体に入った者は皆殺されたのだ、と。
もしくは自死かもしれない。
どっちにせよ、脳内妄想をご都合的な理想に変換してポンッと転移した後、チート能力を駆使し、王女として華麗に優雅に幸せに暮らしました。
……と、語れるような甘い世界ではないということか。
「死んだ転生者はどうなるの?」
「先にそなたが予想したとおり、もとの世界の輪廻転生の輪へ戻れる。もしくは、この世界での輪廻転生の輪に入ることも可能だ」
「転生者全員、王位を争って破れたの? 神様は、その転生者にチート的な能力を与えなかったわけ?」
「
答える大蛇の女神は、とても複雑な表情をしていた。
表情から汲み取る感情を怒りと呼ぶべきか、後悔と例えるべきか。それとも悲哀と言うべきか……
もしかすると、今までの転生者たちは、女神たちが与えた能力をうまく扱えなかったのかもしれない。
当然だ。「不死」というのであればまだしも、他者よりも優れた能力を与えたからといって、絶対に死なないとは限らない。
私が亡くなる前にいた現代でも、大なり小なり権力を継承する際には必ず謀略や陰謀があった。
それは警察という小さな組織の中でもあるのだ。絶大な権力を持つ王族となれば、企まれる権謀術数も苛烈になっても仕方がないのかもしれない。
優れたチート能力も、あくまで切り札でしかない。人間の醜い知恵に勝てなかったと考えれば合点がゆく。
「それも大きな理由の一つだが……。もう一つ、問題があってな。それを理由に自ら輪廻の輪に戻った者もおる」
「もう一つの問題?」
「王女の肉体に問題があってな。それを精神的に拒絶した者も多かったのだ」
「体の問題?」
「ふむ……。いや、原因を取り除けば問題はないのだが……」
知りたかったら王女の体に入って転生しろってことか。
それにしても、今までハキハキ答えていた女神様が急に言い淀んだ。顔も伏せてそっぽを向いている。本当に答えにくいと言わんばかりの態度だ。
この言い方から察するに、四肢が欠損しているとか、そういう感じではないのだろう。もしそうだとしたら、この女神は迷うことなく素直に答えているはず。
まぁ転生する気はないので、どうでもいいけどね。
そもそも対応を間違えれば死亡が待っている世界に誰が行くというのか。
でも仮に申し入れを受けるとしたら……
そうね。死ぬことなく王女としての使命を全うしたら、元の世界――日本へ、死ぬ前の状態に戻してくれるっていうくらいのご褒美があるなら、考えてもいいけど。
「では、そうしよう」
「は?」
「王女の体へ転生し、王位を継ぎ、跡継ぎを産み育て、国を建て直したうえで天寿を全うするのであれば、生きて元の世界へ戻す」
こちらが驚くくらい、本当に小気味よい即答だった。
私は目を丸くして、大蛇の女神をみつめた。
「本当に……できるの?」
「かなり難しい。そなたの世界の神々と協議せねばならぬし、反対されたらできぬゆえな」
「だから「できる」とも断言しないわけね」
「理解が早くて助かる」
「だけど、今回は「生きて戻す」とあなたは断言したわ」
「わかっておる。困難ではあるが……我らでそなたの世界の神々へ頭を下げようぞ」
我ら……つまり、女神の兄弟ということか。
もし人間の異世界転生や召喚が、私の世界の神々の承諾制だとしたら、協議が必要であることも、頭を下げるというのも納得できる。
そしてこの発言から推察できることは、その世界は、そこまで追い詰められているということだ。
こんな、取るに足らないオバサン一人の安易な考えを承諾しなければいけないほどに。
どんな世界なのか、私は急速に興味が湧いた。
「……その言葉に、二言はないでしょうね?」
「約束しよう。ただし、そなたの都合での自死、もしくは殺害された場合、また王位につかず違う人生を歩んだ場合、この約束は反故にいたすが、良いな?」
「いいわ。絶対に死なない。何があっても勝ち残り、生き残ってみせる」
「あと……この約束をするにあたり、一言だけ断っておきたいことがある」
「どんなこと?」
「元の世界へ必ず生きて戻すが、それがどの時代になるかの保証ができぬ。赤子の頃やもしれぬし、殺される寸前かもしれぬ。それだけは了承してくれぬか」
なるほどね。生き返らせるけれど、それは私が生きてきた五十一年間という時間のどこらへんかまではわからないってことか。
「どの時代で生き返るとしても、今までの私――月見彩良の記憶は残しておいてもらえるのかしら?」
せっかく異世界に転生するのであれば、その記憶は持っておきたい気がした。できれば異世界での貴重な体験も。
すべてが消えてしまうと、日本で月見彩良として過ごした五十一年間も一緒に消えてしまう気がしたからだ。
「わかった。それはわらわの兄弟がなんとかするであろう」
「だったら、その提案で転生を受けましょう」
離婚前くらいがベストとはいえ、そこまで希望を告げるのも申し訳ない。それに私の人生をもう一度やり直せるなら、それはそれでおもしろい。
そうなると、子供たちと出会えない可能性が出てくる。
なぜって、記憶を残したままあの自己中元夫と出会う前に戻ったとしたら、絶対に結婚を選択しようとは思わない。……ま、当然よね。
包丁で滅多刺しにされるとわかっている相手に、永遠の愛など誓えるわけがない。
それに、私が人生をやり直すことで子供たちが不幸にならないのであれば、それでも構わない。
あんな形で不幸になるのであれば、生を受けないほうがまだマシ……という考え方は、親のエゴだろうか。
……そうね、やはりワガママよね。
ごめんね、裕喜、真琴。お母さんの独断を許して。
「そなたの決断に感謝する」
大蛇の女神は胸に手を当てると、軽く頭を下げた。
「お礼はいらないわ。まだ転生すらしていないし、私は自分のために動くんだもの」
「そうか」
「お礼は……そうね。私が女王として天寿を全うするときに、あなたが迎えに来て言ってくれると嬉しい」
「必ず、そうしよう」
「……ありがとう」
私が礼を言うと、すぅ……っと白い霧に包まれた。
再び、上下左右がわからない状態に戻ってゆく。
「そうそう、女神様。もうひとつお願いがあるわ」
「……わかった。聞こうか」
霧の中から、女神の声が聞こえた。どこか遠くから聞こえるやまびこのような響き方だった。
「もしも自殺した王女様に会うことができるのなら、私の夢のなかでも、幽霊になってでもいいから、キチンと謝罪しに来なさいと言っておいてくれる?」
「なるほど。確かに、王位を放棄して他人に託すのであれば、本人が頭を下げて嘆願し、謝罪するのが筋であるな」
「お願いできる?」
「わかった。必ずそなたの元へ向かわせよう」
「ありがとう」
大蛇の女神の気配が消えた。
兄弟の神様とやらに相談に行ったのだろうか。それとも、自殺した王女様の魂を呼びに行ったのか。
そういえば、王女様は独身だと思うけれど……中身がバツイチ子持ちのオバサンで大丈夫だろうか?
いや、それは関係ないか。
文句を言われたら、体を返すから自分でやれって言ってやる。
私はただ、前を向いてがんばるだけだ。
ただ王女にあったときは、思い切り説教してやろう。そう心に誓った。
To be continued ……
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●○●お礼・お願い●○●
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